第6話_ダイナミック襲撃
「呪文を決めたでしょ? わたしがネモの体を乗っ取っちゃうまで25日だよ。それまでに魔王を殺さなきゃ!」
突然そんなことを言われて「そうだね殺さなきゃ!」と言えるヤツが果たしてこの世にどれだけいるだろうか。きっといない。絶対いない。断言する。
断言できるからこそ、何だかイヤな予感がした。
「体を乗っ取る?」
ムポピョスポタンに運ばれながら、馬車を背中に俺は言った。なおベラベラ身の上を喋っていた隣のオッサンは面倒になったのか目をそらしている。語るだけ語りやがって。
「25日で何だって?」
「そのままの意味だもん。わたしとネモは呪文で繋がったから、一心同体になったんだよ。でも一つの体には一つの心しか置けないでしょ? わたしはネモより強いから、このままだとわたしの心がネモの心を上書きしちゃうの。それがあと25日」
「上書き」
「上書き!」
何がおかしいのかカケリがケラケラと笑った。つまり……カケリは悪霊みたいなものだということだろうか。コイツは俺に取り憑いた。そして丸ごと体を乗っ取る。
「バカバカしい」
鼻で笑ってやったが、カケリはキョトンとしている。そのまま顔を見合わせて数秒が過ぎた。……間近で見ると本当に整った顔立ちだ。まるで良く出来た人形のようで、今更ながら感心してしまう。
そして唐突に理解した。
コイツが言っていることはマジだ。
「な……」
コイツは近い将来、俺の身体を乗っ取る。俺は俺では無くなる。
「何でそんなことすんのぉ……?」
「不可抗力だもん」
「何が不可抗――!」
声を張り上げようとした瞬間だった。地崩れのような轟音が鼓膜を揺らした。次いで急激なGで馬車の荷台に押し付けられる。喉の奥から「ぐおお」と苦悶が漏れた。
「なんだ、何が……?」
隣のオッサンが目を白黒させながら呟く。衝撃は一瞬だった。どうやらムポピョスポタンは停止したらしい。荷台も馬もオッサンの子供もその他悪党どももムポピョスポタンの柔らかな後頭部に埋もれたお陰で怪我は無いようだ。動揺が方々から聞こえる。
「スポタン、何かにぶつかっちゃったのかな?」
いや、爆走中に停止するというのは明らかに異常だ。俺は立ち上がってムポピョスポタンの前方へと駆け出そうとした。
その時だった。
「動くな」
凛とした威厳のある声が響いた。
月光の下、小高い丘のようなスポタンの頭頂部に人影が見える。
「荷を戴く」
そいつは真っ黒なプレートアーマーを着ていた。頭からつま先までだ。例外は兜の頂点に付けられた羽根飾りで、これだけは真っ白である。
「大人しくしていれば危害は加えない」
「なぁにィ……?」
「バカ言ってんじゃねぇぞ真っ黒鎧野郎!」
「どこの国の野盗だてめぇ! んなこと言われてハイそうですかっていうヤツがいるかって!」
「守りたければ戦え。怪我を覚悟してだ」
「偉そうなこと言っちゃってんじゃねえよ野盗のくせにバーカバーカ!」
「おい誰か分からせてやれって!」
騒ぎ始める悪党どもと対照的な冷静さで、隣のカケリが「オープン」と呟いた。宙に現れたステータスウィンドウを隣から覗き込む……。
「わっ! あのヒト、筋力94だって!」
馬車周囲の悪党どもが一斉に硬直した。ついでに言うと俺もだ。
あり得ない数値が並んでいる。
「94……94?」
「なんだそりゃ」
周囲から「オープン」の声がする。真っ黒鎧野郎は動かない。じっとこちらの様子を眺めている――というより、こちらに猶予を与えてくれているらしい。
「ねっ、すごいねっネモ! 平均90以上あるよ! ネモ、平均って分かる?」
「すべての数の合計を個数で割ったもの……」
「ネモの平均ステータスはね、10だよ!」
カケリは俺の腰をポコポコ叩いてくる。コイツはこう言うが、恐らく周囲の悪党どもも精々12~15くらいの筈だ。平均20あれば大抵のヤツらから一目置かれる。
「筋力94、敏捷度82、器用度85」
「生命力112……桁おかしくね?」
「知力85! 持久力95!」
「ネモのステータスで一番高いのは器用度の18で、逆に一番低いのは生命力の4だね!」
「やめなさい」
視線をムポピョスポタン頭頂部へ戻したが、いつの間にか真っ黒鎧さんの姿は消えていた。周囲を見回す。いた。俺たちの後方、彼我の距離はおよそ10メートル。走るムポピョスポタンにより作り上げられた、森を引き裂くような泥の轍の中央で、相手はじっとこちらをうかがっている。
「マジで……」
ボソリと呟く三日月野郎の声が聞こえた。
「マジで今回は……失敗出来ねえってのに……!」
――コイツ、何を運んでんだ?
月光によって殊更青く見える野郎の横顔に、俺はふとそんなことを思った。思って、すぐに頭を振って余計な考えを捨てた。個々の事情は聞きたくないし、聞いたところで何か変わるわけでもない。
荷を奪われたら連帯責任。それがラヴィ・ワゴーヌだ。まぁ、つまり。
「もう一度言う」
真っ黒鎧様の声が響く。ビクリと震える悪党どもを尻目に、俺は幌馬車の近く――勝手に身の上話を語っていたオッサンの隣へと視線を向けた。
「私は手加減しない。嫌なら荷を渡せ」
少年が不安そうに周囲の大人たちを見まわしている。
「カケリ。『オープン』」
光に包まれた後、真っ黒な一枚布と化して俺の手に滑り込んだカケリを手に、俺は真っ黒鎧様へと一歩、踏み出した。




