83話 ライフステージ
ヴィレッサムは酸素を取り込み、深く吐く。魔力が体中を駆け巡る。忍者刀が紫色のエネルギー層に包まれる。
「魔力覚醒、貫通」
この攻撃—隆之介さんが戦ったときのやつだ。声は聞こえなかったけど、読唇術でなんとなく分かった。どんな武器を使っていようと、その物質の硬度を無視して斬る。あの一撃を忍者刀で受ければ、最大の命綱を失う。無理やりかわそうとすれば、背骨ごと胴体を断ち切られる。難しい局面だ。
「これで貴様を叩き潰す!」
地面を蹴破り、一瞬にも満たない時間で制空圏に入るヴィレッサム。魔力を帯びた忍者刀を横に薙ぐと偲の腹を薄く切り、刃を通り抜けた。
勝負の天秤を傾ける一撃……だが偲だってあらゆる困難を乗り越えてきている。歯を食いしばり、ヴィレッサムの足の甲めがけて棒手裏剣を飛ばす。
「そんなもの当たるか」
軍団長は余裕の表情で後ろに軽く飛んで回避する。最大の武器はもう使えない。このまま攻撃を避け続けて、脳を揺らしてダウンさせるつもりだった。
忍者刀を失ったはずの偲は……なんと第2の刀を抜き、ヴィレッサムとの間合いを一気に詰めた。上段斬りからの燕返し、そして横薙ぎ。ヴィレッサムはあらゆる角度から迫ってくる連撃を回避し続ける。しかし悲しいかな、彼女は忍という点を除けばただの女の子。体力の限界が訪れ、呼吸が荒くなる。
「ここっ!」
ヴィレッサムは連撃が緩んだ一瞬の時間に、反りのない忍者刀で突きを繰り出す。間一髪で体をひねるも、脇腹を深く削られる。両者は距離を取り、互いの目を見る。
「森から出てきたときに握っていた刀、貴様のものではないな?」ヴィレッサムは地面で静かに眠る刀を指さす。
「御名答です。私は一応日本刀の心得もあるんですよ」
偲は森で気配を消した次の瞬間、隆之介が落としていった日本刀を拾い、木の上に登った。空中から奇襲をかけ、魔力覚醒によって切断されるまで他人の刀を振るった。硬度を上げるため、隆之介の刀にはマジックニウムの合金が使われているが、それは偲も同じこと。色ではとても見分けがつかない。偲はヴィレッサムが魔力覚醒を使う場面さえ読み切った。魔力消費が激しく、オンオフをつけなければいけない弱点を察知し、ここぞというタイミングで搦め手を発動した。
村の魔族は彼女らのことをこう言っていた。「ギフテッド」と。向こうの言葉で「才」を意味するらしい。この知略……どうやら根も葉もないただの噂ではないらしい。
「認めるよ、偲。お前は、俺が出会ってきたやつらの中で一番の天才だ。また努力家でもある。だがお前がいくら頑張ったところで俺には届かない」
「……そんな事、やってみなきゃ分からないでしょう!」
「挑戦するのは勝手だ。でもその怪我、無視できるのか?」
事実、脇腹は左右どちらとも切り裂かれ、腹には横一文字の傷が走っている。出血量はそう多くないが、止血をしなければいずれ危なくなる。そんなこと、偲が誰よりもわかっている。
「怪我?そんなのどうだっていい!私はただの復讐者。あなたの言う通り、エゴイストよ!だけど、あなたを通してしまえば、撫子さんは死ぬ。私が最後の砦。それは私がどんな気持ちだろうが変わらない!」
あらゆる絡め手を試したが、尻の青いガキの技では、歴戦の猛者には届かないらしい。
ならば、正面突破しかない!
「魔力覚醒は連発できない!つまり、今が絶好のチャンスってことよね!」
偲は軍団長に近づき、勢いのままに忍者刀を振るう。
ここに来てスピードが上がった!火事場のクソ力というやつか。軍団長はギリギリのラインで避ける。
鞘に刀を一瞬で納め、偲は急ブレーキをかけて一歩後ろに下がる。最後の苦無を投擲するも、やはり避けられる。だが、まだ手はある!
