78話 敵の敵は敵
期日まで残り1日。来るヴィレッサムへのリベンジに備えて、少年たちは各自調整をしていた。はずだったのが昨日、平一郎、一鉄、アーロンがボロボロの状態で帰還してきたので、村は混乱状態になった。アーロンは腕の皮膚が焼けただれていて、千代子にひどく心配された。平一郎は消毒がおでこの切り傷に染みた。いくら平一郎なりにできることを考えたとはいえ、ただでさえ人の多い診療所を圧迫する結果となった。憤ったのは蛍二だった。三人の怪我を案じるのと同時に、時期を弁えてほしいと小一時間説教をした。怒らせてはいけないランキングで上位に来るのは、クラスの中での常識だったが、平一郎たちは身にしみて体験することになった。
そんな最中、生き物が大好きな美猫はヒグマに変身し、エリーに稽古をつけてもらっていた。筋力なら、陸上の動物で勝るものはいない。美猫は体重を活かし、爪で連撃を繰り出す。だが、エリーは間合いを見極め、限界まで引き付けて交わした。攻撃の後隙に木のレイピアを合わせてやれば……美猫はいつの間にか動けなくなっていた。
「はぁー、やっぱエリーちゃんは強いね」
「あなたの変身術は見事なものですが、それだけに頼ってはいけませんね。変身後の技を磨かないと。ここで休憩としましょう」
美猫は人間の姿に戻り、端っこへトボトボと歩いた。いつもと変わらず、悠玄組のみんなが揃っている。
「お疲れ様。はい、これ水」創が水筒を手渡す。
ストローから水分を摂取する。コルチが呆れながら言う。
「ほんと、美猫ってば顔に出やすいわよね。エリーに勝てなくて悔しいってのが丸わかりだわ」
「いいもん!これがボクの個性だもん!噛みついちゃうよ!」
これでサメなんかに変身されたら溜まったもんじゃない。下手すれば死ぬのはこっちだ。コルチはいじりたいのをぐっとこらえた。
三人の様子を離れたところから眺める二人がいた。数学者のひまりとグループのリーダー悠玄だ。ひまりは臆病な性格だった。美猫が好き勝手暴れまわるのを見ておどおどとしていた。悠玄の袖を掴みながら言う。
「ねぇねぇ喧嘩してるけど……大丈夫かな」
袖を引っ張ってみるも反応がない。難しい表情で腕を組んでいる。視線の先には、汗を流しながらレイピアを振るエリーの姿。遊玄が女の子を見ていると、なぜか邪魔したくなる。ひまりは頬を膨らませ、今度は肩をつついた。
「どうしたんだよ、ひまり」
「美猫ちゃんがご機嫌斜めだけど、大丈夫かなって」
悠玄はいつもあんなもんだろ、と愛想なく呟いた。
その時、エリーがひまりたちの下へ歩み寄ってきた。いつにも増して厳しげで。エリーはすこし間をおいて言った。
「悠玄さん、よろしければ稽古をつけましょうか」
まずい!多分今はあんまり気分が良くない!ハラハラしながら、ひまりは悠玄の言葉を待つ。
「……こっちからお願いしようと思っていたが。喜んでお相手しよう」悠玄は静画に言い放ち、木刀を持った。
独りとなってしまったので、ひまりはコルチの隣に座った。美猫は機嫌が戻ったようで、ニコニコしながら苺を食べている。絵筆片手の創も一緒だ。私も悠玄と食べたかったな……。
「ちゃんと私は見てたわよ。悠玄とずいぶんお熱じゃない?」コルチは勝手に肩を組み、ひまりの耳元で囁いた。
「そそそそそ、そんなんじゃないもん!それよりこの勝負、どっちが勝つと思う?」
問いに答えたのは創だった。創はひまりの隣に腰を下ろし、キャンバスに筆を走らせながら呟く。
「僕は悠玄を応援しているよ。だけど、相手はバリツの天才エリーさん。正直勝つのは難しいと思う。でもね、うちのリーダー、根性は誰にも負けないから!」
悠玄が鞘から木刀を抜いて正眼に構える。エリーは基本の姿勢を観察していた。悠玄は重心が前にある。ひたすら先手をつき、反撃の隙を与えない。激情型の性格をよく表している。しかし脱力ができていない。これでは……レイピアの格好の餌食だ。
エリーは武器を片手で持ち、体を真っ直ぐにして待つ。敵の力を利用する。これがこの武器の本髄だからだ。
「どっちとも動かないね—」ひまりが呟く。
下手に動いてはいけない。エリーが自ら動かない限り、勝ち目などない。そんなことは悠玄も分かっていた。悠玄は短気だ。気づいたときには体が動いていた。地面を蹴破り、繰り出したのは突き。俺だってクライゼルのところで鍛えている。この速度なら後ろに飛んで回避するしかない。そこを追撃する!
