第29話_パーティ離散
シェン。そう名乗った狼タイプのサーミアンは、少なく見積もってもそれなりに仕事の出来るヤツのようだった。
奴はまず、俺を街の中央部にあるデカい食事処に連れて行った。1階と2階に分かれていて、1階は大衆食堂のそれに近く、2階は個室が複数個設えられている。当然のようにシェンは俺を2階に案内した。
そしてしばらく待っていると酒やら果物やら香草に載った何かの魔物の焼肉やらが目の前のテーブルにずらずらと並べられた。ついでに俺を一人ぼっちにしやがったカルディン、ミレナ、ノクトも案内されてやってきた。最後にイゾルデまでやってきた。
「王宮から解放されるなり『王の目』のヒトがここに来てくれって言ってきたんです」
「炉を借りてたら店にサーミアンが来た」
以上がミレナおよびイゾルデの供述である。つまり、俺を含む5名(正確にはプラス1名)が揃って王宮に入っていったところから、シェンは俺たちを見ていたらしかった。
「さて、全員揃ったところで早速乾杯」
「すると思うか? 『怪しい』に身体を与えたような奴に酒と飯を出されて? 食うと思うか?」
傍のミレナが肉の塊に手を伸ばしかけているところを叩いてやりつつ俺は言った。王宮でさぞや良いモン食ったはずのくせにこの上なおも食欲があるとは見上げたヤツだ。
「関係者一同を集めてくれたのは助かったがな。それでこっちがお前の言う事をへいへい鵜呑みにすると思うなよ」
「やっぱり猜疑心の塊かな? いいもんね! 僕は食べるし飲むから」
フン、と鼻息を一つ鳴らしてシェンが果実酒をあおる。ノクトが言った。
「この街の酒は美味いぞ」
「有意義な情報をどうも。ってかお前らアレからずっと王宮か?」
何を話すことがあるんだ、と思うが、そこからのノクトの話を要約すると、経済活動から街の地理、移住した場合の住処や仕事の斡旋までかなり細かい話を延々と代わる代わる聞かされたそうだ。コース料理を通しで味わうことが出来て、ミレナ嬢もノクトさまも大変ご満悦とのことである。
「この街の酒は美味いぞ」
「酒樽と結婚してろ」
「ノクトさまは誰とも結婚しません! それよりこの街って飛ぶんですよ知ってました!?」
「ついにおかしくなったか」
出会った頃からおかしかった気がしないでもないが、と続けると、ミレナは憤懣やる方ないといった調子で俺を弾劾した。どうやら焼肉を掴もうとして叩かれたのが気に食わなかったらしい。
「翔ぶよ」
シェンがポツリと言った。
「飛ぶらしいぜ。マジに」
イゾルデもこれに続いた。続いてノクトもカルディンもだ。
「そういう魔術があるらしい。街ごと飛んで別の地に移動する、だそうだ」
「ええぇ……『だそうだ』で済ませる規模の話じゃねぇだろ……」
「だけど事実だ。僕らはこれを『飛翔』の魔術と呼んでる。そして明日の夕刻、ヴァルズールは40年ぶりに『飛翔』する」
俺の戸惑いなどどこ吹く風と言った調子でシェンは言い放つ。魔術についてはあまり詳しくないので、俺は押し黙ることにした。
「僕がネモに依頼したい仕事はこの『飛翔』に関係しててさ。このタイミングで王の暗殺を企ててるヤツらがいる。まずはそれを防ぎたい。で、同行者の君らが許可してくれるなら、それを持ってリーダー? のネモに改めて申し込みたいんだけど、どう?」
「若造をリーダー扱いしたことなど無いが」
「ノクトさまに同じです。私たちはアマリスさまのお願いでこのヒトに協力してあげてるだけですよ」
「んん? 君らどういう連れ合いなの? ラヴィ・ワゴーヌか何か?」
ラヴィ・ワゴーヌとは『乗り合い馬車』とか『寄せ集め』とか『悪党の煮凝り』とかを指す俗語だ。あまり良いイメージの言葉ではない。……それはともかく。
「ちょうどいい。どこかで区切らねえと、って思ってた。
なぁおいレディース&ジェントルメン。サンドワームの代金を分配したらこの集まりは解消にしようぜ」
元々の話、イゾルデは勘違いで追ってきただけだし、カルディンは上司に俺の介護を任されただけだ。おまけにその上司に追放されているので、俺に付き合う必要など顕微鏡で探しても見つからない。
「ノクト、ミレナ、お前らもだ。アマリスがどうこう言うが、この分じゃアマリスとの合流前に俺は消える。何せカケリの目的地がここからどれだけ遠いかも分からねえんだからな。だからさっさと主のもとに帰って野盗に戻れ」
「野盗じゃないです!」
「船長から言伝だ。『明日の早朝に船へ戻って来い』と。サンドワームの代金の話だろう」
そこで、カルディンはスッと立ち上がった。食事には一切手を付けていないし、何ならどこか冷めた目で俺を見ている。
「この街の王に誘われたよ。彼のボディガードにならないか、とな。……自分はそれに乗るつもりだ」
俺は目を丸くした。もう再就職先を見つけたというのか。世界よ、これがステータス社会だ。
