82話 vsヴィレッサム リベンジ
偲の宣言に対し、ヴィレッサムは冷ややかな目線を返した。
「あれだけ手も足も出ずやられたのに、よく再戦を申し込もうと思ったな。偲よ」
偲は答えなかった。ヴィレッサムの動向を観察するのに全神経を集中させたかったからだ。
「なにか言ってみたらどうだ?」
偲はしかたなく口を開く。「あなたを倒せば、撫子さんに迫る魔の手はひとまず無くなる。ついでに光の宝玉も奪還できる。これぞ、一石二鳥ってやつですよ」
ヴィレッサムは表情を変えずに言う。
「ふむ……おかしいな。先の戦闘、お前は魔族の少年と協力していた。一人よりも二人のほうが、戦力は絶対的に高いからな。だが、此度はあえて単騎を選んだ。撫子を迎えに来た、あの黒髪の少年と合流するという判断もできたはず。お前の真の目的は撫子を守ることじゃあない。俺を殺し、雪辱を果たすこと。心のなかで勝手に2つの目標を掲げ、仲間の心配を無下にし、利己的な行動を取った。お前はただの独善者だ」
胸の中をえぐるようなヴィレッサムの声に、偲は一瞬たじろいだ。
もちろん自覚はあった。診療所のベッドを許可なく抜け出したこと、悪く思っている。リマンは納得してくれたが、それも100パーセントではないだろう。自分勝手な判断のせいで、多くの仲間に迷惑と心配をかけた。そんな迷いを断ち切るため、これまで後ろを振り向かないようにしてきたが……出会ったばかりの他人に、しかも宿敵に言い当てられるのはちょっときつい。
「えぇ、そのとおりですよ。今回の私は早とちりだった。仲間の心配を振り切り、命を救けてくれた恩人の言葉すら聞き入れなかった。まったくもって、私らしくないです」
「ですが後戻りはできません。ここであなたを倒し、光の宝玉を持ってホマレ荘に凱旋する。私に残された道は—もうそれしかありません!」
偲は棒手裏剣をヴィレッサムの心臓めがけて投げつけ、スタートを切る。ヴィレッサムは力みの一つなく躱すも、偲はすでに忍者刀を振り上げていた。だが、その斬撃すらも外しきり、お返しのカウンターを飛ばす。偲は間一髪のところで体をねじり、勢いそのままに叫ぶ。
「フレイム!炎よ、燃え盛れ!」
偲の手から渦巻いた灼熱の炎が発射される。ヴィレッサムは炎をも完全に躱しきった。
「驚いた。まさか攻撃に三段目があるとは。全て一連の流れだったのか」
「あなたは相手のクセや慢心を見抜き、利用します。それをこっちも利用し返しただけですよ」
「なるほどな。2段目の斬撃をわざと遅くし、攻撃を誘発したあと、本命の呪文を叩き込む。まんまとしてやられたわけだ」
フッと鼻息を漏らすヴィレッサム。
「だがこれで理解できたろう。お前が浅知恵を発揮したところで、俺に攻撃は届かない。こんどはこちらから行こう」
ヴィレッサムは忍者刀を振り上げ、一瞬で偲との距離を縮める。回数を重ねたところで見慣れるはずもない、異次元のスピード。偲はギリギリのところで斬撃を受け止めた……はずだった。
軍団長は片手で、偲は両手。なのに徐々に押し込まれる。
「お前は優秀だよ、偲。だけど女というどうしようもない欠点もある。やっぱり随所で差は出てしまう」
ヴィレッサムは淡々と喋りながら、棒手裏剣を抜き、偲の太ももに突き立てる。意志とは無関係に偲の身体から力が抜ける。その隙に放たれたのは数多の戦場を潜り抜けてきた前蹴り。腹筋を打ち抜かれた偲は後方に吹き飛ばされた。
「相手の攻撃を利用する。お前は俺がこの戦法でのし上がってきたと思っているようだが、それはあくまで一つの手段に過ぎない。一つ一つの攻撃を幾重にもつなげ、相手を蹂躙する。これも俺の強さだ。ただ—、お前はいい動きをする」
地面に叩きつけられた偲は、フラフラになりながらも立ち上がる。右腕の布が破け、内出血した皮膚が露出する。偲は間一髪のところで腕を入れ、蹴りのダメージを分散させていた。しかし、片腕を思うように動かせない。損害はなきにしもあらずといったところだ。
退路はすでに無い。その一心で偲はヴィレッサムとの距離を詰めながら叫ぶ。
「バッサー、水よ唸れ!」
不自由な右手から放たれるうねりまくった水の柱。水と言いつつ、一度命中すれば致命傷となる。ヴィレッサムは呪文の威力に感心を示しながら、ひらりと回避する。
「ならばこちらも呪文でお返しだ。アイス、氷よ、凍てつけ!」
軍団長の引き出しが開いた。この技は何度も見てきている。ヘビのようにくねくね曲がる氷を躱し切り、懐に潜り込む!偲は脳内で算段を立てていた。
