77話 希望となりえる秘密③
平一郎はダイナマイトに迷わず火をつけた。隣の一鉄は咄嗟に距離を取る。平一郎は一鉄をちらりと見て呟く。
「アーロンと俺であいつの気を引き、一鉄の攻撃を同じ箇所に当て続ける。それでええやろ?」
一鉄が尻尾で吹き飛ばされてから、アーロンは水の呪文を駆使し、唐獅子の攻撃を受け流していた。前足で引っかかれるたび、少しばかりの水を出して後ろに下がる。唐獅子の素材は土や砂。表面が濡れると耐久性が落ちる。アーロンと唐獅子は互いにそれを理解していた。
「これでは埒が明かない!せいぜい燃え尽きよ!」体を震わせ、ブレスを吐こうとする唐獅子。
「そんなの、水で保護すれば解決さ!」
アーロンは後ろに回避し、水を生成しようとした。突如、バナナの皮を踏んだかのように足が滑った。床はびちゃびちゃでしかもタイルでできている。余裕綽々で攻撃を受け流した結果、自分で自分の首を絞めていたのだ。
「ふん、せいぜい焼かれるといい!」
すっかり腰が引けてしまった。頭の中が真っ白になる。水の呪文ってどうやって唱えるんだっけ……。アーロンにできることは目を瞑ることだけだった。
爆発音が響いた。唐獅子にとってもアーロンにとっても予想外の出来事。爆発の原因は、平一郎が投げたダイナマイトだった。唐獅子は焦りながら尻尾を振り回すが、平一郎はひらりとかわす。
「無事だったのかよ」アーロンが言った。
「こっちのセリフや」
平一郎は着火済みのダイナマイトを空高く投げる。爆発音に隠れながら、アーロンと合流した。
「小賢しいな。そのような兵器を用いるなど」唐獅子が唸り声を上げる。
「この戦いにルールなんてないやろ。好き勝手やらせてもらうで。それより—なんか忘れているんちゃう?」
その言葉とともに、一つの影が飛び上がった。その主は—ハンマーを振り上げた一鉄。唐獅子は気づくも間に合わない。重厚な一撃が唐獅子の背骨付近を捉え、亀裂が走った。
「二人とも!あと一回当てれば砕けると思う!」空中で体勢を整えながら、一鉄が叫んだ。
損傷が増えたはずなのに、唐獅子は全く怯まない。それどころか不敵に笑い出した。アーロンと平一郎は武器を構え直す。
「くっくっく—。見事な連携だ。どうやら、お主らの実力を見誤っていたようだな。では、我も本気でお相手しよう!」
唐獅子の雄叫びが天井を貫く。さながら百獣の王のようだ。それに呼応するように、壁に並べられていた松明の火が、唐獅子の全身を包んでいく。塵も積もれば山となる.......全ての炎が集約したとき、唐獅子は太陽のような炎に包まれた。
一歩近づいただけで皮膚が焼け焦げそうだ。平一郎はダイナマイトに火を付け、試しに顔めがけて投げてみる。ダイナマイトが起爆することはなく、ただの灰燼に帰した。
「なぁアーロン。これ、炎の息にバフがかかってるとしたら—」
「うん。水の呪文じゃ到底防げない。普通にピンチかもね」
次の瞬間、炎をまとった前足が襲いかかる。アーロンは平一郎を押し出し、自身を水で包む。避けることは叶わず、鋭い爪が両腕を引っ掻いた。皮膚を保護していた水が瞬く間に蒸発する。アーロンの腕には2本の傷が刻まれ、肌は焼けただれた。
「アーロン!」一鉄と平一郎が叫ぶ。
「他者の心配をしている場合か!」唐獅子が低い声で言う。
平一郎は押し出された勢いそのままに、距離を取っていた。それを予測していたかのように、炎をまとった尻尾が迫る。小太刀でガードしたら熱でやられる。平一郎は自分のジャンプ力に賭けた。
高温の尻尾が股下を通り抜ける。平一郎は足首をやけどする。地面を転がり、命からがら一鉄の胸へ飛び込む。
「このままじゃ全滅だよ……」一鉄が言った。
今現在、アーロンが唐獅子を引き付けている。水で体を守っている分、間合いさえ間違えなければ、致命傷には至らない。時間はまだある。作戦を考えろ、考えるんや……。平一郎は鉱山に入ってからの出来事を振り返った。思い浮かんだのは、強靭な筋肉で岩を削った一鉄、そして水の刃で岩を割いたアーロンの姿だった。二人の協力がなければここまでたどり着けなかった……。平一郎の頭に
