第9話_シューティング箱
「私は彼――ネモを仲間に加えたいと思っているんだ」
アマリスの言葉で原っぱは一瞬静まり返った。しかしまぁそんなものは束の間だ。
「はい!?」
「は?」
「オイ何か勝手に言われてんぞって」
三日月野郎が小突いてくる。当然だが俺もそんな話は初めて聞いた。二度の人生を通じて初の、ヘッドハンティングのお誘いときた。俺は驚きとかを通り越して冷静になった。
「ネモ、聞いての通りだ。私たちと共に来なさい。断言するけれど、金のために生命を切り売りするよりは間違いなく良い生活になる」
「アマリス様、それは――」
「イヤですっ!」
「待て待て」
向こうのパーティ内で既に拒否反応が起きているのが腹立つが、それは置いておこう。
「ワケの分からん話をするな。俺の要求は2つだ。さっさと荷を返せ、あと俺たちの前から失せろ」
「汚い言葉遣い!!」
「不届き者め」
「ネモ、キミは根本的な問題を忘れている。なぜラヴィ・ワゴーヌの仕事を受けた?」
外野を無視してアマリスが言った。このメンツの中ではかなり会話の出来るヤツだと思う。正直言って助かる。
「金銭の問題――生活のためだな。だが仲間となって私に協力してくれるなら、衣食住の心配は無くなる。責任を持って手配するよ」
「……荒事ナシだったりするか?」
「オイ待てって! テメェ、ラヴィ・ワゴーヌから足抜けしてマトモに生きていけると思ってねぇだろうな? な?」
三日月野郎が凄む。が、俺が口を開く前にアマリスが言った。
「その場合、私は彼の雇用主と敵対することになるな。けれど構わない。正面から相手になる」
三日月野郎が金魚のように口をパクパクさせる。アマリスはチンケなマフィアの脅しが通じる相手ではないということだ。何せステータス平均が90以上である。数値は何よりも雄弁だ。
「どうしてネモを誘うの?」
ふと、誰もが疑問に思う点を指摘する声があがった。カケリだ。またいつの間にかステータスウィンドウを開いている。
「ノクトってヒトもステータスの平均が25以上あるみたい。ネモのはね」
「10だろ、もう聞き飽きた」
先んじて言うとカケリはにっこりと笑って見せた。何がおかしい。
「あなたに必要だとは思わないよ。むしろお荷物だよ」
「その通りです」
非常に不躾な感じでノクトが割って入ってきた。俺が口を挟む隙など与えてたまるかという勢いだ。
「何より私もお嬢も納得出来ませんな。こやつが我々の旅のどこに必要でしょうや?」
「盗っ人が偉そうなこと言ってら」
せせら笑ってやると、ノクトの眉の無い目がキッと吊り上がった。
「事情も礼儀も知らぬ若造め。だが感謝しろ。我が主がここまで言うのだ、臣下たる私も温情を与えるが筋。……この荷を奪い返す機会をやる」
ノクトが原っぱを数歩後退した。ややあって、懐から何やら真っ黒な塊を取り出す。
箱……のようだ。
細長い、真っ黒に塗られた"箱"。大人の二の腕くらいの、細長い筒みたいな形だ。背後で三日月野郎が「あッ!」と声を挙げているところを見るに、どうやらアレが盗まれたブツらしい。
「これを今から宙に投げる」
アマリスの顔が曇った。が、口出しされたくないのだろう、ノクトは急ぐように続けた。
「頂点に達したら開始だ。これを手にした者が所有者。以降、互いに手出し無用とする。これならそちらにも勝ち筋はあろう。幾分かはな。
アマリス様もご了承いただけますな? これが私からの最大限の譲歩、折衷案です。主が目を掛けた者に望みを与える。ですが許すのはそこまで。連れて行くのはNO! とても許せませぬぞ!」
厳しく言い放つノクトに、アマリスは渋い顔をしている。とにかく嫌われていることは分かったし、むしろ望むところだ。……それはともかく。
「オイ、ネモ。……頼むぜぇ……!」
三日月野郎が背後で合掌していて、俺は何かもうため息しかつけなかった。コイツは昔からこうだ。相手に1ミリでも隙があるならとにかく希望をねじ込もうという浅ましい思考の持ち主なのだ。そして断ったらラヴィ・ワゴーヌはオシャカだ。あの乗合悪党どもプラスアルファは死ぬ。間違いない。
かと言って好き勝手されるのもシャクだ。俺はせめてもの抵抗を試みた。
「アマリス、約束させろ。いまコイツが言ったルールを守らせるってな。どういう結果になってもだ」
「キミが私を望むなら、ノクトは何とかするつもりだよ」
「悪いが俺は女が超絶苦手でな」
「にが……どっ、同性愛者ということか!?」
「何でそこで気色ばむ? ……ああ、あとコイツが家に帰りたいんだと」
俺はカケリの頭に手を置いた。カケリがその手を掴んでくる。
「どこまで送るかは決めてないが、流石に半日経たずにオサラバってのもな」
