銀の槍と罠
待ち合わせポイントに俺は銀の槍をもって移動している。
少し時間が遡る。
オッさんオークは餞別だと俺に銀の槍を投げ渡した。それを避けると「避けるな受け取れ!!」と怒鳴られたが、地面にめり込んだ槍を見ると避けて正解だと心から思った。多分、油断して受け取ったら膂力の無い俺は潰されていたと思う。怒鳴ったオッさんオークも避けた俺を見て悪い顔していたから間違いない。
「それは魔力を通すと重量軽減がかかる。悪い槍じゃ無いからもってけ」
手放した相棒を一瞥すると背を向けたオッさんオークは去るつもりらしく、慌てて名前を尋ねると「う〜ん、ミスリル槍?」と答える。「槍の名前じゃねぇよ!!オッさんの名前だ!!」とつい即突っ込むと「ワシは素手もいけるくちだぞ」と無限ループに入りかけた。
「ハイバブロという。またな、若造」
そう言い残したハイバブロはすぐに去っていった。相手が油断していようとも勝ったことに充実感が湧き出る。
『アナライズ』で問題ないかの確認もする。
○シルヴァのミスリル槍
重量軽減(中)
魔法耐性(小)
武器破壊(小)
武器破壊がついていたので、もし俺の刀での払いが当たっていたら、傷ついていたのは刀の方かも知れなかった。今後は戦闘中も『アナライズ』で装備を見るよう心がけることにする。今回は心がざわめきすぎた。
そんなことがあって、待ち合わせポイントに少し遅れて着いたが3人の姿はなかった。森の入り口と街道の間のココは待ち合わせ場所になりやすく、似たような冒険者が周囲に数名いた。装備からは斥候職の割合が多い気がする。彼らは挨拶も無しに、俺へ無言の『アナライズ』を飛ばしてくるためイライラした。
それにしてもオトハがいるのに待ち合わせにいないこと自体が珍しい。
俺は切り替えて自分で3人を探すことにする。とりあえず、銀の槍をマジックバックに入れると周りの冒険者が驚いていた。隠密セットの範囲内では3人らしき反応は無い。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
森に入り、しばらく北に向かうと3人らしき反応があった。樹々を蹴飛ばしながら移動を繰り返すと、着いた先では3人と見覚えのある4人組が腰を地面に下ろしていた。
「あっ、ケント来てくれたんだぁ」と疲れた顔のカナデが言う。
「ごめん、ケント。メッセ送ったんだけど届いてなかった?」オトハも魔力切れを起こしているようだ。
「状況を説明してもらいたいんだけど」
無詠唱で『ラ・イド』を唱えて備える。
3人の目の前にはベヒーモスとベヒーモスの子がいた。特にベヒーモスの成獣は3m近くありそうで、今は地面に伏せをしている状態である。存在感だけで生まれてからの強者なのが明らかにわかる。そして、ベヒーモスの子は、なぜかオトハの横に座って尻尾を振っている。
「絵面が理解を超えている」
「あぁ、すまん。だが大丈夫だ」土埃と青アザだらけのソウが言う。
なんか全然大丈夫じゃないソウが答える。3人の中で1番疲労困憊だろう。
「それで貴様はやるのか?」ベヒーモスが低い声で俺に問う。
「いえ、私の仲間です。失礼を許してください」俺が答える前にオトハが頭を下げる。
「どういうこと?」
聞くと、3人は最初は問題なくBランクの魔物を狩り続けていたのだが、休憩していた所に傷ついたベヒーモスの子が迷い込んで来たらしい。ベヒーモスの子と気がつかなかったオトハが治療していたところで親が登場し、普通なら逆鱗に触れ血祭りになるところをベヒーモスの子が止めに入り救われたとのこと。あぁ、それで尻尾振ってるのね・・・。
「で、なぜ君達とそこの4人はそこまで消耗してるの?」
「てめぇ、見たらわかるだろうが」昨日絡んで来た獣人リーダーが言う。
「オトハ、説明続けて」俺は獣人の発言をスルーする。
「ちょっ、ケント!!助太刀に入ってくれたのよ、勘違いだけど」
カナデの言葉が獣人に刺さったらしく、プルプルと震えているのが見えた。
「それでお礼というか、暇つぶしに鍛えてやる、って話になった戦ってた」
「あぁ、なるほど。おまえら死ななくてよかったなぁ」
俺も腰を3人のそばに腰を下ろすと、なぜかベヒーモスの子が俺に低く唸り声をあげた。「どうしたの?」とオトハがびっくりして声をかけるも止まる様子はない。
「ほぉおお・・・。貴様、少し相手をしてやろう」
「いえ、結構です」
「・・・貴様、いいから立ち上がれ」
「いやです。死にたくな、っていてぇ!!!」
ベヒーモスの子に足を噛まれる。ちょっと血が滲んでるんですけれど。
「死ぬか?」
「やらせて頂きます」きちんと立って直角にお辞儀をする。
