外伝:2度目の裏切り_後編
おめでとう、と職員さんに言われて、私は最初、何のことだか分からなかった。ある日の朝、突然だったから。
「この前、成人式があったでしょ」
成人式というのは地域の15歳になったヒトたちを一か所に集めて祝うイベントのことだ。孤児院出身でもお貴族様でも15歳になれば成人式に出ることになる。そこにはアークベル――つまり国の偉い人も参加する。
「首都の大きな病院の法術士さんがね、あなたを法術士として招きたいって。もちろん国営よ! ここの孤児院始まって以来の大抜擢だわ!」
「首都」
そういうことが極稀にあるという話自体は私も知ってはいた。抜きんでてステータスが高いヒトを国が専門機関に所属させる。筋力や持久力が高ければ騎士に、知力が高ければ学者さんに。国だけでは無くて、成人式は色んな人が見に来れるから、例えば器用度の高いヒトは職人さんがスカウトに来ることもあるそうだ。
「首都ってこの街から通えますか?」
職員さんは怪訝な顔をした。当然のようにダメと言われた。この街はアークベルの領土でいうと南東方面の領地にある。首都は北。治めている領主からして違う。
だから私は、生まれ育ったオースティン領から巣立つことになる。お断りは出来ない。孤児院というのは結局、育てた中にいる優秀な子を、そのステータスに見合った社会に配置するための機関だから。
彼はその日も朝早く孤児院を出ていた。成人式から1カ月以内に私たちはそれぞれの社会に移らなければならない。彼はここのところ、ずっとその準備に追われていた。
「ダメだ。家が借りれねえ」
夜に帰ってきた彼はそう言ってベッドにドカっと座った。彼の部屋は相変わらず、鉄と油とおくすりのニオイがする。
「いつ死ぬか分からねえヤツに家は貸せねえってよ」
「じゃあ……どうするの?」
「家を買う。金を貯めて……それまでは安宿生活だな」
ギリギリまでこの部屋使ってやる、と彼は悪態をついた。私はいつもの椅子に座って、膝の上で杖を遊ばせていた。法術に使う杖だ。大地の加護を少しでも取り出しやすいように、法術士は大なり小なり自分の杖を持つ。
いつも世話になってるから、と彼が外で買ってきてくれたものだ。樫の木製の、ちょっと重くて、でもしっかりした杖。
「私、首都で働くんだって」
「ああ、聞いた聞いた。街の法術士が悔しがってたぜ、『狙ってたのに』って」
さらりと返された。私は杖先を指でなぞっていた。
「なんだ、不満か?」
「ネモも一緒に行こうよ」
「そりゃ無理だ。住む場所にも仕事にもありつけねえ。何せ皇帝のお膝元だからな、この街みたいな適当さはゼロだ」
口ぶりからして、彼は何回か首都には足を運んだことがあるみたいだった。
「不安か?」
「そういうのじゃない」
「お前が思ってる以上に良い話だぞ。そりゃ忙しいだろうが、確か法術士用の寮があったハズだ。飯屋も多いし治安も良い。衣食住の心配は無くなる」
それから、と彼は少し言いにくそうに言った。
「地方みたいに小競り合いに連れてかれることもない。安全だ」
父と会えなくなったことは随分と昔に悟っていた。多分、徴兵されたのだということも。
「胸張って行け。アホの治療に延々付き合った成果で、お前の法術の腕は結構なシロモノだ。首都の法術士ってのはそれも見抜いてるんだと思うぜ」
「でも」
断る理由がない。みんながそう言うのは分かっている。けれど、私にはある。一つだけ、とても大事な理由。
「約束したじゃん。ネモの傷はぜんぶ私が」
「ありゃ約束とは言わねえ」
彼は呆れたように言った。それから、私の顔を覗き込むようにして「無茶な仕事はするなよ」と続けた。
「元気でいてくれりゃそれで十分だ」
誰かに似ている気がした。確か幼い頃。ずっとずっと幼い頃。まだ孤児院に来る前だった。
「……パパみたい」
疑問が解けて、私は立ち上がった。部屋を去る私の背中を、「ゆっくり寝ろよ」という声が押した。
それが最初の裏切り。裏切った相手のことは、その意味は、あまり考えないようにした。
●