放たれたのは、肉体を穿つ圧縮された氷の刺突。スピードに特化した一極集中型の一撃!偲に予想などできるはずもない。ヤマカンで腰をひねるも、鋭い氷に脇腹を抉られる。獣に噛みつかれたかのように血が滴る。
「ぐっ!」偲は忍者刀を手放しそうになるのをなんとかこらえた。
「呪文とは単なる物量攻撃ではない。呪文とは波状。自身の戦闘スタイルと組み合わせることで、何十万という一手を可能にする。お前はよく鍛えているが、まだまだ青い」
牽制の攻撃すらさせてもらえない。この数日間、血反吐を吐くほど努力してきたつもりだったが、ただの自惚れだったようだ。
己の力だけでは勝機などない。ならば、すべてを使ってみせよう。
「足元を見よ」
水の呪文と溶けた氷が混ざり合い、浅い水たまりができていた。次の瞬間、ヴィレッサムの腕から電流が流れる。
「ライトニング。稲妻よ、感電させよ!」
軍団長が触れた瞬間、電流が水たまりを伝って偲へ襲いかかる。偲はこれを読んでいた。高く飛び上がって直撃を避ける。
だが読んでいたのは相手も同様。鍛え抜かれた脚力で偲の高度まで一気に到達し、忍者刀を振るう。偲は間一髪でガード!しかし、基礎体力が違った。衝撃を抑えきれるはずもなく、森の奥へ吹き飛ばされる偲。その姿は夜の闇で見えなくなる。
この展開……どこかで見たことがある。そうだ、ついさっきの少年と一緒だ。次の行動へ移る時を与えてしまったことで、ターゲットを逃した。つまり、思案する時間こそが、偲にとっての一番の好機!ヴィレッサムは間髪入れず、森の中へ突っ込む。
厄介なことが起きた。今日は満月だ。森の中でも月の光は遠慮なく差し込む。一度目が慣れてしまえば、周囲を見渡すことなど容易。そう思っていた。偲は姿を見せないどころか、その気配すら感じ取れない。
「なるほど。これが本領だったか」
黒を帯びた忍び装束は満月の光すら吸収し、闇に同化する。まぁ、次の一手はある程度予測できる。ヴィレッサムは苦無を抜き、攻撃に備える。
空気が揺らいだ。下から聞こえる炎が弾ける音。炸裂弾か。同じ轍は踏まないだろうと考えていたが……。
「ならばこちらは対応を変えよう」
火薬など扱いなれている。この手の爆弾は導火線が燃え切らない限り、下手な刺激では起爆しない。炸裂弾を思いっ切り蹴り込むと、予想通り空中で爆散した。
次の攻撃がつながってこない。気配も感じられない。ヴィレッサムは呆気にとられた。まさか逃げたのか。そんなはずはない。軍団長は大急ぎで森からの脱出を図る。
「隙ありですね—!」
森と広場の境目に差し掛かった瞬間、偲の声が突然後ろに響いた。とたんに周囲がスローモーションになる。全てはこの一撃のためか。
「はあぁぁ!」
偲の唐竹割りがついに到達するかに思われたそのとき、ヴィレッサムは前方へしなやかにジャンプした。とてつもない加速度!少女の刃はなんと空を切る。
ジャンプの勢いを殺せず、ヴィレッサムは無様に転がるも、忍者刀は手放さない。
「驚きました。今の攻撃をあの立ち位置で避け切るとは」
「攻撃とは波状と言ったが、すぐに有言実行するとは。流石と言わざるを得ないが、俺の肉体の想定範囲内だ。対応できてしまったよ」
ヴィレッサムの言うことは正しい。たとえ意表を突こうとも、聡明な判断と魔族の血による優れた身体能力により、結局攻撃は当たらない。この調子だと、一瞬で命脈を絶たれるかジリジリ削られて終わりだ。
軍団長が真っ直ぐな目線を向けてくる中、偲の脇腹からは赤黒い血が滴る。ここに来てアドレナリンが切れた。痛みと春の夜の冷たさが、一気に全身を走る。呼吸が荒くなる。
「俺の狙いは撫子だけだ。どいてくれれば、これ以上手を加えることはない。さぁ降伏するんだ。それが賢明だろう—」
「ふざけないで!」
偲は血を撒き散らして叫ぶ。
「一週間前、あなたは私以外にも数多くの戦闘者と対峙し、無傷で撃退したわ。その人達がいまどうなってるか知ってる?ダージェさんやクライゼルさんは魔族の血のお陰で、意識を取り戻した。だけどしばらくは寝たきりだそうだわ!問題は向日葵さんと功さん!二人は目を覚ましていない。損傷が激しすぎて、未だに生死の境を彷徨っているの!あの時私は弱かったから……敗北を認めてしまったから……こんな惨劇になってしまったわ!」
真っ赤に染まった脇腹をサラシできつく縛る。
「撫子さんだけじゃない。ここであなたを通せば、もっとたくさんの人が傷つく。そんなの私は許さない。絶対に、ここで倒れるわけにはいかないの!」
偲の決意は堅い。ヴィレッサムは凍りつくような視線を返す。
「エゴイストめ」




