第28話_フライング追いはぎ
歌声が聞こえた。低音で、ノビのある澄んだ歌声だ。
見ると、陽が傾き行き交うヒトの数もまばらになり始めた通りの片隅で、『王の目』がギターを鳴らしている。窓も扉もぴったり閉まった家の前で、ドアにもたれかかるように座る形で歌っている。
その『王の目』は狼タイプのサーミアン――ヒトの体に獣の耳と尾を持つ種族――のようだった。デカデカと一つ目の描かれた顔覆いのせいで顔は分からないが、歌声のせいで何となく美男な気がする。いや、間違いない美男だ。肩より長い海色の髪に白銀の尾はどこか高貴さすら漂っている。
実に腹立たしい。そして実に良いご身分である、と言わざるを得ない。
片や仕事をサボって街の片隅で吟遊詩人の真似事。片や陽が傾こうが水しか飲んでなくて腹が減ってようがギルドに向かわねばならないその日暮らし。明暗クッキリハッキリにも程がある。
とはいえ、世を呪っても仕方がない。俺は歌っている『王の目』から目を離し、引き続き路地を抜けていった。ドンドン人通りは少なくなり、道も細くなっていく。が、方向的には正解のハズだ。それにしてもあの歌声が全く遠ざからない。呑気にサボりたくもなる凄まじい声量と喉を兼ね備えているということだろう……いや、違う。そういうことではなかったようだ。俺はそれに気づいてしまった。何故なら――歌う『王の目』はいま、俺の数メートル後方を歩いている!
いやいや。
「物乞いなら失せろ。金は無え」
俺はイライラしながら振り返った。ついてきていた『王の目』サーミアンはピタリと立ち止まる。立ち止まってまだ歌っている。どうやら愛だの恋だの情熱だのの歌だ。弦をつま弾く細長い指には上等そうな指輪までしている。一つ一つが的確に神経を逆なでしてくれて称賛したくなる。
「それとも何だ? 強盗の類か?」
「残念だけどそうみたいだな」
ようやく『王の目』野郎は歌をやめた。ギターを大地に置き、人差し指で俺を――いや、俺の後方を指し示す。
また振り返る。
ゴブリンとヒューマン、それとネコ系サーミアンの3人の男が、路地の奥からこちらに歩いて来ていた。みんな片手にサーベルだの片手剣だのを持って、何やらイヤラシげな笑みを浮かべている。
「お兄ちゃん。良いもん持ってるそうじゃん?」
ゴブリンが薄ら笑いのまま言った。なお、ゴブリンというのは魔族の一種だ。俺たちヒューマンよりも平均身長が少し低く、肌は緑で、頭には角が生えている。オーガをコンパクトにして色変えしたような種族……というと怒られるか。
「へへへ……お取引させてくれよ……俺たちは暴力で支払うから……」
「代わりに戴きたいねぇ。サンドワームの牙で造った小刀!」
「『王の目』ってのは警吏も兼ねてるって聞いたが?」
そう後方へ言うと、吟遊詩人サーミアンは「邪推はやめてくれ」と反論した。
「僕は彼ら追いはぎとは何の関わりもない。たまたま君の後ろに陣取ったからと言って、追いはぎの一味と勘違いされるなんてたまったもんじゃない」
「へへへ……じゃあ助けてくれよ……」
これは俺のセリフではない。正面のヒューマン追いはぎのものだ。ヤツは何やら小さな革袋を『王の目』サーミアンの足元に投げた。
『王の目』野郎が拾い上げると、革袋はチャリチャリと音を立てた。どうやら袖の下的なものらしい。「小遣いやるから見逃してね」みたいな感じだ。
「なぁお兄ちゃん。何なら『オープン』で俺たちのステータスを見てくれてもいいぜ。大人しく渡してくれた方が俺たちも楽だ」
「ついでに一発だけねぇ。一発だけ殴らせてく」
俺は首に巻いたままの黒い裂布を全速力で放った。正確に言えばサンドワーム牙製小刀を巻きつけた裂布を、だ。切っ先は追いはぎヒューマンの首を斬りつけ、冗談のように血飛沫が舞う。直ぐにカケリを手元に引き寄せつつ、追いはぎゴブリンの足首に絡めつかせた。
あっ、とゴブリン野郎が叫んだのと、引き寄せたヤツの喉元に俺が小刀を突き立てたのは同時だった。
「やるなぁ!」
後ろの目サーミアンがパチパチと手を叩いている。無視しよう。
「選べよ。死体を持ち帰るか、自分も死体になるか」
威勢のいいことを言ってみるが、実際のところ「持って帰れ! 持って帰れ!」と念じている。俺がクソザコなのはステータス的に明らかで、こういう意表を突くようなことをしないと武器どころか内臓まで持っていかれかねない。
