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グットボンドへ ~天才たちの闘い~  作者: オーガニック三郎
ヴィレッサム編(七章)
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80話 身投げ

 日が沈んでから時間が経った。今夜は満月だ。周囲は薄明かりに包まれている。あと少しで日付が変わり、ものの数時間で新しい朝が始まる。そのあいだ、ほとんどの生き物は溜まった疲れをほぐすために眠りにつくだけ。それ以上は何もできない。今日という日はもう終わる。親族も魔族も同じ事。だが、例外もいる。今夜、たった二人の行動でこの島の歴史は変わる。

 ヴィレッサムは夜空を見上げながら、独りで時を待っていた。ため息をつくと、自然とあの時の情景が蘇る。一週間前、部下を引き連れてホマレ荘を襲撃した。ヴィレッサムが正面突破を図る本軍として動き、暗影騎団の兵が遊軍として森を通って横っ面を叩く。作戦は上手くいった。予想通り、戦力を分散することができたし、本軍に当てられた奴らも大したことはなかった。みんな威勢がいいだけで、実力が伴っていなかった。紫色の肌をした魔族の少年は特に顕著だった。

 一つ誤算があった。遊軍を相手した子どもたちの連携が凄まじかったことだ。大体数十名を引き連れていったはずが、作戦後に合流できたのはわずか5名。いずれも重症だった。彼らが口にしたのは、どれほどの仲間が死んだかでもなく、子どもたちの作戦の秀逸さでもなく、自分が挙げた武功だった。

「俺はあのクソガキの腕を裂いてやったぜ!ヴィレッサム様、褒美を!」

「はぁ?そんなの嘘に決まっている!俺はこの剣でガキの腹を貫いた!感触はしっかり残っている。どうか報酬をください!ねっ?俺とヴィレッサム様の仲でしょ?」

 仲間が死んだというのに。自分たちだって死ぬかもしれないのに。奴らはそんなことを一切無視して、我先にと成果を報告していた。仲間を押しのけるその姿はまるで餌を奪い合う醜い野良犬のようだった。

 これがいまの魔神軍。数億年続く戦争で人数だけが膨れ上がった結果、兵たちのつながりはほとんど絶たれてしまった。今回同行した奴らも、ヒノカグツチに命令されたから赴いただけ。ヴィレッサムに対する尊敬の念とか、そんなものはなにもない。彼らがやりたいことは武功を挙げること。それ以外に戦う意味などないのだ。

 中にはヴィレッサムを慕ってくれている者もいる。稽古をつけてほしいと、愛を持って頼んでくる者も。ただ、そういう奴らは、この作戦には参加しなかった。子供を殺すのは違う。そう言って作戦自体を拒絶した。たとえどんなに巨額の報酬が出たとしても、彼らは自分の良心に従った。

 ヴィレッサムの胸中には一つの教えがあった。この世界は力こそがすべて。それだけを武器に生き延びよ。ヴィレッサムはこの教えを忠実に遂行した。信頼とか絆はいざというとき無力。そう思って生きてきた。だが、そんな雰囲気に飲まれた暗影騎団は……あまりに醜かった。

 ヴィレッサムは切り株に深く腰を下ろした。夜の風が肌をくすぐり、周囲の森を揺らす。もうそろそろ頃合いか。松明を携え、ワンピースをまとった少女が森の中から現れる。その目は覚悟に満ちていた。

「—お前が撫子だな」

「えぇ、そうよ」

 撫子はヴィレッサムの10メートル手前で停止する。

「なぜここが分かった?」

「おかしいと思ったの。今日、あなた達はどこにも現れなかったから」

「私は考えた。きっと意図があるって。あなた達の実力なら、村の戦力を正々堂々と壊滅させることだってできたはず。それをしないってことはできるだけ互いの損害を減らしたいってこと。ここまでは合ってる?」

 ヴィレッサムは座ったまま頷いた。

「あなた達の目的は私の命。だったら私が直接この身を差し出せばいい。それに気付ければあとは簡単だった。みんなが寝静まった時間帯に部屋を出て、見つかりやすい場所まで歩けばいい。足音を立てずに歩くの大変だったよ。隆之介とかに見つかったら、死に物狂いで止められるから」

