第27話_インフォメーション収集
王宮から放り出された俺は、王宮のすぐ前に設置されている井戸を遠巻きに眺めていた。種族ごった煮の行列だ。種族ごった煮と言えば俺とこの地にやってきた奴らも大概ごった煮だ。ドワーフエルフヴァンパイアヒューマン! この街は有能なら種族を問わないらしい。
その内、井戸の水を汲んでは帰っていく街人たちを眺めているのにも飽きてきた。よく考えると俺には時間が無いのだ。それに金も無いので幾ら水を眺めていても飲めないのだ。お誘いを頂けるステータスも無い。ないないづくしでどうにもならない。
それはいつものことか。
俺は行動を開始した。タマネギ頭のクソ王宮、その入り口に立つ『王の目』なる役人に街の地理を尋ねまくる。しかしその途中で思わぬ人物に声を掛けられた。
「何やってんだ、テメェ?」
ドワーフのイゾルデである。リスかハムスターのように両頬を膨らませて何やら咀嚼している。
「世間話か? お気楽なこった」
「そういうそっちは一人か? 何で?」
イゾルデはフン、と鼻息を荒く王宮から出ていく。俺はその後ろを追った。コイツ、どこに向かって歩いてんだ?
「キライなんだよ、ああいうの! クソくらえだ」
「ああいうの?」
「仲間外れみたいな! ああいう王さまにはロクなヤツがいねぇって決まってる!」
雑踏をグングン進むイゾルデの足には怒りが垣間見えた。つまり非常に力強く大地を踏みしめている。俺は「そう言えばここいらの土は砂じゃないんだな」などと思った……いやいや。
「何だ、他のやつとメニューに差でも付けられたのか。ドワーフなら岩でも食ってろワハハみたいな?」
イゾルデは振り返って俺を睨んだ。
「飯食って説明聞けって言われたから全部口ん中に押し込んで『住まねえ!』って言ってやった。あたしもテメェと同じで……急がなきゃならねえんだから!」
既にダンジョン内でイゾルデの誤解は解いている。だからコイツの次の目的は『自分の国を裏切ったユキマを追う』だ。かと言ってダンジョンを戻るのは有り得ない。それは自殺である。
「丁重なお断りを入れたことは分かった。でもお前、来た足でそのまま街を出るってのは――」
「テメェ、もしかしてあたしのこと馬鹿だと思ってるんじゃねえだろうな」
「いや逆だ。最高に賢い」
率直な感想を言うとイゾルデは口をモゴモゴさせた。それからイヤに大きな声で「ギルドに行く!」と言った。
「情報も、この街の金もねえ。だからギルドで鍛冶屋の場所を聞いて、鍛冶屋に行って、稼ぎながら客から話聞いて――」
「建設的な考え方だと思うぜ。ちなみにギルドは逆の方向だ」
イゾルデがピタリと足を止めた。そこそこデカい街なのに脚で探そうとしていたらしい。
「鍛冶屋は西の方に幾つかあるらしい。行くか」
そこから俺は大通りから路地に入り、『王の目』から聞いた地理を頭に思い浮かべながらイゾルデを先導した。言っておくが慈善活動ではない。俺とてやるべきことがある。そしてそれはイゾルデの目的と多少なりとも合致している。
こうして俺たちは無事に鍛冶屋へと辿り着いた。それにしても手に職がついているドワーフは強い。異国の地に来てもその腕は引く手数多だから、食いっぱぐれるということがない。大体のケースにおいて。
まぁこの日はその『大体のケース』からハズレていた訳だが。
「ハッキリ言いやがれ! 炉も貸せねぇってのはどういうことだ!?」
鍛冶屋に辿り着き、店主と思しき大柄なサーミアンに「日雇いでよろしく」と申し込んだイゾルデだったが、数分後にはこの通り喧嘩腰になっていた。鍛冶屋のオヤジサーミアン――耳の形は牛のそれに似ている――は鼻で笑う。
「聞いての通りだ。間に合ってる。むしろいらん。別の街に行け」
「腕ならそんじょそこらのドワーフより上だ! 疑うってなら一本打たせてみろッてんだよ!」
「腕の出来も分からんヤツに炉を貸す馬鹿がいるか?」
「貸さなきゃ腕の良し悪しなんざ分からねえだろうがバーカ!!」
一般的にこの手の議論は並行線、或いは水掛論と呼ばれる。互いに譲り合わないのだから落とし所など生まれるワケがない。なので俺は割って入ることにした。
「あー、ちょっといいか?」
