第38話_オープン・ザ・"ステータス"・2
筋力、敏捷度、器用度、生命力、知力、持久力。これが『オープン』の呪文によって開示される対象者のステータスだ。少なくとも俺は、これら以外のステータスを聞いたことが無い。
だが、ある。存在する。隠しステータス――一般的には閲覧できないのだろう、それら以外の数値化された力。あまりにも奇妙な話だが、そう判断するしかない。
シェンは俺の隠しステータスを見た。だから暗殺計画に引き入れたのだ。カケリも同様だろう。使える、と判断した。ロクでもないことにだ。
そういうことが分かる何らかの数値が、この世界には存在する。
「イゾルデ。甘えるぞ」
手に取った黒い裂布は、俺が思う通りに一瞬でマフラー程度の長さまで縮んだ。コウモリノクトがイゾルデのズタボロの右腕にちょこんと留まる。足で止血するつもりらしい。
「問題はまだ残っているぞ」
その通りだ。仮に王と同様にシェンを殺せたとしても、そこで詰む。俺は何が何でも『飛翔』の対象者にならなければならない。でないと、この街は雲より高く飛行しているのだから、地面到達と共に俺は粉微塵だ。
「先に言っておこう。私は上にいる」
「上?」
天井を見上げて、俺は思わず声を上げた。ノクトが天井からコウモリの如く垂れ下がっていた――とかそういうわけではない。相変わらず玉ねぎの頭みたいなヘンな天井に、ぽっかりと一つ穴が開いている。夕日が差し込んでいる。
「ノクト、お前もしかして」
「何だ」
「結構優しいか?」
「調子に乗るなよ若造。すべて我が主のためだ」
ツンデレみたいなことを言いやがる。ハッキリ言って気持ち悪い。
「何かキモいぞ」
「全身の血を抜かれたいか」
「恩に着る」
後でな、と言い捨てて、俺は裂布を場の中央へ伸ばした。ヒーロー映画の蜘蛛の糸のように、或いはアクション映画のロープのように、それを玉座のひじ掛けに絡みつかせる。
シェンが俺を見た。
「ようお待たせ」
裂布を縮ませ、俺は跳躍した。玉座に座るシェンにグンと近づきつつ、ラスト武器たる小刀を振りかざす。
「気付いたか」
シェンが舌打ちをした。ヤツもまた、手にしていた短刀を俺に向ける――が、その顔色はサッと変わった。
「お前!」
「気付いたか? 賢くて助かる」
俺が振り下ろした刀を、シェンは玉座から飛び降りてまで受け止めた。何せ俺が斬り掛かったのはシェンではなく、ヴァルグリフ――顔を潰された王の遺体の方だったからだ。
「カルディン!!」
俺が呼ぶまでもなかった。シェンの背後から一息で跳躍したカルディンがロングソードを振り下ろす。シェンは俺を跳ね飛ばし、すぐさまカルディンに向き直ろうとする。
「いいのか?」
俺はまた玉座にカケリを伸ばした。
「次はお前の兄ちゃん踏んづけるけど」
「そうかい!」
シェンが唾を飛ばした。吠えた、と言っても良い。直後に視界が歪んだ。宙にいたカルディンも俺も一斉に天井近くまで吹き飛ぶ。耳の奥が嫌と言うほど痛んだ。
だがそれで確定した。
「衝撃だな。衝撃の操作だ」
間違いなくタギリ・ナギリ姉妹の力だろう。カケリが伸び縮みする能力だとすれば、アイツらは衝撃を受け止めたり放ったりする能力とみた。
地雷は地面から衝撃波を噴出させたもの。イゾルデが攻撃した挙句に全身ズタボロになったのは、放った攻撃をそのまま反射されたから。いま俺とカルディンを同時に吹き飛ばしたことから、衝撃はヤツを中心とした球状に放つことも可能。ただし連発は出来ない。でなければカルディンはとっくの昔に下半身を潰されているハズだし、俺もさっき玉座に跳んだ時に吹き飛ばされたハズだ。
「いい加減にしろ」
真っすぐこちらに跳躍したシェンが低く唸る。小綺麗な短刀で追撃を仕掛けられたので、俺はその刃を宙空で受け止めることになる。
甲高い金属音がこだました。
「もう寝てろ! どの道、君の命は僕が握ってる!」
「もしかして助けてくれる気か? ならついでに職人共も見逃してやれよ」
「この国の王は逆賊を許さない!」
「なら王なんて辞めちまえ」
「そうかい!!」
また耳の奥が捻れるように痛んだ。体中の骨という骨がかち合い擦り合って胃液がせり上がってくる。身体が天井に叩きつけられたのだ。それでも殺しきれない衝撃のせいで俺は天井を突き抜けて中空に放り出された。
空が見えた。真っ赤な夕陽が沈んでいく。
「ありがとよ」
前世でトラックにはねられた時のことを思い出した。思い出しながら両腕を思いっきり振った。巻き付けておいた黒い裂布が、そしてその先に巻き込んでおいたシェンが、腕の振りに合わせて宙空に放り出される。
「何を!」
「行こうぜ優雅な空の旅」
グルグルと視界が回る。その最中で黒い影が駆けてくるのが見えた。ノクトだ。王宮の屋根から跳んだそいつは、俺に向かって思いっきり体を捻じる。
俺も身体を捻じった。高く天へ振り上げられたノクトの右脚に乗るようなカタチになったのは一瞬だ。
「死ぬなよ」
ノクトは渾身の蹴りを放った。さてここからは物理の問題だ。北方に向けて全速飛行している街がある。それと反対向きに――例えば南方へ蹴り出された俺たちはどうなるか?
当然、街から物凄いスピードで遠のくことになる。
「バッ――!」
槍投げの要領で遠投されるとこういうことになるのだろう、と何だか俺は他人のように考えていた。走り回ったヴァルズールの街がアッという間に彼方へ過ぎ去り、俺たちは高度一万メートル以上の空に置き去りになる。
空で見たヴァルズールは、ガキの頃に遊んだゲームで見た浮遊島みたいに現実離れしていた。デカい逆円錐形っぽいシルエットの岩塊の上にちょこんと街が乗っていて、それが雲の上を飛んでいる。そしてドンドン遠のいて小さくなっていく。死ぬ前に見る光景としては上の上と言える。いかにも幻想的だ。
ところで幻想と言えば魔術だ。実は『飛翔』の魔術には弱点があると睨んでいる。弱点というより限界か? それは暗殺されそうになっても王が街の中心部から移動しなかったり、一旦土地から離れてまた戻ってきたという酸雨の魔術使いお姉さんボゥ・パゥをシェンのヤツが問答無用で『飛翔』させなかったことからも明らかだ。
つまるところ、有効範囲の問題だ。術者から離れすぎると魔術は効力を失う。そんなわけで――遠のいていくヴァルズールの高度がガクンと落ちたのを俺は見た。
「バカやっ、バカヤローッ! これじゃ街の全員が墜落死する!!」
「死ぬときはみんな一緒だぞ」
墜落する街を彼方に、俺たちの高度一万メートル空の旅が始まった。