「……だが、ここまで来たよしみだ。このまま貴公が自分を雇うというなら――」
「金ねンだわ」
カルディンは溜め息をついた。
「……貴公が王の暗殺阻止に動くなら、自分ともまた会うことになるだろう。……では、自分はこれで失礼する」
こうしてカルディンとは離別することになった。最後にここまで付き合ってくれた礼など言っておいたが、よくよく考えると俺の家を燃やしたのはアイツだ。何とも感情の置きどころがなくて困る。
「あたしは!」
カルディンを見送った辺りで、次はイゾルデが声を出した。だがまぁ、コイツの今後は既にダンジョンで聞いている。
「ユキマを追う……けど!」
「まずはアークベル辺りまで戻らねえと話になんねえよな。ま、お前なら何とでもなるだろ」
応援してるぜ、と言うと、イゾルデは何だか奇妙な顔つきになった。苦虫を噛み潰したような……何か喉の奥につっかえているような……モゾモゾした感じだ。
「……旅に鍛冶師が必要だってんなら考えてやらなくも」
「金ねンだわ」
突然、イゾルデは眼前の肉や果実や酒を片っ端から口に入れ始めた。呆気に取られているとヤツはリスのように頬袋に獲物を詰め込みまくり、咀嚼しながら「じゃあな!!!」とクソデカい声を上げて店を出て行った。
「健啖家だなアイツ」
「食べたねぇ!」
アッハッハとシェンが笑った。
「食べたからには依頼を受けてもらうからそのつもりで!」
「居ないヤツに言ってどうすんだ」
「いや君に言ってる。リーダーなら仲間の支払いくらい何とかしなきゃだろ」
「リーダーじゃねえ」
「私とノクトさまはアマリスさまが来るまで一緒にいますよ」
そう言うとミレナは串に貫かれた焼肉にかぶりついた。俺は愕然とした。コイツは目の前の飯を食うには責任を俺に押し付ければいいことに気付いたのだ。何と浅ましいことか!
「おかわりしても?」
「ああ、何杯でもいいよ」
「ノクトさま!」
「お嬢……今日は飲みましょうぞ」
果実酒をあおるヴァンパイアを見て俺は色々なものを諦めた。もう何でもいいや。いざとなったらコイツら置いて逃げちまえ。
「ま、そんなに悪い話じゃない。何より君、北に行きたいんだろ?」
もちろん、こんな怪しいやつに素性や目的地など話していない。訝しげな目を向けると「君が色んなヒトから情報収集してたのを更に情報収集したんだよ」と何ともなしに返された。
「アークベルは通り過ぎちゃうけどさ、明日にこの街が飛んでいくのはその更に北の方だ。だから君がこの街に滞在し続けられたら、目的は概ね達成と言ってもいい気がしない?」
「更に北」
口に出して、ちょっと――いやかなり安堵しかけて、それからイヤな予想を頭の中でブン回した。こういう良い話には大体裏がある。俺の場合、追加で「お前にだけはメリットは無い」と言われがちだ。
「滞在『し続けられたら』って何だ?」
「耳聡いねぇ。そう、それが第一の問題。君、王に『要らん』って言われただろ?」
言われた。確かに言われた。
「言われてましたよ! その後に放り出されてました!」
「解説すんな」
「つまり、君は対象から外されてるんだよね。この街の、じゃない。明日の『飛翔』――魔術の対象からだ」
「ちゃんと解説しろ」
「魔術の対象は飛翔中のあらゆる攻撃や衝撃を受け付けない。しかし君は対象外だから守られない。で、飛翔の終点じゃ大地に着地するわけ。その時に発生する莫大なエネルギーで君は死ぬ」
突然の死刑宣告に俺はテーブルの上に突っ伏した。何が何だか分からんが俺だけ死ぬそうだ。何となく分かる。多分マジ話だと。
「何だ若造、そんなウロンな話で心を乱されるとは。まだまだ訓練も経験も足りんな。ついでに言うとステータスも足りん」
「うるせえし酒くせえぞ」
「まあまあ。でも良かったじゃん? 僕なら君も『飛翔』の魔術の対象に加えられる。これが僕の依頼を受けてくれた場合の第一の報酬」
ガバリと起き上がってシェンを見た。酔っているのかいないのか、デカい一つ目が描かれた顔覆いのせいで顔色は見えない。
「その報酬が与太話じゃねえ証拠は?」
「引き受けてくれるなら見せるよ。その前にもう一つ。……君のそのマフラー、伸びてたよな?」
シェンはグラスを置いて俺を正面に捉えた。確かに追いはぎ達とのいざこざの時、俺はマフラー――つまり姿を変えたままのカケリの力を借りた。
「正体って知ってる?」
「なんだと?」
「やっぱ知らないよね。それを教えよう」
シェンの表情はやはり顔覆いのせいで見えない。しかし、頭の上の狼耳がピンと立っている。店内の喧騒は未だやかましく響いているが、シェンの言葉は明瞭だった。
「彼女らの正体。目的。それを伝えることを第二の報酬とする。……僕の依頼、受けてくれるだろ?」
コイツは熟知している。情報は何にも勝る資源であることを。
俺はテーブルの上の林檎じみた果実に手を伸ばし、かじりついた。酸っぱかった。




