↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
VERDANT//ZERO  作者: ORRERYQUBIT
PR
5/37

第4話 銛と、弾ける数字

 次の夜も、ウタは白い珊瑚のそばにいた。


 けれど、もう誰にも「ようこそ」とは言っていなかった。膝を抱えるようにして浮かび、流れてくる光の文字を、一つずつ目で追っていた。


「ルカ」


 僕を見つけると、ウタは手を振った。七秒の型ではない、少し大きすぎる振り方で。


【深度 -180m/光珊瑚の浅瀬】


「浅瀬の祠って、知ってる?」


「しってる。あっち」


 ウタが指さしたのは、森のいちばん深いところだった。



     *



【深度 -192m】


 祠は、小さな石の社だった。


 屋根まで光珊瑚に覆われて、ほとんど珊瑚の一部になっている。その前に、六つの結晶が浮かんでいた。


 どれも、手のひらほどの大きさ。ゆっくり回りながら、それぞれの色で光っている。


 近づくと、結晶の上に名前が灯った。


 重い鎧で仲間を守る、潜騎士(ダイバーナイト)。


 ランタンの光で泡殻を癒やす、灯守(ランタナー)。


 珊瑚を育てて爆ぜさせる、珊瑚術士(コーラリスト)。


 潮の歌で味方を強くする、歌潮士(タイドシンガー)。


 泡の分身で敵を惑わす、泡沫師(バブラー)。


 そして、光の銛で連撃を叩きこむ、銛撃士。


 夢の初日に試着させられた、あの金色の銛だ。


 六つの結晶の輪の、少し外れたところに、七つ目の台座があった。


 台座だけだった。結晶はない。名前の灯るはずの場所には、何も灯らない。


 壊れているのかと思って、手をかざした。反応はなかった。ただ、空っぽの台座の上で、水がわずかに、ほかより澄んでいる気がした。


 僕は、六つを順に眺めた。


 仕事のくせで、どれを選べば何が見えるかを考えてしまう。盾は、守った数字が見えにくい。回復は、減らなかったHPとして見えるだけだ。魔法は一発が大きいぶん、間が空く。


