79話 癒やしの呪い
軍団長の襲来に備えるため、エリーたちは総出で村の周囲を見回った。ヴィラージュは一週間前から消息不明になっているので、統括はヌーラスに任じられた。当初はアシナヅチが現場に赴こうとしたが、フレルの二の舞になってはかなわないと思ったヌーラスは代役を申し出た。
向日葵、功、そしてクライゼルたち魔族ら。ヴィレッサムが与えた被害により、問題なく動ける人員は限られた。そんな状況で平一郎たちも怪我を抱えて、作戦に参加できなくなったので、ヌーラスは慎重に配置を考えた。
ドラと美猫は鳥に姿を変え、空から見張りを行う。加えて、ドラには森中のカラスに呼びかけてもらい、抜け目のない監視網を築く。ホマレ荘の屋上には葉月と琉太、そして隆之介。三人とも飛行の呪文や風の呪文で、一瞬の移動が可能。高いところから周囲を警戒するとともに、ヴィレッサムが監視網に引っかかった際の対応を行う。
神の都と村をつなぐ「光の扉」。潜られてしまっては折角の監視網も無意味となる。ヌーラスはこれまでの戦績を鑑みて、ヴィラージュの家の前にエリーと悠玄を配置した。本来はまだまだ未熟な悠玄ではなく、偲に担当してほしかった。しかし、病室でのダージェとの会話を最後に行方をくらましていた。配置を伝えたときのエリーの露骨な表情が忘れられない。苦肉の策といったところか。とはいえ、二人ともクラスの中では実力は折り紙付きだ。うまく連携してくれればいいが……。
その他の生徒には地上で巡回を任せた。ひまりや桜花など、戦えない生徒にもホマレ荘から、双眼鏡で監視してもらっている。ヴィラッサムが強行突破を選んだとしても、蛍二とリマンが診療所に待機している。統括という立ち位置だが、実際に配置を考えたのは誰でもない琉太だ。抜け目などあるはずがない。
そのまま夜が更けた。気付けば一日が終わっていた。ヴィレッサムは……現れなかった。それどころか魔神軍の人っ子一人も。ヌーラスはホマレ荘のソファに座り、頭を悩ませた。これでは考えがまとまらない。屋上の琉太に相談しに行こうとしたその時、玄関から入ってきたのは蛍二だった。あまりにもアクションが無いので、状況を確かめに来たらしい。ヌーラスがありのままに伝えると、蛍二は提案した。
「一旦監視網を撤収して、作戦会議というのは?」
ヌーラスはその提案を受け入れ、屋上の葉月らに伝達を頼んだ。ものの数分で子どもたちと神族は一堂に介した。辺りはすっかり真っ暗だ。ヌーラスは情報提供を求めたが、ヴィレッサムの姿はおろか、それに関連するような怪しい動きも出てこなかった。
「あいつは腐っても武人。約束を破るようなことはしないと思ったのですが」ヌーラスが言った。
「日が沈んでからしばらく経ちます。監視網を敷くか、一旦引き上げるか。我々はその判断をしなければ」琉太は厳しい顔つきで腕を組んだ。
「私たちはまだいけますよ。撫子さんに手を出すやつは、光の扉を通る前にボコボコにします!」エリーが語気を強めた。
「エリーさん。悪いですが、私は監視網を引き上げるべきだと思います」冷静に言い放ったのは蛍二だった。
「今日一日、みなさんはほとんど休憩も取らず監視を続けた。全神経を研ぎ澄まして。それどころかご飯すらまともに食べていない。集中するのは脳も身体も疲れますからね。結構限界なはずです。ここは監視網の密度を下げるか、一斉に休息を取るか。何かしら措置を取るべきです」
ヌーラスはリマンの方をちらりと見た。異論を唱える雰囲気はない。医学者としての意見は一致しているようだ。軍団長が明日現れないとも限らないし、監視網の質を落とすのも避けたい。リスクは大きいが……致し方ない。ヌーラスは決断する。
「了解しました。皆さんは今夜しっかり休息を取ってください。ちゃんとお風呂にも入ること!あと、撫子さんにはホマレ荘に一時的に移ってもらいます。ホマレ荘という物理的な障害と人員的な障壁があれば、ヴィレッサムとて付け込めないでしょうから」
ヌーラスは神族から使いを出した。30分後には何事もなく、撫子が衛兵たちに囲まれ、ホマレ荘に到着した。1日中厳重に警備されていたので、撫子は気疲れしているようだった。
ホマレ荘に優しく迎えられるも、半日以上見張られていた疲れは取れる気がしない。神の都でご飯とお風呂は済ました。歯磨きだけして明日に備えようと思った矢先、タオルを肩にかけた葉月と桜花が風呂場から出てきた。二人は撫子の姿を見つけた途端、一瞬互いを見つめ、我先にと抱きついた。
「撫子!元気にしてた?」葉月が頭を撫でながら言った。
「元気って……一日離れただけじゃん」
「それだけウチらは心配してたの!神の都はどうだった?」桜花がピンク色の髪を揺らす。
