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第5話_ラヴィワゴ契約

 ムポピョスポタンは森の奥にいた。以前から「何かあった時のために」と手に入れていた情報の通りだ。カケリが「スポタン! スポタン!」とはしゃぎながら駆けていく。


「おっ、ネモじゃんよ! 生きてたかテメェ〜」


 カケリと入れ替わりに、顔の長い男がムポピョスポタンの近くから歩いてくる。顔見知りだ。うわぁ、と俺は思った。


 だからムポピョスポタンは使いたくないのだ。乗り心地は悪くないし、長距離を一気に移動できる。だが大きすぎる。野良ともなれば野盗崩れのような奴らも利用することが多い。


「そっちこそ……生きてたのか三日月野郎。めっきりギルドに顔出さねえから死んだもんと」

「表通りを歩くと色々面倒でね」


 三日月野郎、とは俺の前にやってきた顔の長い男のアダ名だ。(あご)が出ていて、横から見ると三日月のように見えるのが由来である。本名は誰も知らない。名前は『オープン』の呪文でも表示されないそうだ。


「なぁ、いい稼ぎ口があるんだけど乗らねえか? ラヴィ・ワゴーヌだ。首都まで」


 俺は呆れた。我が家に泣く泣く別れを告げ、街からも街道からも外れた夜の森に来て、更に何らかの悪事の片棒を担がないかと提案されている。今日だけで一生分のトラブルを稼いだことだろう。


「お断りだ。そんな余裕無えよ」

「そう言うなよ! なぁ頼むよそんなこと言うなって!」

「うわっビックリした! 急に懇願するな!」


 月光を浴びながら土下座を始める三日月野郎に思わず後ずさりした。知り合ってそこそこ経つが、この依頼のされ方は初めてだ。


「ネモ、スポタンだよ! 撫でないの? ……誰か脅してる?」

「お嬢ちゃん! ネモの兄妹かい? それとも親戚? まぁいいやそれよりお嬢ちゃんも説得してくれよ、この薄情者が親友のお願いを聞いてくれるよう!」

「誰が親友だボケ」


 今度はカケリに(すが)り始めたので、俺は三日月の背中を蹴り飛ばした。そのままムポピョスポタンに乗り込もうとする……が、三日月野郎は健気にも俺の腰に抱きついてまで悪事の勧誘をしてきた。


「マジで失敗できないんだって今回のラヴィ・ワゴーヌは! 万が一失敗したら市中引き回しの上で獄門晒(ごくもんさら)し首なんだって!」

「ラヴィ・ワゴーヌってなに?」

「寄り合い馬車みたいなもんだ。ヤバいもんを輸送したいアホどもが、荷物を持ち合って馬車で輸送する」


 運び屋たちの伝統的な移動方法である。馬車代は参加者で分担。全員で野盗や公権力の襲撃に備えながら目的地に向かう。『全員で』というのがポイントで、個々が雇った用心棒が1人ずつでも、まとめると立派な賊党に進化する訳だ。なお、仮に窃盗や強盗などのオイタを働いたメンバーがいた場合、そいつは一生を裏の世界のお尋ね者として過ごすことになる。


「オレだってムダに金使いたかねえって。けど絶対失敗出来ねえ今日に限って参加者全員絶妙に素人くせえんだもんって!」


 見ろよ、と三日月野郎はご自慢の顎をムポピョスポタンの背中に向けた。既に幌馬車(ほろばしゃ)が載せられていて、周囲を陣取るように松明を掲げた悪党どもが座り込んでいる。三日月野郎が指し示したのはその内の一角――幌馬車の荷台近くにいる男のようだ。というかそうに違いない。その男は5,6歳くらいの少年を隣に伴っていたからだ。


「子連れでラヴィ・ワゴーヌだぜ? 『素性は聞いても事情は聞かぬ』がモットーだけどアリャぁねえわ」

「どうしておじさんはネモを誘うの? おじさんの方がネモより強いのに」


 いつの間にかカケリは『オープン』で三日月野郎のステータスを覗き見ている。三日月野郎は笑って言い返した。


「お嬢ちゃん、裏の世界じゃ信頼と実績に勝るステはねえんだぜ。実際、コイツってばダンジョンから生きて帰――」

「おい」

「本題だ。金額交渉と行こうぜぇ」


 三日月野郎はスッと話題を変えた。実のところ、情報通りだとムポピョスポタンはもう今にも動き出してもおかしくない。そしてラヴィ・ワゴーヌが実行されるなら、用心棒的な立ち位置にでも居ないと同乗は許されないだろう。三日月野郎ではなく、他の悪党どもにだ。俺がオイタをしないとも限らないのだから。