残った追いはぎサーミアンはぶるぶると震えた。仲間を一度に失った悲しみで……などではもちろんない。
「よくも調子ブッコいたなヒューマンが!! おい野郎ども!!」
向こうが中指を立てて怒鳴った途端、周囲から「応!」という野太い声が一斉に上がった。間を置かず、やれ傍の空き家の中から屋根の上から路地から道端の穴の下からとわらわら男たちが溢れ出てくる。ざっと見ただけでゴブリンサーミアンヒューマンドワーフがいて、総勢50名近く。殺気立った様子で俺を取り囲む。
「えええ……?」
思わず動揺の声が漏れた。全員追いはぎ仲間のようだ。後ろを見ると『王の目』野郎もついでに取り囲まれている。どこか呆れた様子に見えるが、実際のところ顔覆いで表情も素顔も分からない。
「この人数じゃ俺一人襲ったところでどうせ赤字だろ……会社でも興して地道に働けよ」
「働いてなんかいられるか!」
「働きたくねえ!」
「絶対に働かねえ!」
この街はダメだ、と俺は思った。どいつもこいつも性根が腐っている。そして俺もダメかも知れない。数の暴力は何よりも強い。
追いはぎ共は血眼でにじり寄ってくる。こりゃサンドワームの牙とも早速お別れか、と思った時だった。
「足りないなぁ」
追いはぎ共がピタリと足を止めた。俺の後方にいた『王の目』が革袋を片手に掲げている。さっき袖の下として投げられていたものだ。
「これっぽっちじゃこの組織的大規模犯罪を見逃せない。フェアな取引じゃあないね」
「それじゃ赤字になるだろうが!!」
「既に赤字だろ」
「出すの? 出さないの?」
「こいつもフクロにしてやれ!」
「砂にしてやれ!!」
「表現揺れてんぞ」
俺のツッコミも虚しく周囲からは咆哮が響いた。咆哮と言うと獣っぽいがこいつらはケダモノの一種であり、そこそこ妥当な表現と言えよう。それはともかく、『王の目』は「やれやれ」とため息をついた。
「交渉決裂か。けど残念、相手が悪い」
うぉん、と何かが唸るような音が聞こえた気がした。もしかしたら気のせいかも知れないが、しかし『王の目』サーミアンが人差し指で天を指した時、そんな音が耳に届いたように感じたのだ。
「翔べ」
言葉が投げられたのと同時だった。周囲の追いはぎ共は一斉にジャンプした。……いや、違う。宙に浮いた。
「なん」
先程までぶちギレていた追いはぎサーミアンが言葉を失う。そいつもまた宙に浮いている。浮いていく。10cm、50cm、1m……総勢50余名の体躯がシャボン玉のように地を離れていく。俺と『王の目』以外の全員がだ。俺は周囲を見回して、それからようやく理解した。
「お前……魔術士か……!」
「名乗るよ。シェン。僕の名はシェンだ。君は?」
奇妙な光景だった。赤い夕陽に照らされる中、地に置いていたギターを拾い上げて『王の目』サーミアンが近づいてくる。周囲を取り巻いていた屈強な野郎どもはもう地上十数メートルの位置にあり、なおも空に上がっていく。困惑、混乱、怒声、罵声などがけたたましく響くが、それもどんどん遠ざかりつつある。
「……目的は?」
「おいおい猜疑心の塊かな? 僕は恩人だぜ。礼もなければ名前も教えてくれないわけ?」
なおも足を止めない『王の目』に対し、俺は黙って小刀を向けた。それでようやく、『シェン』と名乗ったサーミアンは立ち止まった。大げさに両手を挙げて「分かったよ」などと言ってくる。
「仕事を依頼したいんだ。君をデキる男と見込んでね」
「アドバイスだ。せめて依頼する相手のステータスは確認しな」
「見た上で言ってる。この仕事を頼めるのは君しかいない」
俺は多分、怪訝な表情になったと思う。意味が分からない。俺のクソ雑魚ステータスを見た上で『仕事の依頼』? 余程のバカか、あるいは狂人なのか。
「単刀直入に言うよ。この街の王はいま狙われている。暗殺を企ててる奴がいるんだ。
だから僕と一緒に暗殺を阻止してくれ。で、その後、王の暗殺に協力してくれ」
俺は少し考えて、それから応えた。
「暗殺ネタはもうやったんだが?」
それはそれとして、厄介ごとが降って湧いてきたことは確かなようだった。
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