81話 焦ってる
ヴィレッサムは光を帯びた忍者刀を片手でしっかり握っている。もう片手は空いている状態、何か怪しい。隆之介はヴィレッサムの体の全体を捉える。
その時、軍団長は蚊の羽音のような小声で呟いた。次の刹那、逆の手から氷の槍が放たれた。どんどんと伸びるそれはまっすぐに向かってくるが……遅い!隆之介はひらりと躱す。
「目線を切ってどうする?」
軍団長はもう目と鼻の先にいた。忍者刀で繰り出したのは横薙ぎ。しまった、氷の呪文に気を取られた。しかしこの攻撃も見える。隆之介は脊髄反射で日本刀一本で受け止めにかかる。
「対策をしろ、馬鹿者が」
咄嗟に出した防御は容易く破られ、鎖骨が浅く斬られた。日本刀は手から離れておらず、ヒビもない。ただ、豆腐のようにスパッと切断されていた。腹の底から湧き上がる危機感。隆之介は蹴りを飛ばすも、ヴィレッサムは後ろに飛んで回避する。
「てめぇ……何をした?」斬られた骨を押さえながら尋ねる。
「俺の魔力覚醒、『貫通』は物質の特性を選ばぬ斬撃。この刃に触れた物体は、一部の例外を除き等しく貫かれる。ダイヤモンドだろうが水だろうが変わらない。そして、それは生物も同じ。忍者刀がお前の体に触れたとき、たとえ猫の手のような力でも、押し込まれれば簡単に貫通する。これで分かったろう。お前に勝機はない。そこをどくのだ—!」
隆之介は武器を一部失った。半分となった日本刀は防御には使えるが、決定打には到底なり得ない。状況は完全に劣勢だ。何かしらの打開策は……。
ヴィレッサムを包んでいた紫の光が消えている。いつの間に!軍団長は、魔力覚醒を解除している。魔力覚醒が、仮にいつもは生命維持に回している魔力を戦闘に持ち出すものだったら、連発はできない。加えて、継戦するために、ここぞという瞬間でしか発揮しないはずだ。
魔力覚醒のときの動作はさっき見た。隆之介は自分の予想に賭ける。
「ここをどく?やだね!」煽り文句を放ちながら加速する。「後手がだめなら、攻めまくるしかねえよな!」
隆之介は腕に力を込め、怒涛の連撃を浴びせる。左右の重さが違くてやりづらいが、ギフテッドのセンスでカバー!予想通り、ヴィレッサムは押されている……ふりをする。
「よっと」
斬撃が緩んだ一瞬の隙に、軍団長は上段斬りを叩き込む。隆之介の肩から腰にかけて傷が走る。そこそこの痛みだが、まだ油断してはだめだ!
地面スレスレの位置で忍者刀を切り返すヴィレッサム。それと同時、ヴィレッサムの体と刀身が魔力の息吹を発する。ここしかない!隆之介は全存在をかけて後方に飛んだ。
魔力覚醒、貫通。当たるだけで勝負が決まる、魔力の極致。ヴィレッサムによる精錬された一撃は空を切った。齢15の少年が、数百年生きた魔族の攻撃を見切ったのだ。
「歴戦の軍団長でも予想外だったか!とんでもねぇ阿呆面になってるぜ!」
ハナからこの少年を殺すつもりはない。ただ、攻撃を外すつもりもなかった。適度に痛めつけて、撫子を探すつもりだった。手加減していたとはいえ、完璧に回避されるとは……!