天啓が舞い降りる。
「一鉄、どうにかしてあいつの注意をアーロンから逸らすんや」
「はあ?そんなの—どうやって?近づいただけで焼け死んじゃうよ。爆発だって効果ないし」
平一郎は一鉄のポケットをごそごそと探る。その手には正方形のキューブ。「お前にはこれがあるやろうが」
呆然とした顔の一鉄にキューブを手渡す。一鉄はそういうことか、という表情をした。ハンマーを収納し、平一郎とともに立ち上がる。
「アーロン、『水』を溜めるんや!お前ならできる!」
平一郎がダイナマイトに着火しながら叫ぶも、アーロンはすでに満身創痍。金色の毛髪は焼け焦げ、腕の一部が真っ赤に爛れていた。
「溜めるって……なるほどね」
アーロンは炎のブレスを避け、地面に手を当てる。魔力を集中させると、その手がカリブ海のような水色の光に包まれる。アーロンの金色の髪が逆立つ。雰囲気が変わった。唐獅子から見ても明らかだった。
「なにか企んでいるようだが、見逃すはずないだろう」唐獅子は体を震わせる。
平一郎は最後のダイナマイトを投げた。周囲に響く爆発音。なんの影響もないことを理解しているのだろう。唐獅子は見向きもしない。それでいい。反応なんて期待していない。音さえ耳に入ってくれれば、カモフラージュになる。
「今や一鉄!」
空中へと飛び上がった一鉄は、炎の範囲外でキューブを起動させる。その正体は、岩を削るときに使用したスコップだった。筋肉をしならせ、槍のようにスコップを投げる。
「なんと!」
唐獅子の背中にスコップが突き刺さった。亀裂がさらに大きくなるも、破壊には至らない。唐獅子はスコップを抜こうともがき苦しむ。平一郎はこの隙を狙っていた。二人は唐獅子の横をするりと通り抜け、アーロンの後ろに立つ。
「さっきは威力を一箇所に集中していた。だけど、範囲を限定しない単純な質量攻撃なら、こいつの右に出るものは存在しないんや」
「一世一代の大技だよ。バッサー、水よ唸れ!」
アーロンが呪文を唱えると当時、指先から出てきたのは巨大な波。天井にも届きそうなそれは唐獅子をあっという間に飲み込んだ。押し流された唐獅子は向かい側の壁に激突する。数十秒後、魔力が底をついて波が消滅した。唐獅子の炎はすっかり消えていた。
俺達は……勝ったのか。
「まさかここまでの威力とは。ここ数百年で、呪文というのは進化したのだな」
もはや顔以外原型をとどめていなかった。
「お主らの強さ、しかと受け止めた。お主らにはオムスビヒメの最期を知る権利がある。せいぜい魔神軍との戦闘に活かすといい……」
唐獅子の像はただの泥となって朽ち果てた。平一郎、アーロン、一鉄は力なく倒れこんだ。
その時、機械が動く音がした。平一郎たちは少しだけ体が浮き上がるような感触を覚える。どうやらこの部屋全体が深部に下っているらしい。
やがて音がしなくなると、平一郎はアーロンの腕に包帯を巻いた。
「ごめんな、アーロン。こんなことに巻き込んでもうて」
ピリつく痛みに顔をしかめながら、アーロンが言う。「謝るなよ。最初はムカついたけど、今回の戦闘で自信をつけれたからお相子だ。わかったなら先に進むよ」
見たところ唐獅子と戦った空間に変化はない。エレベーターのように、扉の先が別の場所になっているのだろう。平一郎は濡れた扉の前でなんとなくノックをした。無論返事などあるはずがなかった。大きな期待と小さな警戒を交えつつ、扉をゆっくり開ける。
畳8つぐらいのこじんまりとした部屋。中心にはまたもや木製のテーブル、その上に使いかけの蝋燭と埃を被った一冊の本がある。家具はなく、装飾もない。必要最低限以下の部屋だ。
平一郎はまっさきにテーブルの上の本を手に取った。オムスビヒメが死んだ経緯が書かれていると睨んだためだ。期待を込めて適当なページを開くと、ページの縁には装飾がついていた。ちょっとお高い日記帳のようだ。が、肝心の内容がほとんど分からない。少なくとも日本語ではなかった。近しいものは感じるが—。
「あぁもう!こんなん読めるかい!」
平一郎がイライラしながら放り投げた日記を、一鉄はギリギリのところでキャッチした。
