第30話_ダンスウィズ光爆
さて、依頼を受けることにした俺が卓上の御馳走を堪能できたかというと、当然ながらそうはいかなかった。
「まずは王の暗殺阻止から行こう。今から行こうさぁ早く!」
シェンはそう言って俺を急かした。結果、ミレナとノクトは豪勢な夕食を、俺とシェンは夜の街を走ることになった。意味が分からない。
「実は王を狙ってるヤツらが合計3組いてね。内2組は魔術の仕様を聞き逃してるアホなんだ」
「つまり?」
「暗殺と言えば夜だろ? この街が『飛翔』を始める明日の朝までに仕掛けてくる奴らがいる。まずはそれを叩きのめす」
シェンは結局、夕食の席では依頼の重要な部分を口にしなかった。つまり暗殺阻止の後の『王の暗殺』だ。かなりリスクのある話だから仕方が無いとは言え、こちとら殺し屋でも何でもないし何より意味が分からないのだから説明はキッチリして欲しい。
陽が落ち、そこら中に篝火が置かれた街――の裏路地を走りながら、そういうクレームをシェンに伝えた。どこの街でもそうだが大通りから一つ筋を変えるだけで小汚くゴミくさい細い通りが網目のように走っている。この辺りは我がドブ故郷・アークベルと変わらない。
「殺し屋じゃないの? そんなステータスなのに?」
俺は抗議した。仕事にも色々な性質があり、殺し屋だとか盗賊だとかの黒めな仕事は基本的に受けないと、なんかそんなことを言った。本当のところを言えば「適当に殺されそうな仕事はやりたくない」だが、弱腰はこの弱肉強食世界において不利しか招かない。
「そうかぁ。天職だと思うんだけどな」
「ロクでもねえ転職勧めんな。どういう判断だよ」
「あっ、いたいた。お~い」
ようやく目的地に到着したらしく、シェンが速度を緩めた。閑散とした市街地の一角で、空き家が目立つ薄暗い場所だ。路地から通りを挟んで真正面に、古汚い漆喰の家が見える。
シェンが声をかけたのは、まさにその家を路地からじっと見つめているサーミアンだった。タヌキっぽい丸い耳とモサッとした尾がついている。
「ターゲットはどう?」
「動きはないです。そちらは?」
「本職のヒト」
「ハンターだ。ギルド未所属だから自称だけどな」
どうやらこのタヌキサーミアンも『王の目』の一人らしい。顔覆いはつけていないが、滅茶苦茶に目立つので外しているのだろう。
「窓は入り口側にしかないので、全員あそこにいるはずです」
「全員? よりによって複数犯かよ」
「いや暗殺者は一人だ。終わった後の算段でもつけてるんだろ。クソゴブリン同好会め……」
シェンが舌打ちをした。どうやら相手はゴブリンらしい。
「で、どうする? 突入か? 見てていいか?」
「サボりは許されないぞう」
「情報通りなら懐に入ってしまった方が良いと思います。自分、接近してみましょうか」
情報通り。つまり、それなりに名の知れたのが相手ということか。
「ここの暗殺者はどんなヤツだ?」
「《光爆》のルル……っていうカッコいい二つ名がついてる魔術士だ。隣の国から呼ばれて、同胞のために遥々やってきたらしい」
果たしてその二つ名はカッコいいのだろうか――そんなことを考えていたせいで俺の思考は遅れた。思いついた時にはタヌキサーミアンは小走りに観察対象の根城へと走り出していて、俺が「待て」と言ったのとちょうど同じくらいに爆発音が轟いた。
軽い衝撃と陣風がやってくる。ボトン、と隣に何かが落ちた。見ると足だった。駆けて行ったサーミアンの右足。
悲鳴がした。足、足、とタヌキサーミアンが前方で喘いでいる。とりあえず命はあったようで俺はホッとした。
「おい! 大丈――!?」
「動くな。多分地雷だ。下手に歩き回るとお前も足吹っ飛ぶかもだぞ」
ひとまず黒マフラー(カケリ)をぬっと伸ばし、タヌキサーミアンをこちらに引き寄せる。その辺りで前方の暗殺者の根城――と言っても汚めの1階建て家屋だが――のドアが勢い良く開き、中からワラワラとゴブリンがあふれ出してきた。
「『王の目』! やっぱり張られてたか!」
「バレたか」
タヌキサーミアンの応急処置をしながらシェンが呟いた。ゴブリンの一人が声を張り上げ――いや、喚いている。
「だから言ったじゃん! 酒盛りはホドホドにって!」
「みんな久々の再会だぞ! 飲まないのはナイだろうよ!」
「それでどうするルル!?」
「ここからどうするルル!?」
「だあーっもう!!」
「なんか大変そうだぞ」
