第4話_ファイティング雑魚
「少女を……どこにやった?」
正面の騎士が問いかけてくる。そこはかとなくうろたえ気味な声色だ。と言っても「よし、じゃあ拘束拘束!!」とか言われるよりは随分マシである。何せ俺だって理解が追いついていない。
カケリが消えて、代わりに表れた布切れを眺めた。触った。視界の端で我が家がまた大きく崩れたが、何だかもうそれどころではない。
……布切れは、マフラーほどの長さだ。ほつれはなく、肌触りは滑らか。黒い。美しい黒髪を思わせる。調べる内に段々と理解してきた。
カケリだ、これが。
「少女をどこにやったと聞いている」
一体、どういう理屈だろう。魔術なのか法術なのかも分からない。人体をそのまま布にしたのか? それともカケリは未知の化物だったか? まだその方があり得そうだ。
っていうかアイツ、「守ってあげる」とか言ってたくせに布になったのか? 布だぜ? それで守れるものなんて局部ぐらいだ。
ふと、遠い記憶を思い出した。前世のことだ。アイドルだったかロックバンドだったかのライブで、観客たちがタオルを片手に頭上でブン回していた。
そうか。
なるほど。
俺は一人で頷いた。周囲の「なんだコイツ」という視線を痛いほどに感じる。実に都合が良い。
おもむろにカケリ(布切れ)を頭上で回してみる。遠い日に見た観客たちのように軽やかに、かつ力強く。
「貴公……何をしている。……奇行はよせ!」
無自覚な騎士の親父ギャグが号砲となった。俺は思い切り――ちょうどカウボーイの投げ縄のように――ブン回していた布切れを左方の騎士達へ振り抜いた。
異常なまでの風切り音と同時に、布切れは騎士達へと伸びた。そう、伸びたのだ。俺が手に取った時よりも遥かに長く。布切れの先端は鋭利な刃のように尖り、左方騎士らの喉を一文字に切り払った。
動揺と驚愕が聞こえる。
派手な血しぶきと共に左方騎士らが大地に崩れ落ちていく。俺は布切れを手元に引き寄せながら跳躍した。後方の路地を形成する小汚いコンクリート物件の壁を蹴り上がり、地上数メートルから路地の騎士達へと布切れを振る。鞭のように。
思い通りの軌道で宙を切り裂いた布切れが、路地に密集していた騎士たちの頭部を薙いだ。もう間違いない。
これは武器だ。
人体が変化して出来た布状の刃。俺の意図通りに伸縮する奇妙奇天烈な鎌。その事実が、説明されずとも認識出来る。
体の下から怒号が聞こえた。中空の俺を大地の騎士たちが待ち構えている。皆一様に両刃の剣を振りかざしていた。
大地に落下しながら、俺は外套を脱ぎ飛ばした。ボロッボロだがそれなりに厚いやつをだ。騎士たちの視界は外套で覆われ、案の定、振り下ろされた刃のほとんどが宙を斬る。無事に大地に転がり落ちながら黒い布鎌を振るうと、何人かの首が飛んだ。
「貴――!」
「はいストップ!! よォく見ろ、撤退ラインだ」
猛然とこちらに斬り掛かってくる残りの騎士たちに今日一番の声を張り上げる。騎士らの体がピタリと止まった。
「冷静になれよ。俺なんていつでも殺せる。ならまずは後ろの皆さんをサッサと法術士のところへ連れてくべきだ。蘇生は時間との勝負、常識だろ」
前世の知識が頭をよぎる。何かのゲームで知った。部隊損耗率30%あたりが撤退の指標だという。それがマジなのか時代遅れの指標なのかは知らないが、駆け引きとしては使える。ハズだ。と思いたい。
「……撤退」
使えた。俺の奇行をとがめたイカツい騎士(恐らく部隊のリーダーだろう)が右手を挙げると、残りの騎士たちが慌てた様子で後方に駆け出す。仲間の首を拾いに行ったらしい。
「貴公、魔術使いか。ギルドにも隠していたな」
ついさっきまで無かっただけ……と言いかけたが飲み込んだ。せいぜい不気味がってろ。そうすることで助かる命がある。無論、俺の命だ。
そうして、俺の祈りは何とか届き――騎士らは仲間の遺体を馬に乗せて去っていった。恨みまがしい視線を残して。
「……カケリ。助かった。元に」
警戒を解き、手にしていた一枚布に声を掛ける。その途中で、また理解した。
「……『クローズ』?」
パッと目の前に光が満ちた。一瞬の後、目を瞬かせている少女が眼前に現れる。対になる言葉がどうのこうの言っていたが、こういうことか。
『オープン』で一枚布に変化する。『クローズ』で元に戻る。それがカケリという少女の……魔法的なナニカだ。
「勝った? 勝ったんだ! すごーい!!」
「せやろ。……いや言ってる場合じゃねえ」
状況は何も変わっていない。すぐにまた奴らはやってくるだろう。領主からすると盛大にメンツがぶっ壊れた訳だから、多分次はもっともっとマジで来る。そして俺は槍や弓でチクチクされたら終わりだ。
「逃げねえとヤバい。早急に迅速にだ」
「なら北にしよ! 北っ北っ北っ!」
これ幸いとカケリがピョンピョン跳ねる。まぁ……いま無傷でいるのはコイツのおかげと言っても過言ではない。それは確かだ。
「……魔王がどうこうはともかく。北の方に逃げるか」
わあい、とカケリがバンザイをした。バンザイをしながら「でもどうするの?」と尋ねてきた。
「さっきの人たち、お馬さんに乗ってたけど」
つまりのんびりトコトコ歩いていようものならあっという間に追いつかれて終わりということだ。ならこちらも馬を……といきたいところだが、毎日を不自由なく暮らす領主様と違い、ここいらは失業者が溢れる半スラムである。借り馬の質はたかが知れているし、何より金が無い。
「仕方ない」
俺はため息混じりに言った。
「野良のムポピョスポタンを使う」
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