第24話_デュリデュリ遭遇
後で知ったのだが、この地はデュリデュリ砂漠という、結構広大な砂漠だった。
結構広大というのはどういう意味かと言うと、つまり広いということだ。ヒトの足で東から西へ、或いは南から北へ歩くのは現実的ではない。食料も水ももたない。そういう過酷な土地だ。
だから、ある意味では幸運ではあった。ダンジョンから出た俺たちが、イヤミったらしいくらいの青空の下を歩いていくと、やがて地平線の向こうに街らしいものを目撃出来た。まずはそこを目指そうという話になった。
「暑い。ですね」
ミレナが呟いた。汗だくだが、隣を歩くヴァンパイアの方が更に汗だくだ。あまり熱帯が得意な種族ではないらしく、先ほどからノクトは一言も喋らない。
「街に辿り着くのが先か、我々が干からびるのが先か。だな」
カルディンも鎧を着たまま汗を拭う。騎士のトレードマークとも言える鎧だから脱ぎたくないらしい。一方、イゾルデは胸当てやらを纏めて括り、引き摺って歩く方式にシフトしている。利口だ。
「マズいかもな」
そのイゾルデが呟いた。「何か食べてるんですか?」とアホそのものの発言がエルフから飛び出して俺は感心してしまった。それはともかく。
「デカいのが下から来やがる」
ところで砂漠を歩いたことはあるだろうか。俺は無かった。なのでダンジョンから出て初めて知ったのだが、思った以上に砂の上というのは歩きにくい。足の裏にヘンに力が入るし、足元がゴロゴロ崩れるし、靴の中にデュリデュリしたものが入ってくるしで快適さとは無縁だ。そんな状態で歩き続けていたものだから、イゾルデが何を察知したのか俺には一切分からなかった。そう言えば何かドンドンと太鼓を叩くような音がする気もしたが、とにかく気付いた時には俺の身体は宙高く飛ばされていた。
「あれ」
視界がグルグル回る中、俺はようやく、何だか植物のツタのようなものが脚に巻き付き俺を振り回していることを知覚した。ツタの先にはデカいイモムシみたいなヤツがいて、ウナギのような丸い口を大きく開いている。その奥では、俺の顔面くらいはあるデカさの牙が円状に並んでいた。
サンドワーム、という魔物がいる。『砂のクジラ』の異名を持つ、体長10メートルから20メートルくらいのミミズっぽいヤツだ。芋の根みたいに体躯のいたるところから触手が伸びていて、それと筋肉を使ってウミヘビのように砂漠を泳ぐらしい。ガキの頃に孤児院の図鑑で見たそれを現実に目の当たりにして、俺のテンションはちょっとだけ上がった。上がると同時に、脱水気味で頭が回っていない自分に気付いた。
ヴァンパイアを『熱帯に向かない』とか言っている場合ではない。ヒューマンの方がよっぽど脆弱だ。
「バカかァ!?」
振り回される中、イゾルデとノクトがサンドワーム氏に向かって跳ぶのが見えた。ミレナはカルディンが抱えて距離を取っている。素早い役割分担である。……そんな事を言っている場合ではないので、俺はカケリを手に、我が脚を掴んでいるサンドワーム氏の触手の切断を試みた。もういい加減に慣れている。この黒い裂布は俺のイメージ通りの斬れ味の鎌となるのだ。
なるはずだったのだが、実際には伸びた布がペチンと触手を叩いただけだった。
「貴公! 奇行はよせッ!」
カルディンの切迫したギャグが飛んでくる。しかしカケリ以外の武器は持っていないのだ。もう食器すら無い。カケリが鎌にならない理由も分からない。いずれにせよマズい。サンドワーム氏が俺の体を縦穴のように深い口へと突っ込ませる。そうして俺はなす術なく栄養にな……る直前で相手の口は大きくひしゃげた。
ノクトがミミズ野郎の顎辺りに蹴りを叩き込んでいた。折れた牙が吹っ飛んできて喉に突き刺さりかけ、すんでのところで掴み取ることに成功する。俺は自らに拍手したくなったが、よくよく考えなくても触手は俺を掴んだままなので危機は脱していない。しかしヒントは見つけた。イゾルデである。
サンドワームはアホみたいにデカいミミズに似ているが、実は背板が岩のように硬い。そしてイゾルデ嬢は勇猛果敢にもその背中部分へと攻撃を仕掛けていた。よって俺は裂布を触手のように伸ばしてイゾルデの腹へ巻きつけた。チンピラのようにドワーフのお嬢さんがキレるが、俺は「思い切り振れ!」とだけ怒鳴り、駒回しの要領で奴を宙空に放った。無論、サンドワームの腹節……地面を擦って進む比較的柔らかな部位に向けて。