「フレイム、炎よ燃え盛れ!」
渦巻く炎がヴィレッサム目掛けて突き進む。しかし先程よりも小さい。なにか挙動が違う!
「アイス、氷よ凍てつけ!」
軍団長は炎が到達する直前、氷の壁で体を遮る。ただ炎の呪文を放つのではなく、効果範囲を限定し、速さを上昇させた—?
氷の呪文の使い方を真似したというわけか……。なんというセンスだ。天賦の才だけなら、この俺を上回っている。
瞬発的に壁を作ったことにより、互いの姿が見えなくなった。この状況はあまり好ましくない。その予想は当たっていた。気づかぬうちに偲は真横にいた。
放たれた神速の刃をヴィレッサムは屈んでかわす。
「足元がお留守だ!」
体勢の低い状態で足払いを繰り出す軍団長。偲は面白いようにバランスを崩すも、腰の鞘を押さえながら、地面を転がっていく。飛び起きながら刀を抜き、再びヴィレッサムのもとに突っ込む。
偲はわざと速度を緩めた斜めの袈裟斬りを繰り出す。この速度なら、軍団長は避けることなく、忍者刀で受けに回る。鍔迫り合いの展開になるも、やはり力の差は歴然。偲はあっという間に押し込まれていく。
「慢心したな」
ヴィレッサムが力のままに刀をすべらせると、偲の胸がバッサリ切れた。たまらず偲は後退する。
その時、軍団長の鼻についたのは火薬の匂い。なんと足元にはいつの間にか炸裂弾!だが甘い。起爆まであと数秒ある。ヴィレッサムは迷わず蹴り飛ばす。
満身創痍で立ち上がる偲のもとに、炸裂弾が迫る。胸がかなり抉られた。出血のせいで、満足に体が動かせない。目の前がスローモーションになる。あぁ……これやばいやつだ。
目と鼻の先で、炸裂弾が爆発した。爆炎に包まれ、少女はなんの抵抗もできずに吹き飛ばされた。受け身すら取れず、仰向けに倒れる。
「これで終りだな、最強のくノ一」ヴィレッサムは静かに告げる。
偲は白目をむいてピクリとも動かない。あれだけ執念を燃やしていた愛刀すら手放している。火薬を惜しむことなく使った炸裂弾の爆発を、至近距離で食らったのだ。無理もないだろう。どのみち、もう戦える状態ではない。ようやく先に進める。
ヒノカグツチよ、もう迷いはない。なんとしても撫子を連れ去り、暗影騎団長として魔神城に凱旋してみせる。ヴィレッサムはホマレ荘の方を向いた。
「どこに行くんですか……まだ終わってませんよ……」
偲はいつの間にか忍者刀を手にしていた。刀を支えにし、ふらふらと立ち上がる。
ヴィレッサムは目を剥いた。自らの意志でどうこうなるレベルじゃない。肉体の限界はとうに超えているはずだ。
「撫子さんのところには行かせない……!」
なにがこいつを突き動かす?
その時、ヴィレッサムは感づいた。偲の足元からシャボン玉のような薄紫色の粒子が湧き出て、彼女の体を包んでいる。粒子は徐々に光へと移ろい、偲の髪の毛は逆立つ。片方しか開いていない目が、淡く発光している。
偲の脳内はふわっとしていた。激痛で全身が軋んでいるはずなのに、何故か辛くない。ついさっきまで口の中を満たしていた血液も、どこかに消えた。とはいえ、人体というのは意外に正直なものだ。あと数分もしたら、意識が消えて本当に終わる。だったら、この一手に全力を……。
偲は忍者刀を鞘に納め、前傾姿勢となる。
「魔力覚醒、彗星の太刀!」偲が繰り出したのは、単純な居合。
その瞬間、ヴィレッサムには時が止まって見えた。と思いきや強烈な風圧がかかり、気づけば偲はすでに背後にいた。まさか、この俺が捉えられないとは……!