「かなり冷静なようだが、怖くないのか?これから死ぬというのに」

 思い出したように、撫子は肩を竦める。演技なのか本心なのか、腹の底は見えない。

「怖くないと言ったら嘘になるかな。だけどまぁ、私がこんな力を授かったせいで、向日葵たちは瀕死の状態にまで追い込まれた。こんな呪われた力、捨ててしまいたいって。魔が差しちゃった。せっかく神様から頂いた力なのにね。そんな迷惑ばっかかけた私が、やっと人の役に立てる。その一瞬だけじゃなくて、向日葵たちの未来永劫ね。だから、もう後戻りはしないよ」

 撫子は再び、覚悟が決まった目でヴィレッサムを見つめた。

 またこの目だ。クライゼルやあの少年と同じ。信念に満ちた目。自分なりの正義を貫き通そうとする目。その目を向けないでほしい。心が揺らいでしまうから。

「今ここでひと思いに殺すこともできるが、どうする?」

「うーん。あんまり残った血とか見つかりたくないし、遠い所が良いかな。木の下とか、ひっそりとした場所で」

 余計な考えは捨てよう。ヒノカグツチの命令を達成することに集中するんだ。自分自身に言い聞かせ、撫子の腕に手を伸ばす。

 夜空の星々を切り裂く閃光がこちらに近づいてくる。その様子はまるでハヤブサ!ヴィレッサムは反射的に忍者刀を抜き、その様子を見た撫子もその場で頭を抱えてかがむ。

「血に塗れた汚ねぇ手でそいつに触れるんじゃねぇぇえええ!」

 変声途中の低い声が辺りに響く。この勢い……移動の呪文か!2本の刃による上空からの斬撃を、ヴィレッサムは忍者刀で防ぐ。呪文の効果も相まって極めて重たいが、ヴィレッサムは少年の体ごと弾き飛ばす。少年は空中で体勢を立て直し、撫子の前に着地した。

「わりぃ、遅れた!」

「隆之介!どうしてここに……。てかっ、何その格好?」

 少年は寝巻きすがたで髪の毛はボサボサ。明らかに寝起きの状態だった。

「おめぇが勝手にホマレ荘を抜け出すから、こんなダサい格好になったんだ!その話はあと!今はこいつから逃げることだけを考えろ!」

 撫子は混乱しているのか、足が震えて動けずにいた。しびれを切らした隆之介が鋭い声で叫ぶ。

「いいから早く!」

 普通ならただ従うだけ。だが、なぜか撫子は頬を赤くして微笑んだ。ヴィレッサムには理解できなかった。

 森の影に身を隠すため、撫子が背を向けて走る。刈り取るには十分すぎるほどの隙だ。

「ところであんた、軍団長のヴィレッサムだな?雰囲気見れば分かるんだよ。俺もサパコスとか、なんやかんや強者とやり合ってきたからな」

「それがどうした?」

「よくも向日葵と功を……それに今度は撫子まで。俺の幼馴染を全滅させる気かよ。俺がお前に引導を渡してやる」

「—やってみるといい」

 隆之介の宣言に呼応するように、ヴィレッサムは忍者刀を構える。撫子の姿はもう見えない。

「あっ、あんたも分かってると思うが、俺を倒さずにここを通るのは無理だ。あんたが戦闘を放棄した瞬間、『ワープ』で瞬時に追いつく。撫子がいようが関係ない。俺が実質的な砦だ」

 隆之介の言ったことは正しかった。ヴィレッサムは受け継がれた歩行法により、超スピードを可能にしている。しかし、魔力をふんだんに使った呪文の前では、ただの小手先の技術に過ぎない。今の時点で、撫子がどこに身を落としているかは皆目見当がつかない。森に突入し、必死になって撫子を探している間に、隆之介は数秒で追いついてくる。戦闘は避けられない。

「こっちから行くぜ!」

 隆之介は地面を蹴破り、唸りを上げてヴィレッサムに近づく。両手にはそれぞれ日本刀が握られている。手数を活かし、切り合いになだれ込む。

 ヴィレッサムは忍者刀一本で軽々と斬撃をいなしていく。サパコスと同じだ。数では優位に立ってるはずなのに、根本的な技量が違う。15年生きただけのガキがどれだけ背伸びしたところで、数百年生きた魔族には、そう簡単に勝てない。

