第37話_オープン・ザ・"ステータス"・1
「止めてやる。お前が虐殺王にならねえようにな」
腹立ち紛れに言い放ったセリフだが、10秒後くらいには既に後悔し始めていた。よくよく考えなくとも、まともな武器がナイフと小刀一本ずつというのは世の中をナメている。
「……それで?」
具体的にどうする、と玉座に座るシェンが言う。顔は笑っているが、目は笑っていない。
「その分だと理解しているな? 他の者と同様、お前もまた動けば吹き飛ばす」
周囲を見回す。謁見の間に入ってきた革命職人共も、みんな脂汗をにじませながら立ち尽くしている。
奇妙な光景だった。ターゲットを全員で取り囲んでいるのに、誰も一歩を踏み出せない。ヤツの使った地雷のような術のせいだ。動けば足元から吹っ飛ぶ。だから踏み出せない。
踏み出せなかったのだが。
「王ッ!!」
不意に、謁見の間に聞き慣れた声が響いた。その場で振り返る。
革命職人共の人垣の奥、部屋の入り口にカルディンが立っていた。
やつはそのデカい図体により、玉座に座るシェンと、その傍らで血塗れのヴァルグリフを見た。で、睨んだ。
俺を。
「この……暗殺者野郎ッ!」
ワケのわからないことを怒鳴り、職人共をかき分けるように猛然と走ってきたカルディンは、そのまま俺に思いっきり右拳を叩きつける。俺は笑えるくらい何も出来なかった。地面に転がる。カルディンが更に追ってきて、俺の胸倉を掴む。
「さっきはよくもやってくれたなぁ!? 王が無事だったから良かったようなもののぉ!」
「よくやった。後は手筈通りに」
カルディンの懐から低い声が聞こえた。驚きかけたが、何とか口の中の血を吐き出して、いかにもふてぶてしい態度でカルディンを睨み返す。
「……王! お怪我は?」
カルディンが俺を突き放してシェンへと向かっていく。俺は苦痛に耐えられない感じでうつぶせになった。もちろん、マジでしんどかったのではない。
騎士の懐から俺の懐へ、拳大の黒い球のようなものが潜り込んできたからだ。シェンの死角になるようにして、俺はその低い声の主を見た。
「褒めてやる、若造。よく私に気付いた」
気付くも何も、と言いかけて俺は声を失った。懐の黒い球の正体……それは丸々と太ったコウモリだったからだ。コウモリが口をモゴモゴ動かして声を放っている。
「やはり面倒なことになったな」
「……ノクトか?」
「他に誰がいる?」
そう言えば、ヴァンパイアはコウモリを眷属とする……みたいな話を聞いたことがある。眷属というよりトランシーバーみたいだが。
「私は貴様の身をアマリス様から預かっている……故に腹立たしいが来てやった」
「そりゃお優しいこって」
「まず聞く。王は殺せたのだな?」
頷きながら、カルディンの様子をうかがった。玉座に座るシェンを王と呼び、その傍に倒れているヴァルグリフを曲者と呼んでいる。王は笑いながらカルディンを褒め、「傍で眺めていろ」と言った。
「これからここに集まった謀反人共を一人ずつ砕いていく。なかなか見れん光景だ」
「王の死はカルディンも認識したはずだ」
小声でコウモリが言った。ミレナに足の傷を癒やしてもらってここに突入する前に、ノクトから話しておいたのだそうだ。
謁見の間に俺がいたら、ほぼ間違いなく王は死んだ後だと。
「その上でヤツには時間稼ぎを依頼した。貴様にはまず頭をひねる猶予が必要と見てな。なに、どうせヴァルシェンとやらとの敵対は避けられんと踏んでいたぞ」
「踏むなよ。ギリギリまで仲良しこよしだったぞ」
「いつの世も暗殺者など使い捨ての道具に過ぎん。……ええい下らんことで話の腰を折るな! いま貴様が考えるべきことが何か、分かるか?」
急に保護者面してきたコウモリに過去感じたことのないウザさを覚える。しかし「猶予が必要」という言葉には頷かざるを得ない。
何せ不利なことが多すぎる。それは武器の少なさもそうだし、奴の地雷術の秘密もそうだし――そもそもまだ俺が『飛翔』魔術の対象になっていないのもそうだ。
いまこの街は雲よりも高く飛んでいる。つまり最悪の場合、街の着陸時に発生する衝撃は高度一万メートルから地面に叩きつけられたものと等しくなる。何かもう想像も出来ないが、十中八九粉々になって死ぬに違いない。奇跡でも起きない限り。
で、確信があるが俺に奇跡は起きない。
「ヒント1。ヤツのステータスは基本的にすべて22だ」
「あ? ヒント?」
「ヒント2。貴様はヤツからこう聞いたそうだな。『飛翔の対象はあらゆる衝撃や攻撃から守られる』」