撫子は二人を引き剥がした。案じていてくれたのは嬉しいが、こうも激しくリアクションされては気恥ずかしい。三人はソファーに並んで座り、一日を振り返った。
「それで?今日一日どんな感じだったの?イケメンとかいた?」
「ずっとアシナヅチ様の部屋で過ごしていたから、よくわかんないよ。衛兵の人たちはかっこよかったけど。あと、昼ぐらいだったかな……。上様とご飯食べてたら、小学生ぐらいの女の子が入ってきたの。そしたらいきなり上様に抱きついたの!」
「へぇ、アシナヅチ様モテモテだね」
「当の本人はめんどくさそうにしていたけど、一体誰なんだろ?」
桜花がにやにやしながら、手元のノートのページをめくる。
「少女漫画愛好家のウチに言わせてみれば、それは許婚だよっ!」
「いいなづけ?初めて聞いた」撫子は首を傾げる。
「だめよ撫子。一番盛り上がる設定なんだから。許婚ってのは、子供の頃から結婚を約束されている男女ってこと。例えば、撫子と隆之介くんみたいな?」
撫子が真っ赤に染まり上がる。
「勝手なこと言わないでよ。告白するつもりもないし……」
「隆之介くんの夢を邪魔したくないからだったっけ?純情だよね〜。私もそんな恋がしたいなぁ」葉月がうっとりしながら言う。
「ってか桜花、そんなにイケメンに興味があるなら、アーロンくんがいるじゃん。だいたい一緒に仕事としてるし」
「えぇあいつ?重いもの持ったりとかしてくれるけど……。小学生のころからずっと友達だから、あんまり恋愛感情はないかも。ほら、あいつプレイボーイだし」
「噂によると数多くの女子と付き合っているわりに、そのほとんどが一週間以内に別れてるらしいよ。アーロンくん本人はキスどころか、女の子とハグもしたことないってさ。—きっと心のどこかで桜花のことを想ってたりして」
葉月は耳元で囁くように言った。桜花は興味なさげだったが、肌寒いはずなのに頬が桜色に染まっていた。
「とにかく!今日はみんなお疲れ様ってことで!撫子もさっさとお風呂入って、早めに寝てね!」
桜花と葉月はタオル片手に、二人でおしゃべりしながら上階に上がっていった。疲れを気遣ってくれたのだろうか。撫子はその場で独り、ぽつんと取り残された。私、もうお風呂入ったんだけど。
ぷりぷりしながら部屋の洗面所へ向かう撫子であった。
ベッドに入ってしばらく経った。尿意を催した隆之介はベッドから起き、自室のトイレに向かう。時刻は11時。もうそろそろで一日が終わる。
用を足し、手を洗う。夕食を摂るときは石鹸で隅まで洗わないと、千代子に怒られてしまうが、ここなら誰も見ていない。隆之介は指先、しかも片手のみを適当に拭いた。
ここ最近緊張が続いて、なかなか睡眠が取れなかった。ヌーラスは適度に寝ることを勧めた。だが、幼馴染の命が狙われていると聞いて、ぐっすりできるわけがない。だから時間を削って戦闘の腕を磨いた。親友の命を守るため、後悔しないようにするため。とはいえ、今日で一つの区切りがつく。ゆっくりさせてもらおう。そう思ってベッドに飛び込んだその時、ドアの開く音がした。
この軋む音……玄関のドアだ。こんな夜更けに出歩くなんて、不用心すぎる。やるとしたら危機感の「危」の字も知らない向日葵だが、あいつはいま病院だ。いや、逆の可能性もある。誰かが侵入してきたのか!隆之介は刀を一本持ち、慎重に階段を降りる。1階共有スペースの明かりはついていない。真っ暗で何も見えない。聴覚に全神経を集中させる。
壁伝いに歩いていき、階段横にある照明のスイッチを入れる。周囲が光りに包まれるも、人の気配はない。隆之介はテーブルの下、お風呂場、食器棚、さらには冷蔵庫の中まで、共有スペースにあるものを徹底的に調べ上げる。異常はなかった。いつも通りの日常を送る準備が整っている。あの音はいったい何だったのか……。
幻聴だったのだろうと思い、自分の部屋に戻る。途端、朝のヌーラスの言葉が脳内によぎった。
本日はヴィレッサムの襲来当日です—。気を引き締めてかかるように。
隆之介は階段を駆け下り、明かりをつけて、共有スペースの壁掛け時計を見る。時刻は11時7分。まだ……終わっていない。
踵を返し、今度は一階分を駆け上がる。2階には女子の私室がある。立ち入り禁止というルールはないが、あまり足を運ぶことはない。だが、今回ばかりは違う。隆之介は撫子の部屋へ駆けぬける。ドアノブに手をかけた瞬間分かった。やはり、鍵がかかっていない。
勝手に除いて申し訳ない気持ちを捨て去り、部屋にずんずん入っていく。机には座っていない。布団の中にもいない。トイレにもいない。そして、撫子の首を守る唯一の武器、鉄扇は……置きっぱなしだった。
隆之介は脳内で一つの結論を導き出した。撫子の、馬鹿野郎!