 結局、俺は「三日月野郎の用心棒の一人」という肩書でラヴィ・ワゴーヌに協力することになった。前金を受け取って幌馬車の荷台近くへ腰を下ろす。そうこうしているうちに走り出した――ムポピョスポタンがである。


 ここで突然だがムポピョスポタンについて語ろう。ムポピョスポタンとは、大型の魔物である。


 シルエットはスリッパに似ている。薄く平らな背中に、スリッパの甲表(足を突っ込むところだ)を思わせる形状の顔面。ただし巨大だ。大きさは1個のスリッパの大体100倍――つまり30メートルほどもある。バカデカい顔面はオオサンショウウオのような愛嬌のある顔をしており、その平らでモフモフな体毛に覆われた背中は座り心地が良いため子供ウケがいい。ただし目玉をくりくりと動かしつつ本能のままに前方のあらゆるオブジェクトをなぎ倒しつつ強引に移動するため、時代や場所によっては害獣や災害として扱われることもある。


「スポタンは何であちこちを移動するのかな」


 不明だ。渡り鳥のように季節ごとに餌を求めているとも言われるが定かではない。俺たち人類にとってムポピョスポタンとは、その平べったい背中に馬車ごと乗り込める小さな公園ばりのスペースがあり、1時間休憩しては4時間移動するという規則正しい生活リズムを持つという大型貨物生命体でしかない。決まった道を長期間かけて周遊するため、有用なルートを動くヤツに至っては各国が『正式輸送スポタン』などと掲げて公営化しているくらいだ。故にルートが定まっていないヤツや悪路を移動するヤツは野良と呼ばれる。そして裏のルートではその移動経路情報がそこそこの値段で売買されているというわけだ。例え大雑把でも向かう方向さえ分かっていれば、こうして『馬車ごと乗せて目的地近くで降りる』というダイナミック密輸が可能なのだから。


 そんな話をしているとカケリはウトウトし始めた。何やかんやで月は天頂にかかりつつある。


「アンタのウンチクでこっちも眠ってくれたようだ」


 隣のオッサンが小さく声を発した。出立の前に子持ちと揶揄(やゆ)されていたヤツである。男の隣には横たわって体を丸めている少年。スポタンの柔らかな体毛をベッドにしている。


「グズられると困っちまう。助かったよ」

「ご清聴どうも。講義料を請求していいか?」

「勘弁してくれ。馬車代だってキツかったんだ」


 少年が「ママ」と呟いた。スポタンは爆速で森を突っ切っているが、幸いにも弾き飛ばす障害物は前方にないらしく、風の音だけが響く静かな夜だ。子供の寝言も容易に聞こえる。


「母親が死んでな」


 ポツリと、呟くように隣のオッサンが言葉を漏らした。俺は内心「ゲッ」と思った。他人の身の上話を聞いても大体ロクなことが無い。


「それからずっと塞ぎ込んだままだ。そっちの嬢ちゃんもコイツに話しかけてくれていたみたいだが、いまは誰とも口を利かないんだ。悪く思わないでくれ」


 やめろやめろやめろ、と胸中で呟くがオッサンは口を止めない。スポタンが走るごとに吹き飛ばされる土砂と、後方に続いていく(わだち)――というより森を突っ切るように出来上がっていく幅広の泥道を眺めながら。


「思い出に縛られるのは苦痛だろう。だから新しい土地でイチから始めようってな」


 ……雲のない澄んだ月夜だなぁ。


「アンタは? そっちの嬢ちゃんは妹さんかい?」

「旅仲間! 一緒に魔王を殺しに行くの!」

「うわっいきなり起きんな。……まぁ、見ての通りちょっとおかしくてな。首都に着いたらしばらく休ませるか」

「お休み? そんな暇無いよ! ネモ、自分が無くなってもいいの?」

「何言ってんだお前? 『自分が無くなる』?」


 ここで「ホラちょっと変だろコイツ」と会話を終わらせても良かったのだが、そうしなかったのは我ながら賢明だったように思う。


「そうだよ? 副作用あるって言ったよ?」


 もう目は完全に覚めたらしい。カケリはハッキリと言った。


「呪文を決めたでしょ? わたしがネモの体を乗っ取っちゃうまで25日だよ。それまでに魔王を殺さなきゃ!」

ここまで読んでいただきありがとうございます。

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