俺は訝しげな目をしていただろう。いよいよもってヴァンパイアが何を言いたいのか分からなくなってきた。おまけに事態は困惑を許してくれない。
「どうした? 何か言いたげではないか」
シェンが笑っているのが聞こえた。バレたに違いない。俺のことではなく、カルディンのことが。
「……いかに謀反人といえども」
騎士崩れ野郎の声がする。張り詰めた声だ。
「咎人の命であろうとも、いたずらに命を奪うことは許されない……と自分は考えます」
「あれはいかんな」
「同感」
自国の法と倫理観を他国の支配者に説いてどうす――いやそんなことを言っている場合ではない。
「ヒント3。貴様は既に矛盾を犯している。しかしそれは矛盾ではない」
「いい加減にしろ、いまクイズ大会してる場合――」
「気付け」
真ん丸コウモリが俺の顔面に飛んだ。このコウモリには目がある。
2つの眼が俺を見据えた。
「でなければ貴様は生き残れぬ」
「お前も謀反人となるか?」
謁見の間、その中央で状況は動いている。……ひとまず、俺は顔面をさすりながら起き上がった。
シェンはなおも玉座にいた。視界の端で俺が立ち上がったのに気付いていると思うが、目線は正面から外さない。
無論、その正面にいるのはカルディンだ。膝をつき、頭を垂れている。顔つきは見えない。
「謀反を起こすつもりはありません」
応えた声は異様な程に低かった。やはりアイツは直情的だ。気持ちを抑えきれていない。だが仕方ないのかも知れない。
何せ、昨日雇われたばかりとはいえ――守ると決めた主が、直ぐ隣で顔をブッ壊されて死んでいるのだから。やったのは俺だが。
「しかし、嘘偽りや人命の懸かる過ちを見過ごすことはできません。法と、適切な手続きに則るべきです」
「法は余だ。余が法だ」
「簒奪者の間違いだろう」
時間稼ぎとは何だったのか――そんなことをツッコむ暇もなく、俺は地面を蹴った。
空気は間違いなく一変していた。肺がうまく膨らまない。肩が重い。その最中にカルディンは踏み込んだのだ。
ヤツは剣を横に薙いだ。シェンが短刀でそれを防ぐ――のを見て、俺はナイフを投擲する。
「仲良しどもめ」
シェンは玉座から動かない。あぐらをかいたままだ。そのままなのに、俺の投げたナイフは何かに弾き飛ばされて宙を舞った。
カルディンが腕を引き、素早く突きを放つ――が、その直前、カルディンは軽く後ろへ跳んだ。ドン、と音がして玉座の前の丘が弾ける。
「奇怪な術を使うッ! 卑怯者め!」
「鳴きおる」
カルディンはグルグルと玉座の周りを駆けるが、その度に足下から爆発のような何かが起きていく。連鎖する炸裂音で耳がおかしくなりそうだ。
「カルディン! 職人の奴らを盾にしろ!」
「やかましいぞ暗殺者め! 言っておくが自分は許してないからな貴公を!」
何やかんや言いながらカルディンは頭を低くして群衆の中に紛れる。それでも炸裂音は響いているが、心なしか頻度が落ちた……気がする。気がするので俺は先ほど名誉の討死を果たしたばかりのナイフ先輩に跳びつき、何とか回収に成功した。
「うわッ! ちょっ、どけ!」
「まぁまぁ」
ちょうど跳びついた先に図体のデカいサーミアンがいたので、その頑強な首根っこに鷲のように着地する。よく見ると昨日俺に水を奢って下さった鍛冶屋の親父だ。こんなところで追加サービスとは気が利いている。
「クソっ、重ぇ! クビが……!」
「動いたら吹っ飛ぶらしいから気合入れてくれ」
なおもカルディンを狙う炸裂音はこだまし続けているが、しぶとくヤツはかわし続けているらしい。シェンの野郎も俺を軽く睨んでいるが、足下のサーミアンごと爆発させるつもりはないようだ。俺ごと吹っ飛ばすほどの威力は無いと見た。
そう割り切って、ひとまず回収したナイフを調べる。が、哀れナイフ先輩は原型を留めていなかった。ちょうど、刃先から柄までプレス機でペシャンコにされた感じだ。
「なにをどうすれば鋼鉄を圧し潰せる?」
肥えたコウモリがひらひらと飛んできて俺の肩に留まる。飛べる奴が気楽で羨ましい。
「なんだお前、さっきのはシェンの術のクイズじゃなかったのかよ」
「アヤツの行使する術のことなど知っているわけが無かろうドアホめ」
「じゃあ何のクイズだったんだよありゃ」
「それにしてもカルディンは予想以上に巧者だな。まだ粘っている」
コウモリは露骨に話を逸らした。ムカつく……が言い分は正しい。恐らく地雷が爆発するよりも前に足を動かして回避しているのだろうが、そんなことがいつまでも続くハズが……。
……いや待て。そもそもそんなこと出来るのか?