どうやら《光爆》のルルとやらは女性らしい。先ほどから周囲のゴブリン達にアレコレ言われ、徐々に俺たちの正面へと追いやられている。ベレー帽のような帽子を被り、他の奴よりも背が高く、若干タレ目だ。しかし、きっちりと『オープン』の呪文でステータスを確認している。抜け目がない。
「あー……《光爆》のルルならびにその同胞のゴブリン諸君に告げる。君らの計画は大体まるっとお見通しだ」
シェンはまだ止血処理中なので、何となく俺は適当な勧告をした。無論、何も知らない。マジで何も知らない。
「サッサと投降しろ。こっちはまだまともに飯食ってねえんだ」
「投降? 出来るかぁ! こうなりゃ今から全員で王宮になだれこんで爆殺してやるから! 追い詰められたゴブリンを舐めないでよ!」
「追い詰められてるのか?」
ざっと見て相手は30人以上いる。対するこっちは俺とシェン、プラス手負いのタヌキサーミアンだ。どう見ても向こうの方が有利だと思っての発言だったが、相手は違う意味で受け取ったらしい。
「追い詰められてんの! 明日で街ごと移動とか無茶苦茶だよ! 北なんて寒いし! あたしらは寒さに弱い種族なの!」
「おいおい、『飛翔』は5年以上も前から触れ回ってたことだぞう?」
シェンが口を挟んだ。手当ては終わったらしい。
「今更そりゃあないよ。『飛翔』がヤだってヒトのために、王は代わりの街を数キロ隣に用意してくださってる。この街が飛んでっても、そこが次の交通の要所になって暮らせるハズだ」
「あんな狭い街で暮らせるか! 今さら!」
「横暴だ! 住民のことを何も考えてねえ!」
「……そういうこと! だから街を乗っ取って移動計画はナシにする! それしかもう方法は無いの!」
どうも《光爆》殿は同胞のノリに押し切られて手を貸している雰囲気がする。俺は少々呆れて言った。
「そういや、ゴブリンってのは仲間意識が特に強いんだっけか。ヒトリはミンナのために、ミンナはヒトリのために」
「ありゃあ共依存で流されやすいってだけだよ」
「宣告します! 吹き飛ばされたくないならどっか行って!」
「あいつらを人質にして王のところまで行くってのはどうだ!?」
「名案!」
「天才!」
「……そうするわ! 大人しく人質になりなさい!」
「ノリでどんどん決まってくな」
「ところで、さっき言ってた『地雷』ってのは何なわけ?」
「爆発するワナのことだ」
呑気ぶっこいて話していると、強烈な閃光と共に爆音がこだました。見ると俺たちの後方にあった家屋が半分吹き飛んでいる。
「……もっとシリアスになったら?」
《光爆》殿が言った。両拳を組んで人差し指をこちらに向けている。ちょうどガキが手拳銃で撃ち合う時にするような、そんな仕草だ。
アレが文字通りトリガーなのだろう。光爆――爆発を撃ち出す魔術の。
「もしかしてマズい?」
随分と分かりきったことを言いやがる。両手を伸ばしても届かない遥か先からやってくる爆発の魔術、急ぎ近づこうにも敵の周囲には地雷、おまけにこっちには動けない怪我人。割と詰んでいる。
「抵抗はやめて大人しくして。血を見るの、好きじゃないの」
「分かった、降参する」
「ちょっ、おいおい! おいおいおい!」
「降参するから心の整理をさせてくれ。5分。いや3分!」
「いいでしょう!」
というわけでアッサリ作戦会議が出来た。シェンをなだめ、幾つか質問をして、それから一つ息を吐く。
「じゃあやるか」
口にした瞬間、《光爆》の目つきが変わった。こちらの意思を読み取ったらしい。
だから、火蓋はアッサリと切られた。
《光爆》は両の人差し指を俺たちに向けた。空気が渦巻くのが分かって、俺は左へ、シェンは怪我人を抱えて右へ跳ぶ。閃光と爆発が轟き、黒マフラーことカケリが陣風でたなびいた。
「翔べ」
呪文と思しきシェンの声が聞こえた。途端、前方のゴブリン達の体がフワリと浮き上がった。
それはちょうど、古い映像で観たことのあるデパートの開店日みたいだった。色とりどりのバルーンが一斉に空に放たれ、青空に広がっていく。記憶と違うのは浮き上がっているのはバルーンではなくゴブリンで、色とりどりどころか緑色がやたら多く、歓声はなく「何だぁこりゃあ!」とか「げっ気持ち悪!」とかいう悲鳴じみたものが代わりに響き渡ったことくらいだ。違いが大体汚い。
「なに――」
《光爆》のルルが動揺で視線を周囲に走らせる。その隙に黒マフラーを飛ばした。浮き上がったゴブリンの一人へ向けて。