私が新たな社会に馴染むまで、そう時間は掛からなかった。だから勤めている病院にその依頼が来た時、私は驚いて書類を何回か見直した。
『第31次古代遺構調査』と銘打たれたプロジェクトが国で発足されたそうだ。能力の高い学者さんや戦士さんを募って、オースティン領の北部に存在するダンジョン内部の調査に向かう。その人員の一人として法術士の参加打診が来たのだ。
ダンジョンは有名だ。入ったら二度と出てこられない。だから私の勤める病院も体裁のためにみんなに書類を見せたけれど、最初から断るつもりだったそうだ。けれど私は手を挙げた。「私が参加します」とハッキリ言った。
みんな止めたし、泣いて嫌がるヒトすらいたけれど、私は決めていた。遺構調査の参加者のリストに、見知った名前があったからだ。
ネモ・1870・オースティン・アークベル。プロジェクトメンバーの一人に、ハンターとして名が載っている。「ステータスは低いが多くの困難なミッションをクリアした実績がある」と説明書きがある。
自分が死ぬなんて考えていなかった。ただ危険なことは間違いないそのお仕事に、卒院して以降は一切会えていなかった彼の名前があったのだから、参加しないなんてあり得なかった。
彼が死んでしまうかもしれない。それは絶対に嫌だった。
「なに考えてんだ? 仕事で自暴自棄にでもなったか? ええオイ」
数か月後、プロジェクトメンバーとして再会した彼は、開口一番私にそう悪態をついた。私は驚いてしばらく声が出せなかった。
本気で怒っている。
「ダンジョンに入るってのがどういう意味か分かってるか? 今からでもいい、サッサと逃げろ」
「ネモはどうするの?」
「俺だって逃げてえよチクショー」
オースティン領内のギルドからは最低1名、この調査に参加しなければならなかったそうだ。いわゆる現地案内人として。ギルドは街ごとにあるけれど、当然のように希望者はいなかった。そして結局、くじ引きのような形で彼に決定した。
「ネモは逃げないんだよね?」
私が読んだ書類には、彼の経歴に「逃亡の恐れあり」といった注意書きは無かった。きっとくじ引きで決められたのではなく、純粋に能力で選出されたんじゃないだろうか。あるいは、このプロジェクトの参加者に直々《じきじき》に頼み込まれたとか。そういう押しの弱さが彼にはある。
「知ってる? ダンジョンって、どこか別の国に繋がってるんだって」
「眉唾にも程があるけどな」
「一緒に行こうよ、外国! スゴいヒトたちばっかりだし、きっと何とかなるよ」
「そんなに能天気だったっけ、お前」
そんなワケない。ただ嬉しかっただけだ。どういう形であれ、彼と一緒にいられるのが。
甘い期待や目論見はダンジョンですぐに崩れた。長い廊下。幾つかの広い部屋。それらを経て、段々と私たちは追い詰められていった。
引き返すことも出来なかった。戻ろうとすると、通ってきた部屋に壁が出来ている。何をしても壊せない。部屋に現れるゴーレムは確実に強くなっている。
6つ目の部屋に入った時、私は直感した。現れたゴーレムは物凄く大きくて、とてもヒューマンに太刀打ちできる大きさじゃないことは明らかだった。
大きな石の拳で数人が一度に圧し潰された。震えて動かなくなりそうな自分の足を叩いて、私は出来上がった瓦礫の隙間に彼を押し込んだ。
私に出来ることが一つだけある。怖いけど、迷いはない。
「一緒に行けなくてごめんね」
彼が何か叫んだ。私は天井を睨んで、その呪文を唱えた。
目の前にブランコがあった。木板と紐で作られたブランコ。長椅子が2つ向かい合わせになったような形で、手すりと乗り込み口がついている。簡単な木戸もついていた。いつだったか「工作に慣れるため」と言って彼が追加したのだ。
ドアのついた、かごみたいな形のブランコ。孤児院の裏手。カラッとした風が吹き抜けていく。
私はそれに乗り込んで、ちょこんと座った。
彼が乗り込もうとしたのを、私は意地悪っぽく押し止めて、木戸を閉めた。それが二度目の裏切り。
目をつむった。
ゆらゆらと、微かにブランコが揺れた。




