挨拶周り その1
朝の鍛錬を終え、朝食を取りに食堂に降りる。マスターがちょうどカウンターに座って休憩していたので話しかける。
「これまで世話になった。明日、出発する」短いが心は込めた。
「リヒト、こちらこそ世話になった」マスターがカウンターの椅子から降りてお辞儀をした。
「いや、ちょっと意味わからん。逆じゃね?」
「リヒトには想像つかないかもしれないが、メイプルに日々の笑顔が戻った。それが俺にとってどれだけ嬉しいことか・・・」マスターの言葉は途切れた。
マスター、メイプルの親子は宿でよく見るが俺は母親をいちども見たことがない。あまり事情を聞くのは好きじゃない。いつも通りの方がひとを救うことはある・・・と俺は思ってる。
「マスター、飯。ハラヘッタ」
「っとに、リヒトは飯と茶だな」
「いや、真面目にここが俺の宿で良かったよ。メイプルは可愛いし、飯は美味いし。違う宿ならもっと早く出てった」
お世辞抜きにして本心を伝えた。
「明日、リヒトは行っちゃうの?」
メイプルがテーブルを片付けたのに会話を聞いていたようだ。こういう時、普通はどうするんだろう。正直、俺の17年間の人生では正解は分からない。ただ、『普通』すら異なる異世界なのだから間違ってでも選択した方が良い結果になると信じるくらいだ。
「うん、明日行く」
「さびしい!!」メイプルが抱きついてきた。
俺のヘソくらいの高さにメイプルの頭がある。ついつい撫でてしまうと、小さく嗚咽が聞こえた。
「メイプル、最初にあった日に俺に三つ編みしただろ」
「う”ん、う”っぐ・・・」
「あれなぁ、俺の幼馴染もしたことあるんだ」
「う”ん・・・」
「それなのに俺は幼馴染にお別れを言わないで村を出たんだ」
「う”っぐ・・・」
「だから、俺の髪を三つ編みにした人には『また会おう』って決めてる」
「う”ん・・・」
「だから明日出るけど、メイプルにまた会いにくるって約束する」
「う”・・・でぼ、マ”マ”も帰ってこない!!!」
「・・・それでも俺は約束を守るよ。ただ泣き虫メイプルだったら会わないかもなぁ〜」
冗談めかして言うとスネをメイプルが蹴る。真面目に、地味に、ダメージ入ってる。Aランクにダメージ入ってるよ!!!
グゥウ〜
「ほら、メイプル。俺のお腹の虫が鳴いてる。マスターの美味しい朝食もってきて」
「う”ん」仕事となると抱きついてたのに離れるメイプル。
「メイプル、かっこいいぞ」真面目に伝える。言えない人の代わりに届くだろうか。
「メイプル、かわいいぞ!」
泣きべそのメイプルがトレイにパンとお茶、そして少しのサラダを載せてもってくる。『また来るからな』と心で思いつつ俺も泣きそうになるのを堪える。メイプルが「おかえり」って言ってくれたお陰で生き残れた。
その後、朝食が終わるまでメイプルは俺のローブを掴んだまま黙って座っていた。
さすがにマスターも怒らなかった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
挨拶周りのため宿を出るとき、メイプルが「ついて行く」と初めてワガママを言った。俺がいる間なら守れるが、いなくなってから他の冒険者にも絡まれる可能性があるので叱った。できる子のメイプルはすぐに理解し、部屋の片付けに小走りで戻っていった。
まずはケイトだな。メインストリートを東に進み、中級階層の住宅地の中にケイトの家がある。行商人の癖して家を持ち、しかも未だに移動する気配がない。本当は結構な商人なのだろうか?
「こんちはー」
「あっ、リヒト!!ちょうどいいところに」
なにか手伝わされる予感しかしない。
「明日出るから挨拶だけ!じゃぁな!!」
玄関外の階段を降りようと背を向くと、ケイトが真正面に回った。
リヒトは逃げ出した!
しかし、ケイトは回り込んだ!!
リヒトは逃げ出した!!
しかし、ケイトは回り込んだ!!!
リヒトは・・・「いい加減にしぃ!!」とケイトに蹴飛ばされる。
「あのさ・・・前から聞きたかったんだけど、雷魔法使える?あと、なぜAランクに回り込める?」
3回目はガチで逃げだしたのに動き出しを蹴られた。そんなのってあるだろうか、隠密セットもONなのに。
「あぁ、女性に秘密を聞いたらダメだよ」
本家童顔がクネクネする。むだに実ったものも・・・眼福だ。
「リヒトもAランクになったのか。私と一緒になったね」
・・・
「はぁ〜!?ケイトはDランクって言ってたじゃん!!!」
「冒険者ランクって言ってないよ」
「なんだそれ、おまっ!それは・・・」
「・・・まさか商人ギルドがDランク?」
「そうそう。さすが機転が利く」ケイトは真面目に答える。
「くっそ商人!」
「それ、商人にはご褒美です」童顔のケイトが邪気だらけの笑顔。
「って、おまえ、こないだのチーム模擬戦でAランクいたのかよ!!詐欺じゃん」
「リヒト、それ商人にはご褒美です」曇りのない童顔の笑顔。
これは・・・だまされる。ってか『ゴダラスの翼』が悲惨すぎる。CランクパーティーでAランクには勝てない。
「だいたい、最初に会ったとき模擬戦で『リヒトは魔法使っていいよ』って・・・くっそぉおお!!!」
すべて手のひらで踊らされていたのが分かった。
俺の啼き声を中層に響かせながら冒険者ギルドに向かった。




