第33話_メタモルフォーゼ僕ら
その日、俺は泥のように眠った。
ここ数日の睡眠不足は明らかだ。ギルドから追放されるわ家は燃やされるわ捕まって牢屋にブチ込まれるわダンジョンに突入させられるわと色々あったものだが、まともな睡眠時間と言えばカルディンの背中で気を失っていたときくらいのものである。ベッドの上で寝転がるなんて贅沢は我が故郷出立以来の快挙と言えよう。
とはいえ、早朝には起きる必要があった。既に述べたサンドワーム取引のために砂漠船へと向かわねばならなかったからだ。
取引収支については既に述べたし大した話でもないので割愛する。
ついでに言うと、その日も何度か「クローズ」と唱えてみたが、カケリはヒトの形に戻ることは無かった。『オープン』で一枚布に、『クローズ』で人型になる世にも不思議なビックリ少女・カケリはダンジョンで力を使って以降、全く目覚めないワケだ。長い休憩である。
「この街の最後の日に良い取引が出来た」
砂漠船の船長はそう言うとスケベそうな顔で笑った。恐らく、笑い方に他意は無い。
「アンタらはこの街と一緒に飛んでいかないのか?」
「俺たちは街の住人じゃねえ。この砂漠の行商人だからな。交易地点は他に幾つかある」
それなりに不便にはなるだろうが、と船長は続けた。
「代わりの街もここから数キロ東に出来た。空飛ぶ街なんざ奇妙にも程があるが、残った奴らへのアフターフォローは真っ当だと俺は思うね。王にしてはかなりまともな部類だろ」
その評価に対しては個人的に疑わしく思うが、とにかく船長とはそんな感じで別れた。周囲を見ると、砂漠船の船員らは出立に向けて積み荷の最終チェックやら何やらで忙しそうだ。
街の入り口は今や本格的に港と化している。大小様々な砂漠船が出立準備をしているし、ラクダに荷物を載せたり砂漠ワニに荷車をセットしたりと砂漠渡りを準備している家族も見受けられた。
「結構な人数が街を出るんだな、なんて思ってない?」
イゾルデやらミレナやらが分配された報酬を再確認しているのを待っていると、そんな風に声を掛けられた。振り向くと昨日素性を晒した本名ヴァルシェンくんが歩いてやって来ている。『王の目』の顔覆いは装備済みだ。
「おはよう! 昨日はよく眠れたかな? 人数分の宿を手配した僕を褒めてくれてもいいよ」
「……次の仕事か?」
隣に立ったカルディンが尋ねた。妙に険しい表情なのは俺の気のせいだろうか。
「そうだね。仕事の説明および朝ご飯のお誘い」
「そうか。……では自分はここで失礼する。街の『飛翔』に備えて王宮に戻れと言われている」
「おう、ご苦労さん」
突然、カルディンは俺の胸倉を掴んだ。ヤツはどこか怒気の混ざった視線で「二度と会わないことを祈っている」と告げ、俺を放し、街の中央へと歩いて行った。
「もしかしてケンカしました!? ダメですケンカは!」
「金勘定に意識持っていかれ過ぎだろお前。……それはそうと何だアイツ」
「面倒ごとのニオイがするな」
最後のコメントはノクトのものだ。昨日の酒気が抜けていないらしく絶妙に酒臭い。
「ドワーフのお嬢さんはどうする? 一人くらい増えても問題ないけど」
「あたしも用事がある! じゃあな!」
プリプリ怒りながらイゾルデも去った。なおこれはサンドワーム代の分配前に「削り出してもらった小刀、壊れちったわ」と俺が伝えたことに起因しているので仕方ない。
「君は凄いヤツだな! 十数秒間で2人も怒らせて立ち去らせるなんて」
「その顔覆い破り捨ててやろうか」
「マジ勘弁」
シェンはおどけるように肩をすくめ、それから歩き始めた。ノクト、ミレナ、そして俺(厳密にはカケリも)はその後ろをついていくことにする。
「ノクトさま。思い出したんですけど、わたしたちも今日は王宮に来てって言われてました? よね?」
「さすがですお嬢。街の『飛翔』において注意がある、とそういうお話でしたぞ」
「王宮に行ったら拘束されるよ」
シェンが口を挟む。が、これはアホ2人にとって想定外の情報だったらしい。
「拘束? なんでです??」
「野蛮な話だ。この街は旅人を虜囚にすると?」
「大体そんな感じ。虜囚というよりは栄養、養分……あと戦力かな」
「戦力?」
尋ねたところで道の先に人影が見えたので、俺たちは一斉に口をつぐんだ。あまりヒトに聞いてほしい内容ではなさそう、という暗黙の見解による。
「本当に残るのかい?」
家財道具と思しき荷物を荷車に載せている老夫婦がいる。何かの店先だ。通りがかりに横目で見ると、大柄な男が胸を張って老夫婦に笑っている。
「おう! 落ち着いたら会いに行くよ!」
「でも飛んでいく先って遠いんだろう? 山を幾つも越えるって」
「ムポピョスポタンを乗り継いで行くさ! オヤジの店は俺がもっとデカくしてやる、心配すんな!」
老夫婦と、恐らくはその息子と思しき男。彼らの前を通り過ぎてしばらく経ってから、シェンはポツリと言った。
「五分五分だね」
「五分五分?」
「何がです?」
「あの親子が再会出来る可能性。『飛翔』後の戦争を生き残れるかに懸かってる」
「戦争だと?」
「ダメですよケンカは! 法術士的には許せないです!」
「もしかして君ら、『飛翔』を街が飛んでいくだけのシロモノだと思ってる?」
「こいつらは根無し草だぞ。街なんて通り過ぎるだけのモンで、地政学なんざ考えもしねえよ」
