第7話_ダンシング刹那
「……ネモ」
三日月野郎の声を聞きながら、俺は布状態のカケリをマフラーよろしく首に巻いた。カケリは(全くもって意味不明なことに)俺が『オープン』と唱えることで一枚布に変化する。逆に『クローズ』で元に戻る。
さて、一歩進んだことで悪党どもや馬車の盾になるような形になった。真っ黒鎧の君は真正面だ。
「テメェ……律儀に立派な用心棒してくれるつもりってことか? ことだよな!? マジで!? ありがてえ、ありがてぇよぉ! よし野郎共、アイツが玉砕してる間に急いで逃げるぞぉ!」
「ムポピョスポタンはしばらく気絶したままだ。キミたちが馬で逃げても私は追いつく」
前方の黒い人影が言い放つ。いいぞ、と俺は思った。外套の下でゴソゴソ動きつつ、手持ちの武器を確認する。
「……彼は戦うつもりのようだが、忠告する。戦力差は受け容れるべきだ」
「勘弁してくださいよ!」
「生活懸かってるんですよ!」
「お願いだから許してください!」
「コイツ! この顎野郎の荷が一番高そうなんでコレだけでこの場はどうか!」
「バカ言うな! 俺の荷ィが届かなかったらお前らも全員殺されッぞ!」
槍玉に挙げられた三日月野郎の補足をしよう。非常に残念なことに奴の言い分は筋が通っている。運び屋が「道中で荷を奪われた」などと言っても雇い主がそれをハイそうですかで通す道理はなく、運び屋全員をフン縛って拷問などザラだ。内通者の存在を考慮すると雇い主側としてもそうせざるを得まい。
要は安い金につられて皆で仲良く密輸を決意した以上、成功させるしか道は無いと言うことだ。それを理解していたのは俺と三日月野郎くらいだったというのが、この密輸乗り合い馬車のお粗末さを表していると言えよう。
「そういうワケだ。一応聞くが野郎ども、一緒に戦うヤツは?」
「ゲホッゴホッゴホッ!」
「あいたたた! 急に頭が!」
「俺は胸と腹が!」
「お前らもう悪党やめろ」
「聞いてもいいだろうか」
黒い鎧殿下がアホどもの様子になど一瞥もくれずに言った。顔面を完全に覆うタイプの兜だから、その視線がどこに向いているのかは不明だ。が、何となくじっと俺を見ている気がする。
「キミは自分たちの運んでいるものが何か知っているのか?」
首を横に振る。
「死んでも彼らを守りたいと?」
「いや、野郎どもはどうでも」
「ンだコラテメェ!」
「かなしいこと言うなよォ!」
「どうやら私とキミとでは価値観に相違があるようだ」
「違うのは命の重さだ」
黒鎧殿下がどんな事情なのかは知らないが、正直言って俺は非常に助かっていた。相手が問題無用で殺しに来ずベラベラ喋ってくれるお陰で準備は着々と進む。一番良いのはこのまま気が変わって去ってくれることなのだが――。
「そうか。ならば仕方ないな」
ダメっぽい。相手が腰に帯びた長剣を抜いていく。やがて黒鎧殿下は刀身に月光を浴びせるように大きく剣を振り被った。確か、剣道だと上段とか呼ばれる構えだ。
「では、いざ尋常に」
「ちょい待ち」
「何だ」
もうちょっとだけ時間が欲しくてダメ元で言ってみたところ、黒鎧大殿がピタリと止まってくれた。大変に助かる。とにかく何か言わなくては。当然のことだが――まともに戦って勝てるワケがない。
とにかく時間が欲しい。お願いだから欲しい。少しでも死なずに済む可能性を高めたい。
「アンタ、女だよな?」
黒鎧大殿の剣がピクリと動いた。声色と雰囲気から判断したが、どうやら正解のようだ。
「……それが何だ」
「こっちも念のため警告しておきたくてな。本当に戦うか? 戦うんだな? 無事じゃ済まないぞ、お互いに。あと俺は物凄く女が苦手で、そういう意味でも出来れば――」
空気が斬り裂くように鋭くなった。限界のようだ。
瞬きする間も無かった。黒鎧が俺の目の前に居た。
「私は侮らない」
剣が眼前に振り下ろされる。切っ先で月光がうねっている。俺は右手を捨てた。
捨てる以外に道は無かったのだ。
腕を突き出す。振り下ろされた剣がそれを縦に裂いていく。薪を割るように。だがこれで多少は剣筋がそれた筈だ。それてくれないと困る。ありったけの小刀と矢を肘から手首に敷き詰めておいたのだから。
俺は後方へと跳んだ。跳べた。斜めに断ち切られた右腕がフッ飛んでいく。血飛沫のすぐ向こうで黒鎧が追撃の構えを見せた。ヤツは踏み込んだ。俺がつい今の今まで立っていた地面へ。
途端、相手の姿勢は崩れた。まるで沼に踏み込んで沈んだかのように。外套の下からカケリの一枚布を伸ばし、開墾地が如く懇切丁寧に地ならししておいた大地が陥没したのだ。この一枚布は俺の意図通りに稼働するのだから、耕すくらいは造作もない。そして――鎧の継ぎ目を狙うことも。
