第32.5話_番外編_踊るヴァルズール御殿
※このお話は番外編です。読まなくても本編の進行には関係しません。※
※時系列的には第32話と第33話の間であった小噺的なナニカです。※
「あれってどういう意味だったんだろうな」
通路に座り込みながら俺は呟いた。王宮でボゥ・パゥなる雨雲女を倒した後のことだ。シェンは近くで他の『王の目』たちに色々と指示を出している。雨雲女の身体をどこに運べとか、被害状況をいついつまでに纏めろとか、そういった公務員的業務だ。
「あれとは何だ?」
隣に立っているカルディンが尋ねてくる。コイツはコイツで関係者への報告が必要らしく、シェンを待っているようだ。
「『飲み干す』とか言ってたんだよ、あの女。そうか、その時はまだお前ここにいなかったな」
確かボゥ・パゥがそういうことを言ったのは、外の雨を止ませて、自身の上に雲を作る辺りだった。カルディンがやってきたのはそれより少し後である。
タイミング的に雨雲を作るための呪文だったのかも知れない。あまり魔術には詳しくないが、シェンもボゥ・パゥも術の発動前にそれらしい言葉を口にしている。
「『飲み干す』――雨の魔術にはあまり合わない言葉だな」
「ああいうのってなんか決まりがあるもんなのか?」
「自分に問われても困る。魔術も法術も習得していないからな。だが過去に敵対した魔術士が呪文を口にする時は、術を連想させるような言葉だったイメージがある」
「そのイメージは大体正しいよ」
言いながらシェンがやってきた。大方の指示を出し終わったらしい。そしてこちらの話にも耳を傾けていたらしい。狼の耳とヒトの耳――計4つの耳をフル活用していると言えよう。
「『飛翔』の魔術もそうだしね。発動する魔術の属性に応じて呪文を設定しておくのは魔術士のよくやる手だ。別に呪文でなくてもいいんだけどさ。要は”自分はこれから魔術を使うぞ”って脳に叩き込めればいいワケ」
一種のルーティーンのようなもの、ということだろうか。確かに、数時間前に戦った苦労人《光爆》のルルは、呪文ではなく身振り手振りでそれっぽいことをしていた。となると、ボゥ・パゥのあのセリフは何だったのか。
「単なるオシャレ演出か?」
「えっそんなワケないでしょ。常識って知ってる?」
「文化圏ごとに変わる概念でマウント取ろうとすんじゃねえよボケ」
「常々《つねづね》思っていたが貴公は口が悪いぞ」
「放火犯に言われたくねえな」
「古い話を……」
「古くねえ!」
「『飲み干す』だよね。分かんない? 彼女の魔術は何だった?」
滅茶苦茶バカにされている気がする。いや間違いなくされている。
「酸の雨だな」
バカはバカにされていることに気づかない。故にバカだということをカルディンは勝手に露呈した。
「強酸を浴びるとどうなる?」
「痛い」
「感覚の話じゃあないんだよ」
「焼けただれたような状態になっているのは見たことがあるな」
「惜しい、もう一声!」
「マジに言うなら場合によるだろ。分解される場合もあるだろうし酸化するだけの場合もある」
「つまんない回答だなぁ。魔術ってのはもうちょっと単純に考えていいんだよ。今回の場合は『溶ける』だね」
シェンはケラケラ笑って、それから急に声のトーンを落とした。
「溶けて液状になったら、飲めるよね」
「は?」
「なに?」
「つまりそういうこと。愛した男と一つになりたかったのさ、彼女は」
俺とカルディンは思わず目を見合わせた。それからしばらくしてシェンの顔を見た。
相変わらず顔覆いで素顔を隠している。が、何となく物憂げな様子に思える。
「……お前アタマおかしいんじゃね?」
「常軌を逸している。人体を飲み込むだと?」
「いや僕じゃなくてね。でもそういうコトだったと思うんだ。一途だよねぇ……」
「お前アタマおかしいんじゃね?」
「常軌を逸している」
「繰り返さないでくれよ。共感力の低いオトコはモテないぜ?」
それでモテてもな、と俺は胸中で突っ込んだ。
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