第34話_クロスロード僕ら
ヤバいくらいの晴天だ。
この街・ヴァルズールは砂漠の真っただ中にあるので、当然ながら滅茶苦茶に暑い。この世界も太陽は一つだが、正午が一番暑いという点は我が故郷と地味に異なる。理由は知らない。
まぁ、だから――街が『飛翔』を始めるその瞬間に備えて日なたにいた俺は、ものの数分で汗まみれだった。
「暑い」と呟いて、座ったまま手に巻いた黒い裂布で額の汗を拭きかけて、思いとどまった。昨日も首に巻き続けていたし、とっくに汗なんて染み込みまくっているだろうが、何となく気が引ける。
「ネモ」
後方から聞き覚えのある低い声がした。俺は怪訝に思った。というのも、そうそうヒトに声をかけられるような場所ではないからだ。
「ようカルディン。何やってんだお前」
この街の建物は大体が日干しレンガ製の直方体だ。家や店が立ち並ぶ光景は、デカく歪な大小様々の豆腐が列をなしているようにも見える。俺はその内の一つ――昨晩、シェンに誘われた飯屋の屋上にいた。
正面数百メートル先には玉ねぎの頭みたいなドーム状の屋根を持つ王宮が見える。雲一つないド晴天の下、屋上から見える通りには街人たちが飛翔の瞬間を今か今かと待ちわびているようで、ちょっとしたお祭りのような状況だった。
「街の移動――『飛翔』は約6時間ほどだそうだ」
カルディンはいつもの鎧を身に着けておらず、マントにシャツ、ズボンと軽装だった。『王の目』の奴らと同じ格好である。顔覆いはしていないが。
「逆に言うと約6時間後、この街は他国の領土に到達する。侵略をするつもりの移動だ、到着から間を置かず戦争が始まるだろう。交渉の余地は無い」
「街の奴らの能天気さを嘆きに来たのか? 直射日光をふんだんに浴びながら?」
「付き合ってくれるというなら幾らでも話そう。実のところ、貴公とは極端に会話が不足していると感じていた」
「悪いな、もうちょいしたら仕事だ」
朝にシェンから事情を聞いて、貸し切り状態の店の奥で朝飯を食らいつつ作戦を纏め、準備に駆けずり回って今現在。正直言って一息つく時間はほとんどなかったと言っていい。だから正直ウンザリした。
王宮にスカウトされたカルディンがここにいる。恐らくは王宮の周囲を巡回していたのだろう。『飛翔』の土壇場で王の命を狙うような不届き者が現れないことを祈りながら。
「あの男。シェンと言ったな」
カルディンは立ち止まったまま言った。距離は大体10メートルくらい。今朝に見た時と同じく、顔つきは険しい。
「王と同じ顔をしていた。だから分かった。貴公とあの男が王を殺そうとしていると」
「説明に親切さが足りねえよ。殺したって法術士が蘇らせるだけだ」
「成り代わるつもりだろう。王とシェンは顔どころかステータスまで全く同じだった。だから遺体を処分し、自らが王として振る舞う。
代わりに役人が一人消えるがどうとでもなるだろう。この方法なら蘇生される恐れもない」
「荒事には頭が回るよな、お前」
俺自身も今朝に共有されたばかりの計画を言い当てられてしまった。
立ち上がる。汗臭いボロキレみたいになった服の端っこで汗をぬぐいながら。
「まぁ、そんな怖い顔すんなよ。一緒に暗殺者をやっつけた仲だろ?」
「昨晩は目的が一致した。今日は違うのだろう?」
目的。
「……ここだけの話だが」
右手を――正確には右腕に巻いた黒い布、カケリをカルディンに掲げて見せた。相手の表情は変わらない。
「カケリはまだこの形のままだ。だから、これはシェンに聞いた話になる」
「何を聞いた?」
「カケリたちの目的。コイツらは故郷に帰ろうとしてるんだと」
厳密に言えば、話したのはシェンではなくナギリ――指輪から変身して現れた女の方だ。静かな、寝息みたいな声を出す女だった。
「コイツらは『化物族』――モノに変化する能力を持つ種族なんだそうだ。遥か昔、北の方でコソコソ生きてた化物族は、その能力を目当てに世界各地に連れて行かれた」
前世で言うところのバビロン捕囚みたいなものだとイメージしている。特定の地域に住んでた者を別の国に強制連行する――この世界でそんな事件は聞いたことがないが、孤児出身のあらくれが知れる歴史なんてたかが知れている。
「だから子孫たるこいつらは、何とかして故郷の土地へと帰ろうとしてる」
「遥か北……」
「スノウネックより北らしいぜ。ただ、細かい土地の場所までは分からんそうだ」
スノウネック、という地域は名前だけは有名だ。何でも山脈と山脈の間に出来た深い森があって、その北部は雪が降り続けている。森が雪をせき止めてるように見えるから、スノウネック。雪の首根っこ。
