第8話_ダイレクト勧誘
ラヴィ・ワゴーヌの悪党どもは揉めに揉めた。
主たる要因は、盗まれた荷が三日月野郎のものだけだったことだ。悪党どもは一斉に「お前の荷が盗まれようが知ったこっちゃねえ、俺達はこのまま首都に行く」と三日月野郎に言い放ち、対する三日月野郎は「荷が盗まれた状態で首都に行ってみろ、俺の雇い主がこの場の全員に地獄を見せるって!」と歯を剥き出す。俺とカケリと野盗アマリスはそれを適当に聞き流しながら傷の応急処置を行った。
「私は野盗ではないよ」
果てしなくどうでもいい。いずれにせよ俺は野郎の荷を取り返しに行くしか無いのだ。聞きたくもないが、あの様子では相当にヤバい代物を相当にヤバいヤツから運ばされているのだろう。これ以上の生命の危機は御免被る。
「本当に荷の中身を知らないんだね?」
三日月野郎が悪党どもに「ムポピョスポタンが目覚めるまでに帰ってくるから!」と強引に約束を取り付け、『キャンプ地』とやらに向かうコトになってから、アマリスは立ち上がりつつ尋ねてきた。コイツはこちらの質問にはまともに答えず、代わりに俺の生まれだの戦闘技術の由来だの家族構成だのと、実にどうでもいいことばかり逆質問してくる。結構な傷をつけたはずなのに平静そのものの表情で放たれるマシンガンクエスチョンに俺のやる気は大いに削がれた。
問題がもう一つある。緊張が緩んで、傷が盛大に喚き始めたことだ。
「ネモ、腕痛い? ねぇ腕痛い?」
カケリが隣を歩きながら事あるごとに聞いてくる。そう思うなら俺の代わりにアマリスに肩を貸すなり何なりで歩行補助をしろと思うのだが、コイツはそれを一切しない。というか『キャンプ地』を目指して歩き始めたのは俺、アマリス、カケリ、三日月野郎の4人だったのだが、アマリスは俺以外のヤツに触れられることをひどく嫌がった。
「私は他の者まで認めた訳ではない」
アマリスはデカい。身長は俺より頭1つ高く、そして着込んだ黒甲冑は角張っていて岩のようだ。故に俺は甲冑をギュウギュウと押し付けられつつ喪失した右腕の傷に耐えるという二重苦を味わうことになった。
「ネモ、痛い? 泣きたい?」
「っていうかよくオーガなんぞと至近距離でいられるなテメェ〜」
「痛くないならこの腕、自分で持ってほしいな! 食器より重いもの持ちたくないんだぁ、わたし」
ごちゃごちゃと放たれる気遣いのカケラもない言葉。俺はそれをバネにし、『キャンプ地』への決死行を乗り切ったワケだ。
さて、『キャンプ地』はアマリス襲撃地点から西へ30〜40分ほど歩いた先にあった。小川にほど近い、森の中の原っぱ。半径10メートルほどの開けた場所の中央に簡素な焚き火が燃えている。ここでアマリスとその仲間(バカデカい声を出してた奴だ)がムポピョスポタンが通るのを待っていたのだろう。そして、そこでようやくアマリスは俺から離れた。
「礼を言うよ、ネモ。その体躯、その痛みでよく私を支えてくれた」
「礼は要らんから荷を返せ早よ」
「ねえ、どうやってこのヒトと相打ちしたの?」
千切れた俺の腕をこちらに差し出しながらカケリが今更な質問をする。恐らく質問に意味はなく、さっさとその荷物を受け取って欲しかったのだろう。俺は片手で汗を拭いながら腕を受け取ろうとした。
「『どうやって』――意表を突くことのみに専念したのであろう。極めてペテン、極めて姑息な闘い方だ」
原っぱに声が響いた。知らない声だ。
「ノクト」
隣でアマリスが声の主のものと思われる名を呼んだ。すると焚き火の傍、先ほどまで確かに誰もいなかった筈の場所に、人影がぬうと現れた。
背の高い男だった。俺が着ているのと似た、足まで隠れるタイプの外套を羽織っている。肌は青白く、炎に照らされてもなお、暗い陰のようなものが全身から滲み出ている。白髪。オールバックだ。耳の先がピンと尖っている。
男はウヤウヤしく一礼した。無論、俺にでは無い。アマリスに対して。そうして見えたヤツの背には、小さく折り畳んだコウモリのそれに似た羽が見えた。
「うわっヴァンパイアだって!」
俺の背に三日月野郎が隠れる。ついでと言わんばかりにカケリも隠れたので、俺はノクトと呼ばれたそのヴァンパイアの前に突き出されるような格好になってしまった。
ヴァンパイアは頭を下げたまま俺を横目で見る。……壁を這う害虫を見るような目つきだ。
「ノクト、ミレナは?」
「お嬢には近くで隠れていただいております。こやつらの卑怯な手がお嬢に及ぶとも限りませんからな」
「大げさだな。……ミレナ! 頼みがある。彼――ネモの腕を回復してくれ」
どうやらこいつらは3人組のようだ。そしてミレナとかいう奴が法術士なのだろう。
ちなみに、法術というのは魔法の一種である。傷の治療や物体の強化など補助に長けた術だ。法術の行使可否は才能に依存するため、優秀な法術士は世界各国で引く手数多である。
当然だが俺に法術の才能は無い。
「ミレナ! ……ミレナ、待ちなさい。回復すべきは私ではない」
アマリスはそう言ったが、どこかからフワフワと漂ってきた黄金の輝きはゆっくりとアマリスの右脚に取り付いた。そのまま真っ黒な甲冑の下へと輝きは吸い込まれていく。
「……困ったものだ」
「さて、アマリス様。これで我々の目的は果たされました。目的のモノは手元にあり、アマリス様もご無事。となれば――」
「待て待て魔族野郎どもって! 荷を返せって荷を!」
三日月野郎が俺の背後から訴えるが、ヴァンパイア・ノクトはこちらを睨み返しただけだった。俺は俺で割と悠長に構えていた。
「ミレナ、良い子だから彼を回復してあげてくれ。でないと話が進まない」
ホラ来た。アマリスはそれなりに筋を通そうとするタイプだ。
「イヤですっ!!」
しかし、お仲間はそうではないらしい。
「何でそんなヒトを回復しなきゃいけないんですか!! 疲れるんですよ法術だって!!」
「そう邪険にいうのはやめなさい。私は彼――ネモを仲間に加えたいと思っているんだ」