「青二才、隙があるぞ」

 隆之介の猛攻を防ぎながら、ヴィレッサムは忍者刀を切り返す。隆之介に刃が迫る。後ろに回避するも、胸に斜めの刀傷が刻まれた。

「いてぇ……!」

「休んでいる場合か」

 ヴィレッサムは反撃の隙を与えない。足場を踏み抜き、一瞬にも満たない時間で距離を詰める。繰り出したのは単純な刺突。その矛先は隆之介の頭部。ヤマカンで首をひねって回避するが、今度は右頬に傷が走る。

 危なかった。思考停止していたら今頃首だけになっていた。サパコスやヒメマルと種族は違えど、やはり軍団長だ。あの偲とダージェが手も足も出なかっただけはある。このままじゃ一方的にボコボコにされて終わりだ。そうなれば撫子も……。

 たまには頭を使ってみるか。

「軍団長さん、早く俺を倒してみなよ!」

 隆之介は嘲り笑った。あからさまな挑発だった。それをわかったうえで、ヴィレッサムは乗っかった。

「そんなに死にたいなら、こちらも全力を出そう」

 姿勢を低くし、その場で息を吐くヴィレッサム。忍者刀に力をためているのか。隆之介はつばを飲み込みながら武器を構える。

 気づいたときには日本刀が両方とも宙を舞っていた。視認することすらできなかった。ヴィレッサムは刀を振り上げ、もうすでに目の前にいた。

「これで分かったろう。お前が俺を止めるのは不可能であると」

 圧倒的な力量差。圧倒的な経験の差。齢15の少年のプライドなど、簡単に崩れる。さっさと道を開けてくれればいい。ヴィレッサムは確信した。

 だが、隆之介は諦めなかった。

「ワープ!飛行!」

 隆之介は上空へ舞い上がり、2本の刀をキャッチ。呪文を解除し、落下する勢いを利用して、強烈な唐竹割りをお見舞いする。無論、ヴィレッサムはなんともないという顔でひらりと避ける。

 命の危機が迫っているはずなのに、隆之介は匙を投げるどころかなんと笑っている。ヴィレッサムは内心不思議に思った。

「いやぁ、こんな挑発に乗ってくれてありがとうな」

「どういうことだ?」

「あんたはヒノカグツチの命令で俺達を殺すことはできねぇ。なるべく傷も入れたくない。だけど、撫子の身柄は早く拘束したい。だったら心を折るのが手っ取り早い。天と地ほどの力の差を見せれば、誇りなんて簡単に砕け、戦意喪失する。そう思ったんだろ?」

 ヴィレッサムはフンッと鼻を鳴らす。

「お陰であんたの全力が見れた。完全じゃねぇが対応はできる。こっからが本番だよ」

 ヴィレッサムの顔色に変化はない。だが、心のなかで自問自答を繰り返していた。

 俺は……この少年の手のひらで踊らされていたのか。雇われとはいえ、一軍団長のこの俺が!下らない煽りに乗るなんて!心に余裕がないというのか、今の俺には。

「クックック—。面白いなぁ」

「なに急に笑ってんだ?気色悪い」隆之介が突き刺すような問いを投げる。

「いやいや。主人の命令を卒なくこなし、生き残るために葛藤することをやめたこの俺が、こんな安易な手に引っかかるとはな。新しい自分の一面を知れて、少し愉快なのだよ」

 不気味な笑みを浮かべながら、ヴィレッサムは忍者刀を正眼に構えた。

 その時、風が吹いた。体を芯から温めるような、ポカポカとした風。移動の呪文を習得してから、隆之介も何となく分かるようになっていた。この風、魔力を含んでいる。隆之介はその光景に息を呑んだ。風の出どころはヴィレッサムだった。

「この手を使うのはいつぶりだろうか……」

 ヴィレッサムが大きく息を吸うと、その体が足元から湧き出た薄紫の粒子に包まれる。粒子の色はマジックニウムにそっくり。つまり、一粒一粒が魔力を帯びている。

 粒子が全身をすっぽり覆うと、光となって霧散する。ヴィレッサムの体は薄紫のエネルギー層でコーティングされているようだった。そして、その膜は忍者刀をも包んでいた。

「魔力覚醒、貫通。この力を持って、俺はお前を打ち倒し、撫子を回収する。フィナーレにはふさわしいだろう」

 隆之介は冷や汗を垂らしながら、無理やり口角を上げる。「まだ隠し持っていたのかよ」

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