軍団長の胸から青色の血がポタポタ落ちる。致命傷では決してない。だが、偲が放った全身全霊の一撃は、軍団長に確実に傷を入れたのだ。
足腰から力が抜けていく。偲はその場でうつ伏せに倒れ込んだ。指一本動かせない。出血量も結構まずい。ヴィレッサムは—まだ立っている。倒れるわけにはいかないのに—!ここで死んでもいい。動け、私のからだ!まだ何も成していない!
「はぁ〜。お前のような小童の攻撃を食らうなんて、一族の恥だ。ほんとうにしつこいな、偲。おかげで俺は撫子を諦めなければならなくなった」
え……今なんて……?
「月が綺麗だな。今夜は月が太陽と同じ動きをする『月日夜』。月は太陽と同じように真東から昇り、南を通って、真西に沈む。月が南中したときに、一日が終わり、一日が始まる。そして、今ちょうど月が真南を通った。昨日限りをもって、ヒノカグツチとの契約は満了した。もう俺は魔神軍の軍団長ではない。撫子の命を狙う理由もなくなった」
ヴィレッサムを覆っていた殺気が嘘のように消えていく。あぁ、夢じゃないんだ。
その時、腰元が軽くなった。 ヴィレッサムが最後の炸裂弾に手を伸ばしている。
「何を—!」
「動くんじゃない。危害を加えるつもりはないんだ」
忍び装束のポケットの縁には、摩擦性の高い布が織ってある。ヴィレッサムは導火線をこすりつけ、炸裂弾に火を付けると、起爆する寸前で空中に放り投げた。直後、炸裂弾は空の上で勢いよく爆発した。
「これで仲間に気づいてもらえるだろう」
続いてさらし布を取り出し、傷ついた偲の胸元に巻き付ける。敵意を全くと言っていいほど感じない、温かい手ほどき。偲の呼吸が徐々に落ち着いてくる。
「やれることはやった。あとはお前の人望次第だ」
「どうして—こんなこと—?」
ヴィレッサムは背を向けながら静かに言う。
「別に……どれもこれもすべて俺の気まぐれだ」
元軍団長が無音でその場を離れる。夜の闇に溶け込むその背中は、戦闘中の時とは一変し、清々しく見えた。
止血が行われたとはいえ、傷が治るわけではない。しかし、立ち上がるどころか、指先にすら力が入らない。私はここで朽ちるのだろうか。まぁみんなの心配を振り切り、単独行動に出たのだ。突き放されても仕方がないだろう。
「あっちや!あっちの方角から爆発が見えたで!」
「敵が潜んでいるかもしれない。気をつけて!」
突如、森の奥から二人の男子の声が聞こえた。心臓のあたりが自然とポカポカする。この声は、平一郎さんと一鉄さんだ。
「って偲ちゃんやん!勝手にいなくなりやがって……。まぁ生きててよかったわ!」
「ちょっと失礼」
一鉄は迷いなく、偲の胸に耳を押し当てる。
「うん、脈はしっかりあるね。だけど全身に火傷の跡、さらにいくつもの裂傷。血は止まってるみたいだけど、予断を許さない状況だ。平一郎、肩持ってあげて」
平一郎の手を借りながら、一鉄は脱力した偲をおんぶする。
「なんでこうなったかは、言われなくても分かるよ。絶対死なせないから」
トレーニングによって鍛え上げられた一鉄の背中は暖かかった。久しぶりに感じる人肌の温度。偲の目から涙が滴る。
「偲ちゃん、泣いてるんか……?まさか、一鉄が変なところ触った?」
「全然違いますよ……」
「セクハラ常習犯の平一郎に肩触られたからじゃない?」一鉄が皮肉めいた口調で言う。
「それ関係ないやろ!いやあるかもしれないけども。今は蛍二のところ行くで!」
一鉄は診療所に向かってダッシュし、平一郎はナイフを握りしめ周囲の状況に気を配る。
「パジャマに着替えなくて良かったわぁああ!」
平一郎の叫び声が辺り一帯にこだました。




