第26話_グッドバイおもてなし
突然だが収支を発表しよう。
サンドワームの全身で俺の手元に残ったのは、この街――ヴァルズールの滞在費5日分くらいだった。
これは、とにかくあらゆるものが請求されまくった結果だ。サンドワームの曳行費、解体費、見積もり手数料、一部の前払い手数料。あと俺たちを船に乗せた運賃、救助費、街のルール連絡手数料、王への謁見調整手数料、街の案内手数料、案内中に使用した手拭いの洗濯費用などなど、その細かさに俺とノクトは揃って眉をしかめた。なおこの手のことに疎いらしいカルディン、ミレナ、イゾルデは往来のヒトゴミに目を白黒させていた。つまり他人任せである。
利益は更に6人で分割する。ノクトとイゾルデは直接攻撃した奴らだから多めに、カルディンと俺はわあわあしてただけだから少なめに、カケリにはほんのちょっぴり。ミレナは砂漠船の動力として多少動いたので平均値。以上が収支の全てである。
これらの金勘定は砂漠の街『ヴァルズール』に着いた翌日の朝にようやく行われた。では到着したその日はどうだったかというと、すべては王への謁見から始まった。
「デカい街だなァ!」
スキンヘッド船長が船着き場からメイン通りを抜けて中央部の『王宮』へと俺達を導く間、イゾルデは何度もそんなことを言った。キョロキョロと田舎者丸出しだが、気持ちは分かる。明らかに俺が暮らしていた街よりデカい。規模もそうだし、何より種族のバリエーションに富んでいる。
馬車が悠々と通り抜けられる広い道幅の両側に簡易テントに飾りを付けた露店が立ち並ぶ中、ざっと見てもヒューマン、ドワーフ、ホビット、エルフ、サーミアン、ゴブリンなどが雑踏を作っている。何とフェアリーまでいる。彼らは店主であったり通行人であったり様々だが、香辛料だの獣だのハーブだの下水だのの匂いが入り混じる騒がしいメイン通りは、まさに人魔の坩堝って感じだ。
「この街は40年くらい前に空から降ってきた」
「冗談のセンスは髪と共に散ったか」
「これは刈り込みだ若造」
船長のオッサンは観光ガイドよろしく上機嫌に笑う。スケベそうな笑いだが、他意は無いようだ。
「このデュリデュリ砂漠は広くてな。横断するにも縦断するにも、中継ポイントがあるのとないのとでは話が全く違う。当然のようにご覧の賑わいだ」
地図を手に入れないと、と俺は思った。全く地理が分からない。少なくとも俺を追放した愛しの故郷・アークベルでデュリデュリ砂漠なんて名前は聞いたことがない。
カケリは「魔王を殺さないといけない」「魔王はアークベルからずっと北の方にいる」と言っていた。その「北の方」とやらと現在地がどれだけ離れているか……物凄くイヤな予感がする。それこそ、絶対に残り10日ではたどり着けないくらいに遠い場所だったら――。
「デュリデュリは置いといて、あのヒトたちって何です?」
ふと、ミレナが会話に横入りしてきた。指差しているのは露店と露店の間。なるほど、そこにはちょっと異様な風体のサーミアンが居た。
「ありゃ『王の目』だ」
あのヒトたち――ミレナにそう称されたサーミアンは、デカデカと瞳が描かれた顔覆いで顔を隠していた。ちなみにサーミアンというのは獣の耳や尻尾が生えた種族を指す。現代日本では『獣人』と言った方が伝わりやすかろう。あるいはケモミミコスプレイヤー。顔つきも体つきもヒューマンとはほぼ変わらない。耳と尻尾が増えただけだ。
そしてミレナが疑問に思う通り、それら顔覆いで顔を隠し、右手には槍を持っているサーミアンたちは等間隔で雑踏に立っている。警備員然とした様相だ。
「警吏か?」
カルディンが尋ねると船長のオッサンは「おう」と応えた。そしてすぐ傍を通りがかったタイミングで『王の目』とやらに軽く会釈をする。
向こうもペコリと会釈を返した。
「まぁ、役人だな。王宮のヤツラも同じ格好をしてる」
「つまりあの顔覆いが制服ってことです? 変な街ですね」
