第31話_アシッド豪雨
『生命力』というステータスがある。定義はよく分からない。『オープン』の呪文で表示されるデータの一つだが、何を基に値が決まっているのかは誰も知らないのだ。
ただ、「恐らくこういうことだろう」という広義の解釈はある。『生命力』の場合は体力とか根性とか……何かそういう「どれだけ頑張れるか」みたいなものだ。大人だと平均値は大体10。俺の場合は4だそうだ。
つまり何が言いたいかと言うと、俺は疲れ始めていた。
「あのさ」
隣からシェンが言いづらそうに俺を覗き込んでくる。現在地、再び市街中央部近く。《光爆》のルルは既に別の警吏――『王の目』たちに引き渡し済みだ。その後、人混みを避け、時には適当な建物の上をパルクールよろしく駆け、またある時は薄汚い路地をゴミを避けつつ進んできた。そのせいでもう汗塗れだ。
「早く向かいたいんだけど。もしかしておぶった方がいい?」
俺は中指を立てた。そもそも行動戦略がなっちゃいない。悠長にヒトを集めて飯を食らわせたと思えば中座して街外れに走り、用事を済ませたらまた戻ってくる――無駄が多すぎる。
そんなことを路地裏にて息を整えながら追及すると、シェンは狼耳をペタンと折って「だってさぁ」と反論した。
「仕方ないじゃん。《光爆》が街に着いたのは僕らが飯を食い始めるちょっと前くらいだったし、次のヤツに至ってはまだ所在も分かってない。夕方頃に街に入った、って情報は仕入れたけど」
「は? どこに居るかも分かってないのに走らせたのかよ」
「どこに来るかは大体予想がつくんだなこれが」
話によると、ここ数日間、王宮の警備には意図的に穴を空けているらしい。暗殺者なら必ずそこを突いてくるハズだ。だからこれからすべきは穴の近辺で見張ること。
「次の相手は《光爆》ほど派手なことが出来るヤツじゃないハズだ。だから王宮への潜入が第一目標のハズ。だからそこを捉えられれば今晩のお仕事は終わりのハズ」
「ハズハズうるせえよ。これからハズマンって呼んでやろうか? それとも希望的観測マンの方がいいか?」
「どっちもイヤハズ!」
「っていうか」
もしかして、と思った。
「知り合いか? その『次の相手』って」
シェンがクソデカ溜め息を吐き出す。ヤツは傍の壁にもたれ掛かった。
「王ってさ。美男だろ?」
結論から言え、と言いたくなったところを堪える。少しでも長く休憩できるなら儲けものだ。
「そもそも、王はさる高貴な血筋の方なんだ。滅亡寸前だけどね。ま、色々あってこの土地に来て……血を絶やさないために子作りもパンパカ頑張ったワケ。あの通りの御顔と才覚だから、女には困らなかった。
結果、今のところ妻は居ないけど愛人はワンサカいる。子供ができたらその母親が名実ともにクイーンだろうね」
俺はビックリした。クソほどどうでもいい。
「クソほどどうでもいい」
「雇い主の話は愛想良く聞きなよ。……要するに、その愛人の一人が暗殺者に転身したって話さ」
「いっそ殺された方がいいんじゃねえの? そもそも」
「そう、明日には僕らが王を暗殺する。そのためにまず、後のことを何ッッッにも考えてないヘタクソな暗殺を止める」
バシン、とシェンは自らの両脚を叩いた。気合をいれるかのように。
俺は汗を拭いた。
「自分のはヘタクソじゃ無いって?」
「ご明察。君がいれば必ず何とかなる」
この思考回路も分からない。何故そうなる?
が、続けて尋ねようとしたところを「ホラ行くよ」と急かされた。シェンが路地から出て、夜も賑わう飲み屋通りへ足を踏み出す。が、そこでヤツの動きはピタリと止まった。
イヤな予感がする。俺もヤツの後を追った。他よりも一際背の高い、タマネギ頭の建物が見える。王宮だ。雨が降っている。豪雨だ。
王宮の辺り『だけ』雨が降っている。
「イケメンはすげえな。スコールにも求愛されてら」
「そんなことある?」
多分無い。その豪雨は明らかに王宮区画を狙いすまして降り注いでいる。おまけに霧のような白煙も上がっている。騒がしいと思っていた飲み屋通りの人々も、どうやらその王宮の異変でざわめいているようだ。
「あっ、ネモ! ちょーど良いところに!」
不意に知った声がやってきた。ミレナだ。赤ら顔である。棒立ちになって王宮を眺めている人々の隙間を縫ってヤツはやってきた。
「こっちに来て手伝ってください! いま大変なんです!」
「どうしうわっおまえ酒臭ッ!」
「臭くないです! あとそっちのヒト! とにかく片っ端から法術士の方を集めてきてください!」
「別の『王の目』に向かわせるよ。僕らは僕らで忙し――」
「悠長なこと言って! お仲間が死んじゃいますよ!」
どういうことだ、と尋ねた。するとミレナは大げさに両手を振り回した。
「雨ですよ、雨! 見えるでしょう、アレです!」
「ザザ降りだな。で?」
「分かんないです!? あれ酸の雨ですよ! 鼻生きてます!?」
「酸?」
「まさか」
シェンの顔から血の気が引いた――ような気もするが、実際のところは顔覆いのせいで分からない。もっというとこの距離ではヒューマンの鼻で酸の匂いなど分かるはずもない。
が、とにかくえらいことが王宮で起きているようだった。
「兵士のヒトとか『王の目』のヒトとかお城勤めのヒトとかが溶けたり爛れたり大変なんです! いま街のヒト総出で怪我人の治療してます! もちろん私も手伝ってます! 法術士ですからね!」
「ノクトはどうした?」
「ノクトさまはご就寝です。私の方が強いんですよね、お酒」
ほほほとミレナは笑った。なにわろとんねんと思ったが口にはしないでおく。
「ともかく! 雑魚筋力雑魚のあなたでも雑用とかで役に立ってください! 行きますよホラ!」
「痛ッ力強ッ! 待て待てそれより! まさか王宮の中が空っぽになってるわけじゃねえよな?」
「建物の中のヒトたちとは連絡取れませんよアホですか? 怪我したのは外にいて雨にうたれたヒトです! 言われなくちゃ分からないです??」
ハッ倒してやったほうが世の中のためになるんじゃないかコイツは。
「つまり王宮外側に配備してた人員がはけて、内側は孤立してるわけだね」
こりゃマズい、とシェンが呟く。「ホントにマズい」と。
「何とか王宮内に入らないと」
「そこらの民家とか店から徴収するか、傘」
「あんまり雨降らないからなぁ、ここ。都合よく傘持ってるかなぁ」
「傘なんてあってもその内に雨が貫通して頭皮ズルズルになると思いますよ」
「ならしょうがねえな」
「はい! 雑用頑張ってください!」
「いいや、もっと大事なことをする。つまり問題の根本解決だ」
「全然答えになってないです!」
「頑張るのはお前の方ってことだよ、優秀な法術士様」
そう言ってポンと肩を叩くと、ミレナは露骨にイヤな顔をした。




