第3話_エンカウントぬのきれ
「……」
我が家が燃えている。いや、正確には燃え盛る炎で既に爆裂し、いたるところが崩れ落ちている。
おびただしい火の粉が夕暮れの空を昇っていく。まるで蝶のようだ。近場に住んでいる奴らもみんな外に出て俺ん家の崩壊ならびに燃え盛る蝶の群れを目にしている。さぞや美しかろう。
異臭が鼻をついた。油でもまかれたのか。
「ねえねえ。さっき仕事が無くなったって言ってたけど」
背後からカケリが声を掛けてくる。
「もしかして帰るお家も無くなった?」
俺は膝から崩れ落ちた。ああ我が家。古いながらも木製の家具と商売道具、あと手慰みに作っていた木像やらを置いてそこそこ充実していた安寧の地。表裏関係なく仕事を請け負いまくってここ1年くらいでようやく手に入れた帰る場所。それが今、オレンジ色の炎に包まれている……。
「オースティンギルドのハンター、ネモだな」
ふと気づくと、燃え盛る我が家の前に複数人の騎士が立っていた。みんな白銀に輝く豪奢な鎧を着込んでいて、おまけに人間の腕くらいある刃幅の剣を抜いている。
「アークベル国オースティン領領主、オルステッド・オースティン様の命により、貴公の財産権を剥奪し、その身柄を拘束する」
正面、イカツい面構えの騎士が声を張り上げた。ペラペラとよく回る口だ。しかし何がどうしてそんな大罪人みたいな扱いを受けなければならないのか、まるで分からない。
そんな俺の様子を汲み取ったからか、正面の騎士は引き続き言った。
「……貴公は本日、魔物に襲われて重傷を負ったオルステッド様ではなく、自身の性欲に従って村娘の擦り傷に対し治療を施した。これにより、貴公は反権力主義者の不敬罪人と見なされている」
「いや、逆逆」
思わず口を挟む。擦り傷だったのは領主のオッサンの方だ。村娘は腸が引きずり出されていた。だからポーションをぶっ掛けた後、担いで法術士の所に走ったのだ。流石に女が苦手とか言っていられない状況だった。
「そもそも魔物の討伐依頼が出てる辺りで呑気に狩猟遊びする領主の方がどうかしてるだろ」
「抵抗する場合、この場での処断もやむ無しとの命を受けている」
「拘束はどこ行った拘束は……」
俺は呆れ果てた。この世界は本当にろくでもない。つまるところ、邪険にされたことに思い出しムカツキした領主が、ストレス解消のための拷問でもしようと強権を発動したのだろう。かくも人権とは砂上の楼閣に過ぎず。
「カケリ。危ないから向こう行ってろ」
「そうだ、こちらに来なさい」
俺とイカツい騎士が言った。が、当のカケリはというと「オープン」と唱えてステータスウィンドウを眺め始めている。ガキは呑気さんで困る。
「……あのさぁ騎士サマ。一つ相談なんだが、孤児院にコイツ送ってくれねえ? 多分、流れ者でな」
「最近多いな。……承知した。法律に則り適切に保護する。約束しよう」
「そらどうも。……ほらカケリ、存分に公権力を頼れ。領主の匙加減で手のひらグルグルしやがるが、勝手に罪人な俺よりはマシだろ多分」
「ネモはどうするの? 捕まるの? 捕まったらどうなるの?」
「知ったことか」
言い捨てて周囲を見回す。騎士は総勢……15人も居やがった。正面に5人、俺の左右に3人ずつ、あとは今しがた歩いてきた路地に4人だ。この陣形だと逃げるのは難しい。
「えっとね、周りの騎士の人たち、みんなステータスの平均値が20を超えてるよ。ネモ、平均って分かる?」
「すべての数の合計を個数で割ったもの!」
「ネモの平均ステータスはね、10だよ!」
泣ける。「歩く病人」は伊達ではない。つまりはまぁ、キレイに武装したプロの暴力集団との正面戦闘で勝てるハズがないというわけだ。
「わたしが守ってあげる。だから呪文を決めて」
不意にカケリは俺の正面に立った。炎上の哀しみで未だ膝をついていたから、不自然なくらい小綺麗なカケリの目線が俺のそれとかち合う。
カケリは次に俺の顔を掴んだ。肌に食い込むほどに強くだ。
「対の言葉がある呪文。知ってる? 言葉には繋がりがあるんだよ」
「爪立てんな痛い痛い痛い! ってか何を――」
「それでわたしたち、繋がるの。だから呪文が必要なんだ」
わたしはネモを信じるね、とカケリは言った。
少女の後方で我が家が一際盛大に音を立てて崩れ落ちる。火の粉が一層派手に舞い上がり、周囲にハラハラと舞い散った。
「……なら『オープン』で」
周囲の騎士は訝しげにこちらのやり取りを眺めているし、何ならカケリも不思議そうな表情になった。自分から言い出したくせにである。
「そのチョイスはなに? もっと色々聞かなくていいの? 副作用もあるけど――」
「知らん知らん! お前が何をどう企もうが、やることは変わんねえ」
カケリの手を引き剥がして立ち上がった。懐から小刀を取り出す。数的不利? 平均値で惨敗?
知ったことか。2度目の人生だ。今度は死ぬまで死なないと決めている。
というより、絶対に死にたくない。
「抵抗してやるぞ公権力。病人の底力にビビれ」
そうか、と正面の騎士が言った。笑われなかっただけ有情と言えよう。……それはそれとして、カケリに身振りをする。「早よ向こう行け」と。
カケリは微笑んだ。薄い半月のような笑みだった。
直後、その身体が輝いた。小刀を持つ俺の手を強引に握ってくる。そして次の呼吸を始めた時には――。
「……消えた?」
騎士が現実を疑うように言った。その言葉はマジだった。いまそこに立っていたハズのカケリの姿がない。だがそれ以上に不可思議なことがある。
俺の手に握られているもの。先ほど、カケリが握っていた俺の手。小刀の上に覆い被さるようにあったもの。
それは。
「……なんだこりゃ」
いちまいのぬのきれだった。