時代劇で帯回しされて「あ〜れ〜」とくるくる回っている着物美人を見たことがあるだろうか。イゾルデはアレに似た、しかしアレを遥かに上回る高速スピンを実現した。物理的な竜巻と化したドワーフによりサンドワームの腹節はズタズタに斬り裂かれ、ヤツは怪鳥のそれのような悲鳴を砂漠に轟かせる。
こうして、遭遇戦は一瞬の内に終わった。
俺は砂漠の上に――否、砂漠に頭から突っ込む形で放り出されていた。下半身だけ突き出ている、いわゆる『犬神家』状態である。意外に砂の内側は冷えていて快適……いや全く快適ではない。小さな虫が肌を引っ掻いてきた。何とか抜け出そうともがくが、それが功を奏す前にカルディンが俺を引っこ抜いた。
「大丈夫か?」
「学びを得たぞ。砂の中に潜り込むのはやめたほうがいい」
「てめえオイ!! コラ! ボケェ!!」
口の中のデュリデュリを吐き出していると胸倉を掴まれた。イゾルデである。滅茶苦茶にキレている。
「助けてやろうとしたのに何だ今のは!? あたしゃコマ回しのコマか!?」
「イゾルデ旋風斧とでも名付けるか」
「ンだと……! オイ……! ……ちょっとカッコいいじゃねえか!」
「とはいえ真面目に助かった。恩に着る。あとユキマを追いかけるなら魔物の特徴くらい幾つか覚えとけ。でないと道中で死ぬぞ」
俺はそれから先ほどのサンドワームの特徴を簡単に説明した。なお、ダンジョン内でこちらの事情――ハメられてテロリストになったことなど――は伝えている。長時間の説明の甲斐あって、イゾルデも何とか飲み込んだらしい。
「詳しいじゃんか。てめぇもしかして魔物博士か?」
ワハハと笑うと、ドワーフは後方のサンドワームの亡骸へとドスドス歩いていった。既にミミズ野郎は砂漠に緑色の体液を染み込ませてグッタリと動かない。体躯を両断されているので当然と言えばそうだ。
「魔物博士と聞きましたけど、サンドワームの血って飲めるんですか?」
おぞましい発言と共にミレナが近づいてきた。飲めても飲むなよと言いたいが、実際のところ水分不足は危険だ。極端な話、水が無ければ法術での蘇生も難しい。
「……お前、もしかして飲んだことあるのか? 虫の体液」
「口に入るものには感謝すべきです」
「会話になんねぇ」
「ネモ、何か来るぞ。警戒した方が良さそうだ」
険しい顔つきでカルディンが言った。確かに、砂漠の遠く――街らしきものが見えたのとは逆方向に、何やら旗のようなものがヒラヒラしている。陽光が強いので目を細めざるを得ないが、どうもそれはだんだん近づいてきているようだった。輪郭からして――。
「砂漠船だ」
砂漠船とは、その名の通り砂漠を進む帆船のことだ。大地の力をナンチャラホイする法術のエネルギーを使って砂の海を進む。現代日本からするとおとぎ話にも程があるが、この世界の砂漠地帯では割とメジャーな存在だと聞く。
「初めて見た」
「田舎者ですね」
「よく言うぜ、虫の血ィ常飲者が」
「常飲してません! あくまで緊急避難です!」
「ひとまず集まるぞ。砂漠船に乗る海賊など聞いたことはないが、用心に越したことはない」
俺とミレナは揃って首根っこを引っ掴まれた。カルディンがサンドワームの亡骸およびイゾルデ&ノクトの近くに俺たちを引き摺っていった頃には、砂漠船はかなり近づいてきていて、今やその大きさもハッキリしている。
かなりデカい船だった。全高30メートルはあるだろう。複数のマストに真っ白な帆が張られ、船底にはチャクラムに似た薄い白銀色のタイヤが無数に駆動している。このタイヤで砂をかき分けている訳だ。
「恐らく交易船だな」
ノクトが言った。船のサイズから判断したのだろう。そしてその判断は正しかったようで、やがて俺たちの前で止まった船の縁からスキンヘッドのガタイの良いオッサンが顔を見せた。
「そのサンドワーム! お前らがやったのか?」
「自殺だとしたらエキセントリックすぎるだろ」
「ソイツを俺たちが二束三文で買い叩いていいなら乗せてやるぜ。どうせ遭難者だろう?」
「俺たちを乗せてくれるならコイツをお前らに卸してやるぜ。どうせ欲しいんだろ?」
サンドワームの体は『捨てるところがない』と言われる。だからこれくらい強気の交渉をしてもお釣りはくると踏んだ訳だが、結果としてマジでお釣りがくることになった。このヒッチハイクは成功し、俺たちは目指していた砂漠の街へ到着する。
ただ、それが幸運と言えたかというと、また話は別になる。
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