跳躍する。黒マフラーがバルーンゴブリンに絡みつく。マフラーを縮ませ、俺は俺自身をゴブリンの元へ運ぶ。一拍遅れて閃光と爆風。背中が焼けるが、的中ではない。
夕方の追いはぎ共同様、《光爆》も大空に放逐出来ればベストだったのだが、シェンが言うには「平たく言うと街の住民以外は飛ばせない」とのことだった。だから《光爆》だけは直接なんとかするしか無い。
「人質のつもり!?」
バルーンゴブリンの一人の頭を踏み台にした辺りで《光爆》の嘲笑うような声が響いた。奴まで数メートル。こちらはヤツから見て前方、地上数メートル。おまけに足元には同胞がいる。
いたというのに、相手は躊躇しなかった。組み合わせた両拳と銃口を模すような人差し指を俺に向けた。
「うぉいルル待っ――!」
「ごめんっ!」
足元のバルーンゴブリンが喚いたと同時に閃光が輝く。俺はまた跳んだ。別のバルーンゴブリンに向けて。腕が焼けるような痛み。吹き荒ぶ爆風。
黒マフラーを伸ばす。転生前に映画を観に行ったことを思い出した。糸を出して、手繰り寄せて、自分を引き寄せて街中を跳ぶスーパーヒーローの映画だ。やっていることは近いが本質は真逆である。
「今度こそ――!」
「ミンナはヒトリのために、ってか」
「やめてルルちゃんやめ――!」
今度の爆発は的確だった。俺が次のバルーンゴブリンに着地したのとドンピシャで、足下のヤツは爆発の魔術を放った。鼓膜が破れそうな爆音。まともに食らえば五体満足ではいられまい。
まともに食らえば、だが。
「――あれ?」
足下、爆風を受けたゴブリンくんがアホみたいな声を上げた。俺は目を細めた。もうもうと吹き上がる土煙の向こうに立つ人影、その両腕に黒マフラーを巻きつける。
「なん――!」
跳んだ。マフラーを巻きつけた両腕に向けて体重をかけた蹴りを放った。悲鳴がして、土煙が晴れて、俺は《光爆》のルルのすぐ前に立っていた。
ヤツは折れた両腕に未だマフラーを巻きつけられたまま、両膝をつき、歯を食いしばって痛みに堪えていた。
「なん……で、ピンピンしてんの?」
「安心しろ、お仲間もみんな無事だ」
シェンは食事処で言っていた。飛翔の対象はあらゆる衝撃や攻撃から守られる、と。
だから盾にした。浮き始めたバルーンゴブリンくんたちは俺にとって完全無欠の盾だったのだ。
「腕も折れた。爆発魔術も売り切れだろ。大人しくそこらの地雷も解除して投降――」
「取り置きがあるんだよね」
なに、と声を出そうとするより前に、《光爆》は大きく口を開いた。開いて俺に向けた。口の端は裂けて血が噴き出している。だがそれより何より、魔術士ゴブリンの喉の奥から閃光が迸るのが見えて、俺は思わず呟いていた。
「いや、店じまいだ」
ゴン、と冗談みたいな音が響く。《光爆》の後頭部をシェンが殴りつけたのだ。ルルは動かなくなった。
戦闘終了。
「危なかったくない?」
「そらそうだろ」
シェンにはタヌキサーミアンを避難させた後、周囲の建物の上を跳び移りながら挟み撃ちを依頼していた。奇襲は成功し、《光爆》は捕縛。他のゴブリンどもは――。
「明日の夕方、街の『飛翔』が始まる頃には降りてくるよ。彼らもこの街には必要な存在だからね」
「よく言うぜ。出てっても良いとか言ってたくせに」
いつまでも地雷原にいるのは流石に生きた心持ちがしないので、何はなくとも移動だ。《光爆》はシェンが担ぎ上げ、なおも空へ向かうゴブリンの一人に俺が黒マフラーを巻き付ける。そうして纏めてゴブリンどもの根城から跳び、元の路地裏へ。そこで一息つきながらシェンは言った。
「ま、実際のところ、簡単に出て行ける仕組みじゃないからね。『出て行きたいと思わない』――『飛翔』の術は、対象者の考えをそういう風に誘導するのさ」
俺はヘンな顔をしたと思う。
魔術には明るくない。だからシェンのセリフが比喩なのかマジなのか分からない。おまけに矛盾している。
「代わりの街を用意した、ってさっき言ってたよな」
「そだよ。でも能力の高いヤツは街に留まるように仕向けてる。
言っておくけど他人事じゃないぞう。キミのお仲間も同じだ。見初められた以上、この街からは離れられなくなってる」
「それじゃ洗脳じゃねえかよ」
だから、とシェンは言った。
「王は殺さなきゃならないのさ」
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