「貴様、なぜ避けれた」
「魔力覚醒は魔力を大量に消費する。長時間発動すれば命に関わるから、あんたは覚醒状態をオンオフしていた。あとな、行動が3つに分かれている。カモフラージュの攻撃の後に、魔力覚醒を発動、本番の一撃を繰り出す。悪いがこっちも天才って言われているもんでな。あんたのクセ、見極めさせてもらったぜ」
このような子供に見抜かれるとは……修行が足りていないな。ヴィレッサムは仕切り直すかのように息を吐く。
「それがどうした。お前の攻撃は俺に当たらない。欠けた武器ならなおさらだ」
「もちろん何も考えてねぇよ。まぁ、百打ちゃ当たるだろ!」
隆之介は一瞬で距離を詰め、日本刀で再び連撃を繰り出した。ヴィレッサムはこの展開に飽き飽きしていた。
「流れを変えよう」
攻撃を忍者刀で防ぎながら、腰から苦無を引き抜く。隆之介が折れてない刀を片手で無理やり押し込んだ瞬間、ヴィレッサムはそれを弾いた。下半身に意識が行ってない。あらわとなった太ももに苦無を突き刺す。
片足から力が抜けた隆之介はバランスを崩すも、即座に後転しながら距離を取る。勢いそのままに跳ね起き!ヴィレッサムと正面から向かい合う。しかし、回転する過程で鞘のひもが緩み、日本刀が2つとも地面に落ちてしまった。拾いに行けばとんでもない隙を晒すことになる。
「これでお前は丸腰だ。もう打つ手はない。諦めるんだな」
ヴィレッサムは月の位置をちらりと見た。まだ時間はある。
少年は先程よりも遠い位置にいる。しんしんと輝く月による影で、体の半分が隠れている感じだ。
「諦める?バカ言えよ。まだ出来ることはあるんだぜ」
ヴィレッサムは気付いた。少年が右手に何かを隠し持っていることに。刀以外の武具があったというのか。
「これでも食らっとけ!」
俺の肚の中を見据えてくるようなやつだ。警戒しておいて損はない。ヴィレッサムは目をカッ開いて、隆之介の行動の全体像を捉える。
その手から放たれたのは……なんとただの石。転がっている最中に拾ったのか。諦めない志は立派だが、このヴィレッサム相手に無謀と言わざるを得ない。軍団長はつまらないものを見る表情で石礫を枯れ葉のように避け、棒手裏剣をお返しした。
隆之介の肩に鋭利な鉄の棘が突き刺さる。痛みで顔を歪めたときには、もう真正面にいた。隆之介はヴィレッサムの強烈な前蹴りを食らってしまった。後ろに大きく吹き飛ばされた少年は、血を吐きながら森の奥に姿を消した。
一方、ヴィレッサムには違和感が残った。身体能力に天と地ほどの差があるとはいえ、死なない程度に手は抜いていた。やつの体重を考えれば、こんなに吹き飛ぶのはありえない。まさか、蹴りのタイミングに合わせて、自ら後ろに飛んで、わざと影に入った?
その瞬間、森の木々の間から光が漏れた。この光は……移動の呪文だ。大方の予測どおり、魔力に身を包んだ隆之介が、木々のてっぺんをくぐり抜けて現れた。棒手裏剣の影響か、片腕がだらんと垂れ下がっている。その背中には、撫子が乗っていた。振り落とされないよう、隆之介の首に腕を巻き付けていた。
「グフッ……あぶねぇ賭けだったが、今回は俺の勝利みたいだな、軍団長さんよ」
「貴様、俺の思考を利用したな?」
「丸腰になった時点で、あんたの行動はある程度予測できた。今回、あんたの目的は俺じゃなくて撫子だ。さらにその過程で子どもをなるべく傷つけないようにと命令されている。相手が武器を持っていないなら、刃物を使うことはないと思ったんだ。まぁ手裏剣を投げてくるのは完璧に予想外だったが、結果オーライだな!」
ヴィレッサムは反射的に苦無を投げた。だが、隆之介は余裕綽々といった表情で回避する。
「なかなか勉強になった。あとあんた、もっと冷静になったほうがいいぜ」
少年が「ワープ!」と叫ぶと、閃光に包まれながらホマレ荘の方角へと消えていった。
その場に取り残された軍団長に諦めの表情は見られない。できれば避けたかったが、撫子の住居に侵入し、身柄を拘束するしかない。子どもたちは思いの外聡い。敵の侵入を許す前に迎撃するか、侵入されたとしても徹底抗戦するだろう。そうなれば……こちらも刃を振るうしかない。しかし、手段も選んでいられない。ヴィレッサムは躊躇いなく、暗い森へ突入した。
ほんの数秒後、なんの脈絡もなく、周囲が白煙に包まれた。火薬の匂いが鼻を突く。何者かが攻撃しているのは間違いない!だがどこから?
背後からジジジ……という聞き馴染みのある音が聞こえる。ヴィレッサムは目を見開いた。足元に小型の炸裂弾が3つ放り込まれていた。考えてる暇などない!腕を組みながら煙の外へ飛び出す。
まさにジャストタイミング。炸裂弾が爆発!爆風は回避するも、少年と戦った場所に強制的に戻されてしまった。
「何者だ?」忍者刀を抜く。
忍び装束にフードを被った細身の人物が、木の上から飛び降りる。しずしずと歩みを進め、6メートルぐらいで、ヴィレッサムの正面に構える。
「追うのには慣れていても、追われる側になるとは思わなかったでしょう?」
この声……女だな。しかも聞き覚えがある。
「やっと見つけました、ヴィレッサム」
女はフードを外した。薄紫の髪が露わとなり、覚悟の決まった目が軍団長を見据える。
「なるほど。貴様だったか」
無言で忍者刀と苦無を抜く忍びの女。
「私は服部偲。あなたを倒す者の名です」
女は静かに、しかし力強く宣言した。