ちなみにここでミレナが発した質問に対する船長の返答も手数料として計上されることになるのだが、この時の俺には知る由もない。それはともかく、そんな感じで立ち並ぶ露店の中を真っすぐ進んでいくと、やがて飲食店や宿らしきコンクリート建築物がポツポツ増えてきた。それらも超えて進むとアホみたいにデカい井戸があり、それをぐるりと囲うように円形の広場が造られている。そして『王宮』とやらは広場に隣接して建てられていた。
「空から降ってきた井戸だぜ。金は取られるが水は美味い。で、あれが目的地だな」
意味不明な紹介だ。俺は井戸に並ぶ人々の列を横目に『王宮』を見上げた。
それはちょうど、豆腐の上にデカいタマネギを載せたみたいな形をしていた。
白壁の直方体の建築物が幾つも連ねられ、その上に――紡錘形というのだろうか――ラグビーボールの下部を三分の一ほど切り落としたような形の屋根がデンと乗っかっている。『王宮』は他の建物よりも一際大きく、全高は大体20メートルくらい。入り口らしき両開きの扉は開け放たれていて、『王の目』――槍を持った衛兵サーミアンが宮殿に入る人々に会釈を返している。ひっきりなしにヒトが出入りしているようだ。
「あの王宮の奥に王がいる。この街を持ってきた商売の天才だ」
そういうザックリした説明をしながら船長のオッサンは謁見手続きを行い、俺たちはそれほど待たされることもなく王宮の中に入ることが出来た。大理石の床を足音を鳴らして歩いていくと、やがてえらく明るい部屋に出た。ドーム状で、天井に丸い穴が開いている。外から見たタマネギの真下がここなのだろう。穴は採光用か。そしてその穴から目一杯の光を受けながら、覇気のある声を発する者が居た。
「よく来たな旅の者達! サンドワームを数名で倒したと聞いたぞ!」
美男だ、と一目見て思った。
声の主は部屋の中央に据えられた、一際高い椅子の上であぐらをかいていた。正確に言えば椅子が高いのではなく、2メートルくらいのこんもりとした丘が部屋の中央に出来上がっていて、そこにエラくギンギラギンの宝石を散りばめた玉座が置かれている。天から差す光で玉座は煌めいていた。そしてその輝きに引けを取らないくらいに『王』の顔は整っていた。
「余がこの『ヴァルズール』の王である! 名はヴァルグリフ!」
ヴァルグリフとやらはサーミアンだった。狼のそれに似た耳が頭の上に生えている。玉座の後ろからは豊かな白銀の尾がふりふり揺れている。髪は海のような青。肩よりも長い長髪だ。鼻は高く、歯並びは芸術的で、目元は涼しい。絵に描いたような美男だ。ちなみにヒューマンのそれと同じ形の耳もついているので、現代日本を生き抜いた俺からすると『犬耳ヘアバンドをつけたモデル』という感じだった。
首に巻いた鋼色のネックレスが、差し込む光で鮮やかに輝いている。
「強い者を余は歓迎する! 貴様ら、この街に住まんか? 日々の豊かさを約束しよう!」
声がデカい。覇気が有り余っているモデルという感じだ。
「名を聞いても? それとステータスも見せてもらうぞ! 『オープン』!」
「あのヒト、声デカくないです?」
ミレナが俺の脇腹を突いてくる。黙ってろ、と小声で制した。
「あー、ヴァルグリフ王。少なくとも俺とこのエルフと後ろのヴァンパイアは移住してる暇が無い。用事が済んだら出てく」
「いやいや待て! サンドワームは歩兵10人がかりで仕留めるのがやっとの魔物! その半数で打ち負かした者たちを早々に諦めては王の名折れだ! 説明を聞くだけ聞いていけ! 無論、時間を掛ける分は手間賃を用意するつもりだ! 手間賃というより飯だ! 一食分! 美味いぞ!」
ガハハとヴァルグリフ王は笑った。笑いながら『オープン』の魔法で俺たちのステータスを順々に見ていっているらしい。しかしその途中で笑いは止まった。分かるだろう。俺のステータスを目にした途端だ。
「成る程な。ヴァンパイア! エルフ! ドワーフ! そして甲冑のヒューマン! 貴様らにはイヤでも説明を受けてもらうぞ! 飯を食っていけ!」
「俺は?」
「お前はいらん」
こうして俺は一人だけ呆気なく王宮から放り出された。
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