俺は残った左腕で最後の小刀を振り抜きつつ、一枚布に念じた。相手の膝関節の裏、甲冑の継ぎ目を縫って鎧の中へとカケリを潜り込ませる。瞬時にクモの糸のように相手の右脚へ纏わりつかせ、全力で絞った。果実を押し潰すような音がした気がするが定かではない。少なくとも俺達は音よりも速く動いていた筈だ。脚を絞り潰された真っ黒鎧野郎はズルズルの泥土を踏み込みつつ俺の首へと剣を走らせ、対する俺は姿勢の崩れた相手の兜の目線あたりへ左手の小刀を突っ込――。
「そこまでッ!!」
――バカデカい声が響いた。鼓膜がぶち破れそうなほどのヤツだ。それで俺も黒鎧もピタリと動きを止めた。
「それ以上のケンカはナシです!! 意味ナシ!! だって目的のブツは既にいただきましたので!!」
拡声器でも使っているのだろうか。声は異常なまでに響く。お陰で声の主がどこにいるのか分からない。
「あっ!!!!」
もっとデカい声が割り込んだ。三日月野郎の声だ。俺と黒鎧は互いに動けない。後方から動揺の声が続く。
「マジだっ! ない……ないないない!!!」
「そうです、こっそりです! なので二人とも落ち着きましょう!! ねっ!?」
「遺憾だけれど」
剣を引いたのは真っ黒鎧さんからだった。ガクンと膝をつきつつ、しかし平静な声色でヤツは言う。
「連れが悪さを働いたようだ。私たちは目的を達したことになる」
そうは行くか。俺はヤツの脚を絞ったカケリの布を瞬時に動かし、相手の首元へと巻き直した。傍目には独りでにマフラーが伸びてきて相手の首に掛けられたようにも見えたかも知れない。
一か八か頭に小刀をブチ込むより、こっちのほうが手っ取り早い。
「あーっ! ナシって言ったのに!! あのヒト勝手に動いたぁ!!」
「どこから喋ってるか知らんが荷を返せ! こいつの首を捻り切られたくないならな!」
「最低の罪悪!! 勝手に動くクズ!! 穢れし腐敗物の長!!」
「3秒やる! 仲間か荷か決めろ!! ハイ、1! 2!!」
「わーっ、待ってバカ! 待って待って!!」
「さ――」
「キャンプ地だ」
ため息混じりで黒鎧が言った。ヤツは立ち上がって――右脚がひしゃげているはずだというのに――大きな声で森に告げた。
「荷と私の交換をキャンプ地で行うことにしよう。ミレナ、法術の準備をして待っていなさい」
「わっ分かりました! ご無事で!」
それを最後に、バカデカい――恐らく女の声だ――は聞こえなくなった。後方では三日月野郎の「誰が盗りやがった!」という醜くも必死な声が響いている。……まぁつまり。
負けだ。
「この場はこれで収めてくれ。互いの命を拾うためにも」
そうは言うが俺の命はまだ全然拾えていない。荷を失う=ラヴィ・ワゴーヌ失敗=参加した俺も残念無惨、だ。何とか盗まれたとかいう荷を取り返さなければ。最悪逃亡しかないが、その場合は領主のバカな追撃に加えて世界中の悪党にも首を狙われることになり、ちょっとゾッとしない。おまけにカケリの話によると俺はあと25日で……。
「……カケリ。『クローズ』」
ため息混じりに呟くと、また光が生まれた。マフラー状の一枚布が地面に集結し、カケリが姿を現す。彼女はパチパチと目を開閉し、やがて向かい合う俺と黒鎧を交互に見た。
「……和解したの? 仲良し?」
「ああ、仲良しさんさ」
ワケの分からん言葉を放つ黒鎧。俺は違和感を覚えた。が、疑問を呈する前にカケリが高い悲鳴を上げた。
「ネモ、わぁ、腕! 腕っ!!」
折れた枯れ枝のようになった我が右腕に気づいたらしい。「どうしよう死んじゃうよ!」などと言いつつアタフタとその場を行ったり来たりしている。何だか逆に落ち着いてきた。
「キミ。彼の腕を拾ってきてほしい。あっちだ」
黒鎧が指差すと、カケリは素直に従って走っていった。違和感が強くなる。
「……アンタ」
「アマリス。それが私の名前だ」
黒鎧はそう言うと、羽根飾りが着いたフルフェイスの兜を脱いだ。素顔が月光に晒される……。
「素晴らしい攻防だった。ネモといったね。私はキミを尊敬する。話したいことが多くあるが、まずは止血をしよう。キャンプ地までは私が案内する。肩を借りても?」
勝手に俺の名を学習したらしい黒鎧――アマリスの額には、二本の角がちょこんとくっついている。
魔族だ。額に角。ブルーブラックの長髪を頭の後ろで括っている。まつ毛の長い美人だが、凛々しいというより厳しい印象を受ける。
「オーガか」
初めて見た。
「怖いか?」
「今は失血死の方が怖い」
「そうか。けれどキミが恐れるべきは死では無い。……彼女だ」
小声で言うアマリスの視線の先には、我が右腕を抱えて走ってくるカケリが居る。やはり。
コイツ、カケリのことを知っている。
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