「時機の問題ということか。ならば仕方ないか」
残念そうな表情のアマリスは、しかしすぐに口を開いた。
「約束しよう。ノクトの言う通り、勝った者が荷を得ることとする。これで認識を改めてくれるかな。私たちは野盗では無いと」
ひとまず最低限の保証は得た、と考えよう。もう一声だ。俺はカケリから自分の右腕を奪い、アマリスに押し付けた。
「あとオマケも頼む。俺が勝ったら腕をくっつけるよう法術士に指示してくれ」
「イヤですけど!!??」
またバカデカい声が響いたが、ようやく分かってきた。法術士はノクトの後方、森に隠れていやがる。声も聴力も法術で強化しているらしい。
「約束だ。と言っても元から腕は治すつもりだったけれど」
「よし、じゃあやるか。……カケリ」
『オープン』と俺は言った。呪文を受けて隣が輝き、俺の手に漆黒の一枚布が滑り込む。考えれば考えるほど奇妙な術だが、疑問は頭から追い出す。そんな余裕は微塵も無い。
「1つ聞くが」
ノクトが荷――黒い"箱"を掌に置いた。俺はカケリの変化した布をマフラーのように首に巻く。
「その妙な自信はどこからくる?」
「いいからサッサと始めろ。怪我人だぞこっちは」
吐き捨ててやると、ノクトは手首のスナップだけで"箱"を空へ飛ばした。幼い頃に見たペットボトルロケットを思い出す勢いだ。結構重そうに見えたが意外と――いや、そんなことは考えるな。
"箱"が空に引き寄せられていく。月光に照らされるそのシルエットはやがて勢いを失い、大地に引き寄せられ始める――その瞬間にノクトは俺へと真っ直ぐに跳んできた。片足を頭の上まで上げながら。
俺は左手に備えていた小刀を宙に捨てた。
当然の話になるが、スペックが倍の相手と真っ向から戦って勝てるヤツはいない。逆も然り。圧倒的ザコにワザワザ変なルールで戦う必要は一切無い。真正面からブッ殺すのが一番楽である。
宙にぶん投げたモノを拾った者が勝ち、とノクトは言った。が、相手を殺してはいけないとは言っていない。主もそれを了承した。だからカカト落とし一撃でサクッと殺してから拾う。合理的な思考だ。大変に助かる。
軽く地を蹴りつつカケリの布を猛スピードで左顔面に束ねた。盾のように。左腕も添えたかったが間に合わない。既にノクトは俺の左上方にいた。カカト落としが袈裟懸けのような軌道で放たれる。盾などモノともしない猛烈な衝撃が左の額から顔面、背中へと暴走する。
視界が白く弾けた。頭から地面に叩きつけられ、埃っぽいのが口の中に飛び込んでくる。砂を噛んでも思考だけは止めない。そして反動によって跳ね上がる下半身――足先を使って、俺は先ほど宙に置いた小刀の柄を思いっきり蹴り飛ばした。
がっ、という苦悶の声が聞こえた。小刀は突き刺さった。ノクトの喉に。深々と。
俺は地面を猛然と転がりつつ「ざまぁ見ろボケ」と悪態をついた。この反撃方法だけは昔から死に物狂いで練習している。この麗しき弱肉強食世界に転生してからずっとだ。ザコは真正面からブン殴られることが多いからである。
とはいえ顔面の半分が吹き飛ばなかったのはカケリの防御によるところが大きい。内心感謝しつつ、俺はゴロゴロ転がったままでカケリを落下途中の"箱"へ放った。グンと伸ばした一枚布を巻きつけてキャッチだ。つまり俺の勝ち。そう思った瞬間、バンという音が原っぱに響いた。
落下途中の"箱"が、宙で突然に軌道を変えた。
しまった、と思った時にはもう遅かった。
「確保ッ!!」
耳鳴りの向こうからどこかで聞いた声がした。何とか体を止めようと左腕を大地に押し付ける最中、俺は見た。馬に乗った白銀鎧の大柄な男が一人、原っぱを猛然と駆けてくるのを。
夕方に見た騎士だ。俺の家を燃やして連行しようとした男。カケリの力を借りて撤退させた男。
俺を追ってきたのだ。
「三日月ッ!」
腹の底から野郎の名を呼んだ。無論、"箱"をキャッチしろという意図だ。慌てて動き出した三日月野郎の頬を一筋の矢がかすめる。矢。
「マズい!」
「わーバカバカ何やってんだっ!!」
矢が"箱"に当たったらしい、と気づいた時には遅かった。左腕を擦り傷だらけにして体を止めた時には、既に"箱"は原っぱに受け止められていた。見事に矢が突き刺さっている。
まるで卵が孵化するように、ヒビの入った"箱"が砕ける。中からポロリと大地に落ちたのは――。
「なんだありゃ」
「確保成功ッ!!」
頭の上にズンと衝撃が走る。あの騎士リーダーにブン殴られたらしい。生命力4の俺が抗えるはずもなく、俺はそのまま気を失った。
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