「そんなに怒るなって。俺に任せて」
一鉄は金属のフレームを携えたメガネを装着した。伊達メガネではないが、レンズが目を凝らさないとわからないほどの薄い紫に染まっている。
「この眼鏡のレンズにはマジックニウムが含まれている。琉太くんに『翻訳の呪文』をかけてもらえば、文法を理解していない人でも文章が読めるようになるってわけ」
「あいつどんだけ呪文覚えるんや—」
琉太はサパコスに敗北を期してから、戦闘は一芸だけでは勝てないという考えに至った。それから呪文を覚えることにハマったようで、誰が見ても戦闘には使えないようなものまで、片っ端から習得している。
「ていうか、これってオオヤマ文字でしょ。せっかくロペスくんがガイドブック作ってくれたんだから、少しぐらい勉強したら?」
神族には3つの文字があり、それぞれその当主の名前を冠している。一番新しいアシナ文字はいわゆる日本語で、読めない漢字があることを除けば勉強が苦手な向日葵でも読むことができる。その前のオオヤマ文字は、神族は読めるものの、別の世界から来た平一郎たちには難解だった。その状況を打破したのが言語学に詳しいロペスと琉太だ。二人はオオヤマ文字を分析し、頭の悪い向日葵でもすらすら読めるようになるガイドブックを作った。平一郎たちはそれを参考にぼちぼち勉強を進めているのだ。
一鉄はオムスビヒメの日記の最初のページを開き、ペラペラとテンポよく読み進めた。最後まで到達すると、日記をパタンと閉じる。
「オムスビヒメ本人のもので間違いない。内容は大した事ないよ。誰と誰が付き合っているみたいとか、お父さんが最近臭いとか。年頃の乙女の日記って感じ。でもね、頻度が100万年に一回なんだよ。これが揺るぎない証拠かな」
「神族ってアホみたいな年数生きるもんなぁ。神族にとっての1億年は、俺らにとっての1年に過ぎへんらしいし」平一郎が言った。
「大体は他愛もない文章だけど、最後のページだけ毛色が違う。回復呪文の始祖となったことをひどく後悔している。自分のせいで戦争が加速してしまった。自分は呪われた存在だ。だからここで死ぬってね。読んでいて気持ちいいものじゃないよ」
一鉄の顔色が沈む。どう声をかければいいか。平一郎は悩んだ。
「一つ疑問なんだけどさ」呟いたのはアーロン。「オムスビヒメはこの部屋で死んだんだよね。なんで遺体が残ってないんだろ?」
「分解されたんやないか?跡形もなく。死んだのも結構前のことみたいやし」
平一郎は一鉄の背後から手を伸ばし、適当にページを捲った。その時、裏表紙の裏、最後のページのそのまた最後に出っ張りがあることに気づいた。平一郎は一鉄から本を取り上げ、そのページを開く。テープによって固定されていたのは、手のひらサイズのペンダントだった。緑色の宝石が埋め込まれている。
「お宝やないか!」
「おぉー。やったじゃん、平一郎」
一鉄の声には覇気がなく、完全に棒読みだった。
「と思ったけど、やっぱ要らんわ」平一郎はすぐさま手のひらを返す。「一鉄、お前にやる」
「—なんで俺?」一鉄は微妙な表情をする。
「この本を初めに読んだのはお前や。このお宝には多分オムスビヒメの意志が詰まってる。順当に行けば、それを継ぐのは一鉄や。俺、この辺の道理はしっかり遵守するタイプやねん」
「えぇー、別に興味ないんですけど」
「持ってても損はないやろ」
平一郎は一鉄の手にペンダントを強引に押し付けた。一鉄はやれやれ、と言いながらポケットにしまい込んだ。
「ところでさ、どうやって帰るの?」
「あっ、確かに」
唐獅子を倒したご褒美として、平一郎たちはオムスビヒメの最期を知った。その際、エレベーターのような機構を利用したわけだが、それをどうやって動かすか—。早くホマレ荘に戻って自慢したい。その一心で、平一郎は部屋を飛び出した。
木製の扉の横にボタンが有る。今までなかったはずなのに、いつ出現したのか……。疑問を残しつつ、平一郎は二人を呼び込む。
「なんだ、帰れるじゃん」
アーロンはほっと胸を撫で下ろした。