一応言っておくと、個人的には鍛冶屋オヤジの言い分の方が筋が通っていると思う。その辺の保証や融通を効かせるためにギルドという組織があるのだ。流れ者をそうそう簡単に組み込まないというのはどこの街も大体同じなハズだ。
「何だヒューマン!」
「何だヒューマン!!」
「揃って怒鳴るな。仲良しか? 違うな? どっちでもいい、コレ見ろ」
俺は背中に括っておいた戦利品を取り出した。見る見る内に鍛冶屋オヤジの表情が変わる。
「サンドワームの牙じゃねえか!」
その通りだ。イゾルデ旋風斧の直前、ノクトの蹴りによって俺の顔に吹っ飛んできた牙である。俺の腕くらいはあるし、重さもそれなりにある。砂漠船にサンドワーム曳行を頼む前に密かにガメておいた。
「分かった、それと引き換えなら一回くらい炉を貸してやってもいい!」
「寝言は寝て言え」
サンドワームの牙は結構な値打ちモノだ。芸術品にもなるし武器にも加工出来る。前世で言うところの象牙みたいなもんである。なお、残念ながら今世に象はいないらしい。ぱおん。
「イゾルデ、コイツで小刀作ってくれ。俺の二の腕くらいの大きさで。手間賃は後払いな」
我ながら名案だったと思う。鍛冶屋オヤジはイゾルデの鍛冶の腕――より正確には仕事の正確さを見たかった訳で、イゾルデは自分の腕っぷしを見せつけたかった訳で、俺は武器が欲しかった訳だ。一石三鳥である。いや実際には二鳥半くらいだったかもしれない。それは後で語ろう。
とにかく、そんなこんなで鍛冶屋での並行線は無事にクロスロードした。俺の意図をすぐに汲んだイゾルデはすぐさま懐からノミを取り出してサンドワームの牙を削りに削りヤスリにヤスって刃物へと加工してくれた。鍛冶屋オヤジはイゾルデの芸術的腕前に感心して炉を貸してくれた。イゾルデはバンバン仕事を引き受けて金を稼ぎ、俺は俺で鍛冶屋の前で新調できた小刀を見せびらかして客を集めた。これには鍛冶屋オヤジも更に気を良くしたようで、何とコップ一杯の水を奢ってくださった。
繰り返すが水一杯だ。ツマミも無い。腹が立ったのでイヤミったらしく1時間くらいかけて水を飲み切ってやった。向こうも二度と俺には営業を頼むまい。俺も二度と前世の布団販売で培った営業手腕など使うまい。
「テメェ! それ! スポタンか!?」
陽が傾きかけた頃、ようやくイゾルデは休憩に入り――そこで俺の手元を覗き込んだ。俺もまた水をチビチビ飲みつつ、休憩がてら、人差し指くらいのサンドワーム牙の端材を使って彫刻をしていたのだ。彫っていたのはそう、カケリも大好きなムポピョスポタンである。
ムポピョスポタンとは魔物である。スリッパの先のような頭――つまりカピバラめいた輪郭の、どこかひょうきんな顔をしている。実際にはこの頭のすぐ下部に無数の足がついていて、30メートルくらいのデカさで木々を押し潰すように長距離移動するヤバめの魔物だが、何せ顔がひょうきんなので女子供には人気がある。
「テメェ! それ! うまっ……ウマいな!?」
「そうか?」
クソ故郷・アークベルでは時間潰しによく適当な薪を削って彫刻家めいたことをしていた。手先の精密性をアップするための訓練……と言えば聞こえはいいが、娯楽が無さすぎて半ば趣味と化していた感もある。掌サイズのムポピョスポタンフィギュアを作り出したのは、そういう背景あってのことだ。
「テメェ! それ……ちょっ……ちょっと見せ」
イゾルデの眼はガンガンに開いていた。ちょっとヒくくらいに見開いていたので、俺はイゾルデの手にスポタンフィギュアを突っ込み「やるよ」と言った。ぶっちゃけ押し付けただけである。
「えっ!? いっ、いいのか!?」
「手慰みで作っただけだしな。イゾルデ、満足したら砂漠船まで戻って来いよ。サンドワーム代の分配がある」
体を伸ばしつつ立ち上がる。何だかんだ数時間は鍛冶屋に居てしまった。繰り返すが俺には時間が無い。イゾルデの仕事を横から眺めつつ営業しつつ街の話は大体聞けたが、一番大事なことがまだ分かっていない。つまり――我が故郷・アークベルとこの街の位置関係だ。距離が分からないと詰んでるのか否かも判断できない。
「ギルドで何か聞けりゃいいんだけどな」
こうして鍛冶屋を出立した俺だが、結論から言うとギルドに辿り着くことはなかった。実演販売さながらにサンドワームの牙製小刀を鍛冶屋前で見せびらかしていたことがアダになったのだ。
つまり――俺は追いはぎにあう。