というか、ノクトとミレナの主人は恐らく世界最強の戦士だ。合戦真っ只中の両軍見合う平原中央を鼻歌交じりで突っ切ることすら可能に違いない。
「えっと、例えばの話だ。そこそこ老舗の八百屋があったとする」
「どこに?」
「例えばっつったろうが抽象化できねえのかお前は。話戻すぞ。ある時、老舗八百屋の隣に新たに八百屋が出来た。この2つの八百屋は仲良く商売出来ると思うか?」
「商品とターゲット顧客層の差別化が出来てれば大丈夫なんじゃないですか?」
「いきなりそれっぽいこと言うなよ……」
「つまりは街でも似たようなことが起きる、と言いたいのだろう。確かに、新参者に良い顔は出来ぬな。
故に、戦力か。確かにいざとなれば戦わざるを得まい。我が身を守るためにだ」
ふん、とノクトが鼻を鳴らした。
「だが解せん。争いが起きると分かっていながら、なぜ『飛翔』する? それはつまり、侵略ではないか」
「そうだよ侵略だよ。侵略は美味しいもんだよ。労働力、資源、金、酒、名誉、あと女! 力ある者なら狙って当然! ……ってね?」
俺は昨日の魔術を思い出していた。追い剥ぎ共を風船のように宙に浮かせた『飛翔』の魔術――一方的に相手を無力化するあの魔術があれば、確かに侵略は比較的容易かも知れない。
……かなり楽観的な見通しではあるが。
「だけど今回のはそれ以上の意味を持つ。実はね、今日向かう先は王……それと僕が生まれ育って、かつて追い出された土地なのさ。もう百年以上も昔の話だけどね」
そこからの話をざっくり纏めると、つまるところ王・ヴァルグリフとその弟・ヴァルシェンは、幼い頃に政争に負けたということらしい。王家の正統後継者が誰だとか何だとかの、いわゆる内ゲバだ。で、関係者に逃されて何とか今まで生きてきた……なんかそんな話だ。
「つまるところ、復讐か。自らを排斥した者たちを制圧したいと」
「平たく言うとね。でもさ、さっきの見たろ? ここはもう僕たちだけの街じゃない。好き勝手にしていい段階はとっくに過ぎてる」
シェンは大げさに両手を挙げてみせた。そろそろ街の中心部が近づいてきたらしく、一つ隣の筋から馬車の音が響いている。
「だから、今日が最後だ。ステータスの高いヤツらを片っ端から集めて取り込んで、この街は一種の移動要塞になった。でもそれが活躍するのは今日で終わり。今日を最後に、もうこの街は飛ばない。飛ばないようにする」
見たくないだろ、とシェンは言った。
「肉親が虐殺王に変わってく姿なんてさ」
「変わってくなんて、そんなの分からないじゃないですか。決めつけちゃダメです! 話し合いましょう!」
「ありがとう。でも残念ながらそういう段階は数年前に通り過ぎてるんだ。……だから今日、僕らは何としてでも王を暗殺する」
「え?」
「む?」
「ん?」
ノクトとミレナが俺のほうを見た。ものすごく訝しげな視線だ。
なんだよ、と言いかけたところで思い当たった。
「そういや話せてなかったか。今日の仕事は暗殺だ」
「昨日は助けたのに? アタマ悪いんですか?」
「お前に言われたかねえよ」
「もう暗殺ネタは1回やったじゃないですか!」
「俺と同じこと言うなよ……」
ミレナの猛抗議が始まりかけたが、その前にノクトがヤツの口を手のひらで塞いだ。そして極めて冷静かつ非難じみた目で俺を睨んだ。
「若造……ややこしいことに首を突っ込んでくれたな。我々はアマリス様に仕える崇高な存在だ。汚れ仕事には付き合わんぞ」
「野盗がよく言うぜ。酒臭え息でよ」
「ホラもうすぐそうやってツンツンするー良くないなぁもう。えっとねヴァンパイアさん、付き合わなくてオッケーだし、むしろ君らは王宮でじっとしてておくれ」
「断る。野蛮な輩に拘束されるなど御免被る」
「拘束ったって何も牢屋にブチ込まれるわけじゃないよ。ただ王宮内で待機させられるだけ。
出来る限り王には『何事もつつがなく進行してる』って思わせたいんだ。安心して気を抜いてもらえば、それだけ不意打ちは決まりやすくなる」
それと、と言ってシェンは立ち止まった。
「『第二の報酬』をここで先払いしよう」
「なに」
「ナギリ」
完全にシェンのペースだったと言っていい。奴はそんなことを言って、右手の指にはめていた上等そうな指輪をキザったらしく口元に近づけた。何となく。
何となく、『ナギリ』という言葉は名前な気がした。
「『ハブス』」
シェンの指が輝いた。正確には指輪が、だ。その光は見る見るうちに大きくなり、やがて――ヒトの形を取った。
「紹介するよ。彼女はナギリ」
狐――狐の女性サーミアンが立っている。つまり、ヒューマンの俺と身体的特徴はほとんど同じで――しかし獣の耳と尾が生えているワケだ。茶褐色で先端に黒が混ざった柔らかそうな耳と、逆に先っちょが真っ白になった長い尾が動いているワケだ。
「彼女はサーミアンじゃない。化物族。物質に変化する、極めて特殊な種族だ」
ナギリ、と呼ばれた女は頭を少しだけ下げた。俺は無意識に首にかけている黒い布に手を当てた。つまり――。
「君が首に巻いてるそのヒトも同じ。化物族なのさ」
いつかカケリが言った「化物」という言葉の意味を、そうして俺はようやく知った。
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