エリーが選択したのは……前進だった。姿勢を下げて突きをかわし、レイピアを沿わせる。悠玄の眼の前にレイピアの先端が迫る。悠玄は際で首を傾け、傷を避けた。
「へっ、危うく顔がなくなるところだったぜ」
「ちゃんと寸止めしますよ。それにしても、あの距離からよくかわせましたね」
二人はそれぞれの間合いの外に出る。エリーは待ちの姿勢を貫くつもりらしい。悠玄は木刀を上に向け、間合いを潰す。体の正面がガラ空き……当然レイピアによる突きが飛んでくる。
「読めた!」
悠玄はありったけのパワーで木刀を振り下ろした。エリーの手からレイピアが弾かれる。手首に向けて木刀で薙ぐ。刃が触れた時点で勝敗が決る。誰もがエリーの負けを悟った。
「バッサー、水よ唸れ!」
エリーは利き手を素早く引っ込め、反対の手からバケツ一杯ほどの水を生成した。水は悠玄の顔面にぶつかり、一時的に視界を封じる。エリーは距離を取って、レイピアを拾い上げた。
「そうだ……お前は呪文が使えるんだったな」
「あくまで補助的な役割ですがね。そっちこそそんなパワーを隠し持ってるなんて、意外でしたよ。案外油断できませんね」
言葉こそ飄々としているが、エリーに笑みなど見られない。ガチの目だ。
悠玄は勝負を決めにかかる。突に斬撃、そして薙ぎ。木刀による攻撃にはいくつか種類がある。だがどれもエリーはご覧になっている。だったら……自信のあるものを選ぶ!繰り出したのは、単純な刺突。木刀の切っ先がエリーに襲いかかる。
表情一つ変えず、避けながら払い落としにかかるエリー。だが刺突が—消えた。
「二段!」創が外野から叫んだ。
まさか二回目の突きがつながる。エリーは体勢が悪い……と思われた。
レイピアを振り下ろした勢いをそのまま利用し、からだを限界まで下げる。悠玄の刺突は二段目すら空を切った。遮蔽物のない腹部にレイピアを伸ばせば—、
「まじかよ」
エリーの勝利が決まるというわけだ。悠玄は皮肉を込めて鼻を鳴らしながら、その場で膝をついた。エリーは澄ました顔で息を吐いた。
「完敗だよ。刺突を磨いてきたつもりだったが、小手先の技術に過ぎなかったようだったな」
悠玄は差し伸べられた手を掴みながら言った。
「いいえ。突きが連続するのは予想外でした。実戦なら対応できる魔族はまずいないでしょう」
「魔族ねぇ……」
悠玄は訝しげな表情をする。脳裏に浮かんだのは……サパコスだ。エリーは一度大敗を期している。軽々しいことは言いたくないのだろう。
悠玄は適当に感謝を告げ、ひまりたちとその場を去ろうとした。エリーの性格的に、独りで技術を研鑽するのが好きだろうと思ったからだ。だが、エリーはもう一つ修行に付き合ってほしいと言い放った。
エリーは頼んだ。木刀ではなく、日本刀で切りつけてほしいと。悠玄は当然反対した。下手したらエリーを殺しかねない。しかも、エリーはレイピアを持たず、完全無防備で修行を行うというのだ。なぜ自らの命をわざわざ危険に晒すのか。悠玄が問うと、エリーは口を開く。
「悠玄さんは『魔力覚醒』って聞いたことありますか?」
「—呪文を使えないのでなんとも」悠玄はぶっきらぼうに言った。
「半年ぐらい前、ヴィラージュ様が魔力をもっと強化する方法があるっておっしゃてたでしょう?でも今は行方がわからないので、バベル図書館で調べたんですよ。本棚を漁るうちに、複数の文献で同じ言葉が目に留まりました」
「それが魔力覚醒……」
「文献によれば、魔力が溢れ出し細胞一つ一つを満たすと、新たな能力が『覚醒』する。その感覚を掴むには、臨死の体験をするのが早いらしいです」