俺は地雷について思い出そうとした。と言っても戦争映画くらいでしか知らないので大したことは知らない。だが地雷を踏んで助かるのは結構レアだった気が――と、そこまで考えて己の思考が全く無駄なことに気づいた。
というのも、《光爆》のルルと戦った時、シェンは確かにこう言っていたからだ。「地雷ってのは何なわけ?」と。
「つまりパクリか」
鍛冶屋の親父の頭皮のムワッとした臭いで吐き気がする。血の匂いも漂っている。が、硝煙の匂いはしない。火薬でも《光爆》の魔術でもない、何かの方法でシェンは『地雷』を再現しているのだ。昨日の戦いに着想を得て。
では――という話になる。では、どうやって? 決まっている。俺がカケリを使って戦ってきたのと同様、シェンも――。
「おい。捕まってろ」
――不意に鍛冶屋の親父が言った。え、と返した瞬間だった。親父が駆け出したのは。
「バカ、何を――!」
何をしてんだボケ、と言いかけた時にはもう遅かった。目ざとくシェンはこちらを見て――ズドンという重い衝撃が足の下から響いた。苦悶の声が漏れる。鍛冶屋の親父のだ。
結論から言うと親父の脚は吹っ飛んだ。思いっきりつんのめる形で職人共の隙間を滑りながら、しかし親父は俺の足を掴んで離さなかった。お陰で俺は足の吹っ飛んだ親父の上をサーフボードヨロシク乗りこなすヒトでなしになったわけだが、その体が止まった時、ようやく俺は親父の思惑を知る。
止まった先には、イゾルデが転がっていたのだ。
「イゾ公がお前のこと……スゴイ目で見てたぞ……」
親父の手から力が抜けた。気を失ったらしい。そして親父の言う通り、カケリ――つまり黒い一枚布でグルグル巻きになったイゾルデは、滅茶苦茶に充血した眼で俺を睨んでいる。とりあえず俺は座り込んだ。
「……テメェ……カケリは……テメェが持ってろ……!」
「でも止血してねえと死ぬだろ」
「後でミレナを……法術……!」
「あ、そうか。そういやアイツ来ねえの?」
「お嬢は怪我人たちの治療中だ。職人共の別動隊と王宮の兵士共がやり合ったお陰でな、実は王宮の中は無茶苦茶だ。ここにはそうそう来れまい」
「そりゃあお優しいことで」
「テメェは……ッ!」
デブコウモリ――ノクト(眷属)と話していると、イゾルデが怒声を上げた。確かに、悠長に下らない話をしてる場合ではない。
「いやすまん、悪かった。一応言っとくが悪意は無えぞ」
「なお悪いわッ! そうじゃなくてテメェッ……! 戦えねえだろ……コイツナシじゃ!」
「ところがどっこい持ってても同じだ。何せ『飛翔』の対象は――」
そこまで言ったところで、ようやくだ。ようやく俺は気付いた。最大の矛盾にだ。同時に、見過ごしていた自分の頭を疑った。バカにも程があった。
『飛翔』の対象はあらゆる衝撃や攻撃から守られる。
「なら何で俺は王を殺せた?」
ドンドンと炸裂音が響く。地雷に似せた、地雷ではない、突っ立っている人間を手も触れずに吹っ飛ばす術。思えばこの街に来て色んな魔術を見た。爆発の魔術。酸雨の魔術。初めて見たのが『飛翔』だ。シェンは追いはぎ共をバルーンのように浮かべていた。あの時にアイツは言ったのだ。「王の暗殺に協力してくれ」と。
「あー……なるほど。そうか。なるほど。なぁ」
イゾルデに巻き付いている黒い布に手を伸ばす。このドワーフの言っていることは正しい。徹頭徹尾コイツは賢いと言わざるを得ない。
「ノクト」
「何だ」
「あるんだな」
「何がだ」
「『隠しステータス』。で、それが王を殺せた理由だ」
コウモリが翼を揺する。闇が笑ったみたいだった。