「少し場所を開けるか」
そういったベヒーモスが腕を振るうと一陣の風が吹く。吹いたあとには樹が根元から切断され、海が見えるほど見通しが良くなった。初めて見た異世界の海に感動する前に、目の前の出来事に心の動揺が隠せない。
「あの・・・殺さないでくださいね」
「真剣にやらねば死ぬだろうなぁ」
ベヒーモスの赤い舌が見え、起き上がって移動するベヒーモスはとても優雅な動きだった。ツノが左右2本ずつ生えていて紫色の肢体以外は狼に類似しており、3m近くの巨体は足音1つせず静かに移動した。隠密セットを起動しているのに当然のように俺には検知できない。
刀を抜き魔力を通す
『ラ・イド』を無詠唱し
『ファイヤ・ボール』を2つ用意する
「それではいきます」
「よい、参れ」
完璧に気持ちは親にぶつかる子の気分である。それでも子の全力を見せないといけない場面はある。いまできる全てを叩きつける。
時間差でファイヤ・ボールを飛ばす
簡単に前足で弾かれ
着弾した海で鈍い音が聞こえた気がする
間合いを詰め
弾いた前足と逆の前足に
斬撃を入れようと試みる
振り終わりに既に姿はなく
背後から
「強めに行くぞ」
と声をかけられる
『ライガード5』を発動
すぐに振り返り踏ん張るも
簡単に割れるガラスの音が響き
自分が海まで飛ばされる可能性が
頭に浮かぶ
刹那
刀に再度魔力を込め
正面の風魔法を斬るイメージで
全力で振る
浮かびかけた体が止まり
斬った手応えを感じる
汗がドッと吹く
「ほぉ」という声が聞こえた
『ラ・イド2』を無詠唱で発動させ
脱力から瞬間的に力を爆発させ
ベヒーモスの右前足に刀を突く
ギイイィイイインン!!!!
金属の衝突が甲高い音を響かせる
右足を上げ伸びた爪で防がれた
そう悟った瞬間
左前足で抓まれた
「今のは中々だぞ。我に防御せしめたのだから」
「切り札だったんですけどね」
「ほれ、続けろ」
とベヒーモスにポイ捨てされたので受け身をしっかりと取る。再度、正眼に構え魔力を通すと違和感があった。
「あぁああああああ!!!!」
俺の・・・俺の愛刀に傷がついていた。
「うわぁあああああ!!!!!」
すぐに頰を伝う涙に気がついた。『泣く』自覚すらせずに涙が無尽蔵にでてくる。
「貴様、武器ぐらいで何を泣いているのだ」
ベヒーモスは至極つまらなそうに言う。
視線を向けると前足で耳をホジッていた。
「・・・オマエ、ユルサナイ」
俺の中で何かがキレた。刀を大事に鞘に納刀しマジックポーチに入れる。代わりにグウェンの木剣を取り出す。
『ラ・イド3』発動
「『ライアロウ5』」を詠唱する
全力で魔力を木剣に通すと
木剣から魔力が還ってきた
木剣は預けた魔力を貯蓄・増幅・還元する。俺がいまのところ知った特性だ。
ライアロウ順次放つ
右に避けたのが見えた
着地を狙い残りの光の矢を放つ
砂煙が起こり視界が塞がる
瞬間
右方向から風魔法が飛んでくる気配があり
『ライガード』を行使しながら
間合いを詰める
飛んだ先のベヒーモスに
木剣を入れると同じく右腕の爪で防がれる
バキィイイイイイ!!!
「あっ!!」
ベヒーモスの右腕から伸びた爪に亀裂が入り、耳障りな音と共に傷は拡大した。
バスッ
ダーツのように巨大な爪が鈍い音と共に地面に突き刺さる。オルトロスの爪とは印象が異なる黒光りの巨大な爪である。見たことはないが宝石のような気品すら感じる。
「あ、あの・・・ごめんなさい」
「き、貴様ぁああああ!!!」
ベヒーモスの周囲を渦巻き状に魔力が立ち昇る。もはや濃度が増した魔力が具現化しており、青黒く見ることができた。
やっぱり俺の命もここまでらしい。ただ、愛刀の仇は討てなかったが一矢は報いただろう。圧倒的な力の差を愛刀と木剣が奮闘したお陰でベヒーモスの爪を折ることができた。ある種、満足である。少し前のハイバブロを思い出し、地面に座しグウェンの木剣を置く。
「キサマ・・・なぜ座る?」
「潔さが大事だと習ったんだ」
見上げるベヒーモスの高さを今更ながら新鮮に感じていた。肉球は触りたかったし、耳裏と顎の下を撫でたかったという無念はある・・・。
「すまん、最後に肉球と顎下を」
「バカか!!!貴様は!!!!!」
そう言ったベヒーモスは急速に落ち着きを取り戻した。どうも俺が座した辺りから少しずつ魔力が引いていった気がする。
「其奴に感謝するのだな」
「はい、ありがとございます」
「二度は無いぞ」
「はい・・・」
俺が戦いたいとか言って始まったわけではないのだが・・・。
「貴様、我に文句があるのか?」
「いえいえいえいえいえ」
そうして俺は命を拾い、またハイバブロに救われたことを実感した。