「……化物族というのは、人族か? それとも魔族なのか?」
「分からん」
「ダンジョンに入る前に戦った2人――チハヤとユキマと言ったか。彼らも化物族だと?」
「そう思うしかねえよな。実際、アイツらもカケリと同じように変化したし、妙な術を使った」
「しかし、そんな種族がいるなど聞いたことがない」
「つまり?」
「何か騙されていないか? 担がされている可能性は?」
そこだよな、と素直に頷く。確かにチハヤ・ユキマ兄弟の逃走経路は北だった。北に向かって逃げていた。
しかし、ヤツラはその前にドワーフの国のお偉い様方を暗殺している。ただ北に行きたいだけなら、明らかに意味のない行為だ。
「嘘か本当か知らねえが、少なくとも何か話してないことがある……ような気がする」
「シェンが?」
「いや、俺たちに話をした『ナギリ』って姉ちゃんの方だ。まぁ」
俺は再び王宮を見やった。ここからカケリの、伸縮自在の布の力を使って王宮の天井に行かなければならない。いよいよ蜘蛛男じみてきた。
「だからどうした、って感じだよな。俺はカケリを連れて北の『魔王』とやらを倒しに行く必要がある。でないと自我を奪われる。イコール死だ。それはごめんだ」
「その為なら何でもするのか? 騙されていると知りながら指導者を暗殺するのか? 罪の無い者を手に掛けるのか?」
「よく言うぜ。ドワーフのお偉方を殺すのには反対しなかったくせに」
俺は肩をすくめてみせた。カルディンが腰に提げたロングソードを掴む。
「自分は、王の暗殺が最善とは思わない、貴公に必要だとも思わない」
「前払いされちまったからな、報酬。やらなきゃ筋が通らねえ」
「通すべきでない筋もある。自分は王に雇われた。故にこちらの筋を通す」
そうか、と俺は返した。誰でも自分は特別だ。だから懐からナイフを取り出した。
今回のシゴトのためにシェンに用意させたものだ。無論、サンドワーム製などという超弩級のシロモノではない。たぶん安物だ。柄がヌルヌルしている……これは俺の汗か。
しばらくカルディンは動かなかった。距離はまだ10メートルほど。近寄ってくる気配が無い。
「ちなみにミレナとノクトは王宮の中だ。間違っても俺の足下にはいない」
揺さぶりを口にしてみる。事実である。
「成る程。ミレナがいれば致命傷を負っても仕事に支障はないか」
溜め息をついてカルディンが剣から手を放した。ハッタリを信じたらしくて俺は内心ビックリした。その直後だった。
足下が強く揺れた。デカい山の天辺からクソデカい岩が転がり落ちてくるような音が方方からした。地震と言っていい。それもかなり強烈なヤツ。
『飛翔』が始まったのだ。
体勢が崩れた。そこに風斬り音が聞こえた。視線を戻すとカルディンが目の前でロングソードを振りかぶっている。この、『飛翔』で生じるであろう衝撃の瞬間を狙っていたらしい。
俺は内心舌打ちした。油断したことを、とかではない。カルディンの太刀筋が真っすぐだったことにだ。思うに、コイツには『飛翔』の衝撃は及んでいない。
契約されている者はあらゆる衝撃から守られる――みたいなことをシェンが言っていたし、それは事実だ。
「また俺だけか」
ロングソードが振り下ろされる。体勢が崩れたままナイフで剣の切っ先をいなす。後は一瞬だった。
相手の側面に回り込むように跳びつつ蹴り飛ばしたナイフは、カルディンの大腿部に突き刺さった。
苦悶の声を漏らしながら、カルディンが剣を振り回す。俺は距離を取った。
「ミレナは王宮にいる。後で治療してもらえ」
「なぜ自分を殺さない!!」
地割れとか土砂崩れとか、とにかく大地が裂け崩れる爆音が響く中、カルディンが怒鳴った。とは言え、時間は無い。このタイミングで王宮へ進んでおかなければ。
「殺せたハズだ! 騎士団を、化物族の兄弟を、ゴーレムをはねのけた貴公なら! 自分など!」
……いま、カルディンにナイフを突き刺した技は、かつてノクトにやったのと同じだ。攻撃をかわしながら刃物を叩き込むカウンター技。これについてはガキの頃から文字通り死に物狂いで練習した。雑魚ステータスの俺がこの世界で生きていくには、こういう曲芸が必要だったから。
だから、カルディンの言葉は正しい。殺せた。
「貴公が選ぶことの出来る者だからだろう! 違うか!?」
「止血しろよ。じゃあな」
地平線が動いている。街が砂漠から飛び立とうとしている。その振動に揺さぶられながら、俺は王宮へと向かった。
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