 銛撃士は、遠くから届く。そして、手数が多い。


 一撃ごとに、数字が出る。


「これにする」


 結晶に触れた。


【ジョブ:銛撃士 を選択しました】


 体が光にほどけて、もう一度編みなおされる。白い潜水服。継ぎ目の琥珀色。右手に、金色の銛。


 今度は、試着ではなかった。


「どうして、それにしたの?」


 ウタが訊いた。


「射程と手数が、一番“数字が見える”から」


「……すうじ」


 ウタは、よく分からないという顔をした。それから、僕の銛と、僕の顔を、交互に見た。


「ねえ、ルカ」


「うん」


「ついていって、いい?」


 少しだけ、驚いた。


 案内役は、旅人についてはいかない。入口に立つのが仕事だからだ。そういうふうに作られている。


 けれど、ウタは自分で訊いた。テンプレートにない言葉で。


「いいよ」


【深民「ウタ」がゲストとして同行します】


〈パーティ:???/ウタ(ゲスト)〉


 ウタはパーティ表示を見上げて、自分の名前を指でなぞった。


「わたしの名前、ルカの名前のとなりにある」


「僕のは、名前じゃないけどね」


「でも、となり」


 ウタは満足そうに、僕の泡殻のすぐ横にくっついた。



     *



 最初の獲物は、珊瑚の陰から飛び出してきた光る小魚だった。


【ヒカリハゼ HP 80】


 銛を構える。投げるのではなく、突く。突いて、引いて、また突く。


「19」


 ぱちん。


「21」


 ぱちん。


「20」


 ぱちん。


 三つの数字が、ほとんど同時に浮かんで、重なり合いながら弾けた。素手のときとは、手ざわりがまるで違う。一撃の重さより、連なる拍子が気持ちいい。


 四撃目の穂先が、金色に光った。


「CRITICAL 31」


 ヒカリハゼがほどける。


 ウタが、ぱちぱちと手を叩いた。音はしなかったけれど、袖の欠片が、拍手の形に揺れた。


「すごい。数字が、いっぱい」


「うん。いっぱい出るように選んだからね」


 それから、僕たちは浅瀬を狩ってまわった。


 ヒカリハゼ。泡クラゲ。砂に隠れた小さなエイ。突いて、弾けて、また突く。


 ウタは、数字が浮かぶたびに声に出して読んだ。「じゅうく」「にじゅういち」。読みあげるのが楽しいらしい。そのうち、僕より先に読むようになった。


 クリティカルの金色が出ると、ウタは決まって「わあ」と言った。七秒の型ではない、その場で生まれる「わあ」だった。


 夢の中の時間は、現実よりずっと長いらしい。一晩眠るあいだに、ここでは丸一日ほどが過ぎていく。


 やがて、浅瀬の底が見えてきた。


【深度 -200m】


 ここから下は、光の色が変わる。浅瀬の、いちばん外側の縁だ。


 その境目に、ぬしがいた。



     *



【大棘フグ HP 240】


 岩ほどもあるフグだった。体じゅうの棘が、琥珀色に光っている。


 ふくらむ。


 棘が、四方に飛んだ。


「7」「6」「8」


 赤い数字が、僕の泡殻の上で弾ける。ゲージが削れていく。


 ウタが、僕の背中に隠れた。


「だいじょうぶ?」


「だいじょうぶ。……たぶん」


 棘がやんだ一瞬に、踏みこむ。


 突く。


「19」


 突く。


「21」「20」「18」


 連撃の拍子を崩さない。数字が浮かんで、弾けきる前に次が浮かぶ。


「21」「20」


「CRITICAL 31」


 そこで、気づいた。


 弾けきれなかった数字の泡が、重なっていた。白い泡と、金色の泡。重なったところで、膜が干渉しあって、虹色に光っている。


 数字が、虹になっていた。


「21」「19」「20」


 突くたびに、虹が増える。十も、二十も、泡が泡に重なって、僕とフグのあいだに、小さな虹の群れができていく。


 十一撃目。


「CRITICAL 32」


 最後の金色が弾けた瞬間、重なっていた泡がいっせいに割れた。


 ぱちぱちぱちぱちぱち、と。


 夜店の線香花火を、百本まとめて散らしたような音だった。


【11 HIT】


 大棘フグが、光の粒になってほどけていく。


 二つぶん、削りすぎた。242与えて、240。最後の32は、少しだけ多すぎた。


 息が上がっていた。泡殻の中で、自分の心臓の音が聞こえる。


 そして、ファンファーレ。


 昨日より長い。三回ぶんの金管が、ひとつながりに鳴りひびく。


【LEVEL UP!】×3 Lv 2 → Lv 5


 ??? Lv 5 ジョブ:銛撃士

 HP 290 LUX 44 STR 24

 MAG 9 DEF 17 SPD 28

 LCK 9 PRS 60 FRG 11


 PRS 60。600mまでは、泡殻を削られずに潜れる。


 FRGが、10から11になっていた。レベルが上がると、壊れやすさも少しずつ増えるらしい。


「ルカ、光ってる」


「うん。光ってる」


 自分でも分かるくらい、顔が笑っていた。



     *



 フグのいたあとに、小さな泡がいくつも浮かんでいた。


 ひとつひとつの中に、光る数字が入っている。


【泡貨 +12】


 泡貨(あわか)。この海のお金らしい。


 手のひらに集めてみると、硬貨ほどの泡が十二個。触れると、かすかに温かかった。


 ヘルプがひらく。


【泡貨は、1日に1%ずつ弾けて減ります】


【贈られた泡貨は、24時間弾けません】


 お金が、減る。


 ため込むほど損をする、ということだ。そのかわり、贈れば一日だけ守られる。


 よくできた仕組みだと思った。使わせたい、回させたい、という意図がはっきり見える。


「ねえ、ルカ」


 ウタが、まだ消えていく虹の泡を見ていた。


「数字って、ほんとう?」


「ほんとう、って?」


「さっきの、いっぱいの数字。あれは、ほんとうのこと?」


 僕は、銛の柄をにぎりなおした。


 数字を作る仕事を、七年してきた。気持ちよく見えるように、間を計り、大きさを決めて、音をつけた。


 でも、数字そのものに細工をしたことはない。


「数字は、嘘をつかないよ」


 僕は言った。


「つくのは、数字を描いた人間だ」


 ウタは、しばらく僕の顔を見ていた。それから、こくりとうなずいた。分かったのか、分からないのかは、分からなかった。


 僕は手のひらの泡貨を一つ、ウタに差し出した。


「はい」


「……くれるの?」


「最初の一枚。助手の分け前」


【泡貨 ×1 をウタに贈りました】


 小さな泡の中に、細い光の数字が灯った。【23:59:59】。贈られた泡貨の、守られている残り時間だ。


 ウタは、それを両手で包んだ。こわれものを抱くように、胸の前で。


「これ、弾けるんだよね」


「明日になったら、少しずつね」


「そっか」


 ウタは泡貨をのぞきこんだ。透きとおった指のあいだで、数字が一秒ずつ減っていく。


「わたしも、いつか弾ける泡だよ」


 ウタは、なんでもないことのように言った。


 僕は何か言おうとして、言葉が見つからなかった。


「でもね」


 ウタは、泡貨を少しだけ高く持ちあげた。光の柱が、その小さな膜に虹を映す。


「弾けるから、美しいんだよ」


 どこで覚えた言葉なのか、彼女自身も知らないようだった。


 ただ、そう言った彼女の顔は、七秒の型のどれにも似ていなかった。



     *



 帰り道、ウタが急に止まった。


 浅瀬の境目、深度200mの縁。そこから下は、光が少しずつ群青に溶けていく。


 ウタは、その下をじっと見つめていた。


「ウタ?」


 答えない。衣の四角い欠片が、ひとつずつ明滅している。何かを聴いているときの、彼女の癖だと、僕はもう知っていた。


 はるか下で、琥珀色の小さな光が、ひとつ消えた。


 ウタが下を見て言った。「下で、だれかが灯りを食べてる」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。