「—事情は分かった。手合わせをしてもらった以上、俺には頼みを聞く義務がある」悠玄は日本刀を抜き、上段に構える。「お前を信じる。死んだらごめんな」
エリーはレイピアを無言でそっと置いた。そのまま直立し、静かに時を待つ。悠玄が地面を蹴り、一瞬で間合いに入る。エリーは頭上から迫る刃をギリギリまで引き付ける。極限集中状態……日本刀がスローモーションに見える。まだだ、まだ待てる。生命が消える寸前まで。
「魔力覚醒!」
ここしかない。エリーは全身を右に逸らした。悠玄の刃は空を切るも、次の瞬間エリーのほっぺたがぱっくり避けた。エリーは流血を人差し指で採って舐めた。
「大丈夫か!」
いくら仲間以外には薄情な悠玄でも、自分の一太刀で血を流されたら自然と心配する。
「これぐらいの傷、撫子さんに治してもらえれば何ともありません」エリーはポケットから出したハンカチを傷口に当てた。
「それで、感覚ってのは掴めたのか?」
「……分かりません。『死』が接近したのは間違いないと思いますが」血で汚れた手を見つめる。
「そんなに焦る必要ないんじゃねぇの?クライゼルさんとかゴリベアさんとか、俺達の何百倍という年月を戦い抜いたお方でさえ、習得していないんだから。その場で思い立ったような修行では、現実的に考えて無理だろうよ」
腐っても国語の天才、言ってることが芯を食っている。エリーの顔がゆがむ。
「悠玄さん。魔力覚醒はなにも魔法使いだけが会得できるわけじゃない。魔力が命の根本のエネルギーである以上、どんな人にだって可能性はあります。それこそ戦闘者じゃなくとも。あなただって無関係じゃないんですよ!」
「そうか。それが本当だとしても、俺は後回しにするな」
エリーはきびきびとレイピアを拾い、専用のケースに仕舞った。悠玄に背を向け、影を落としながら言い放つ。
「あなたはいつもクラスの輪を乱す。琉太さんはあれだけ学級委員として努力しているのに。あなたのことは……やっぱり嫌いです」
エリーは駆け足でその場をあとにした。悠玄は後ろ姿が見えなくなるまで、日本刀を握ったままだった。
悠玄組のみんなが駆け寄ってくる。ひまりは悠玄の袖を掴むと、エリーが入っていた森の方角を見つめた。
「エリーちゃん……大丈夫かな?焦ってるみたいだけど」
「ほんとね。八つ当たりも大概にしてほしいわ!」
コルチは珍しく怒っているようだった。悠玄にはその理由がよく分からなかった。
「けど悠玄、あんなこと言ってよかったの?またクラスの中での立場が悪くなるんじゃ—」創が尋ねた。
「—あいつの気持ちは正しい。俺だって早く強くなりたい。お前たちを魔族の脅威から遠ざけるためにな。だけどな、冷静さを失っちゃいけねぇ。気持ちばかりが先行すると、周りの意見も聞けなくなるし、なにより視野が狭くなる。魔族からしたら、絶好のチャンスじゃねえか。ほどほどにたしなめたつもりだったが……癇に障っちまったようだな」
「でも中学校で喧嘩ばかりしてたじゃん!」美猫が混じりっ気なしに言った。
「そっ、それはお前たちが馬鹿にされてムカついたからだ!もうしねぇよ」
悠玄は赤面しながらそっぽを向いた。創がにやにやしたのをきっかけに、女子3人もくすくすと笑い出した。
明日はヴィレッサム襲来の当日。悠玄組をはじめ、エリーたちは夜ご飯とお風呂、歯磨きを手早く済ませ、すぐにベッドに入った。
そして夜が明けた。村の魔族、神族、そしてクラス総出で厳戒態勢を敷いた。撫子は神の都に匿われていた。そのまま一日が過ぎた。軍団長は……現れなかった。




