外伝:2度目の裏切り_前編
※このお話は外伝です。ダンジョン編の背景を描いています。※
※時系列的には第1話よりも、もっともっと昔のお話です。※
私が最初に裏切ったのは、15歳の時だ。
様々な社会がある。国には国の、領地には領地の、大人には大人の、そして子供には子供の。5歳の頃、親を戦争で取られた私は、それまでとは別の社会に投げ込まれることになった。
孤児院だ。
「ネモ。この子、ちょっと預かってて」
いきなり親から引き剥がされ、私は毎日シクシク泣いていた。それが鬱陶しかったのだと思う。班長のお姉さんは私を彼の前に連れて行って、ぞんざいな言葉を放った。
「どれくらいだ?」
暗い子だ、と私は直感した。
その時、彼は大きな食堂の片隅で本を読んでいた。他の子たちは自由時間だからと外に遊びに行っている。食堂に残っているのは片付けをするお兄さんやお姉さん達と、遊びよりお喋りといったタイプのお兄さんお姉さんたち。彼と近しい年齢の子は一人も残っていない。
「泣き止むようになるまで」
「言っとくが」
彼は本から目を離して班長を睨むように言った。
「時間分の報酬は貰うぞ。現在時刻13:12。1時間あたり――」
「私、もう要らないんだよね、院票。卒院決まったから」
院票、とは孤児院の中だけで有効なお金のことだ。勉強やお手伝いをするともらえて、お菓子や服など様々なものと枚数に応じた交換ができる。
「じゃ、よろしく」
班長さんはそれだけ言って立ち去り、私はまたシクシクと泣いた。泣いていると立ち上がる音がした。
「ちょっとこっちに来い」
そう言うと彼は私の手を強く引いた。これが私と彼の出会いだ。
二人とも5歳だったことを、私はその数カ月後に知る。
●
手を引いて連れて行かれた先は、孤児院の裏手だった。木板と紐で作られたブランコがあった。長椅子を2つ向かい合わせにして手すりと乗り込み口をつけた、カゴみたいな形のブランコ。もう他の子たちが遊んでいたが、ネモに院票を1枚ずつ渡されると、みんなそそくさと去っていった。
「乗って泣いてろ」
そう言うと彼はカゴ型ブランコの片側に乗って、手にしていた本を再び開いた。私はまたシクシクと泣いた。立ったまま泣いていたので彼はそのうち無理やりブランコに私を座らせた。そしてまた本を読んだ。
ゆらゆらと微かにブランコが揺れる。時々、湿気のないカラッとした風が吹き抜けていった。
「パパに会いたい」
呟くように言うと、彼は「難しいな」と言った。
「どうしてこんなところに連れてきたの。パパに会いたい」
「パパばっかりか? ママはどうした」
「ママはいないもん」
それから――私はこの時もう、彼を自分より年上だと思い込んでいた――それまでの生活について拙い言葉で伝えた。
母は私を産んで亡くなった。だから私は父親と村のみんなに面倒を見てもらっていた。いま思えば、そんな環境だからこそ父は村人たちに負い目があったのだろう。「自分が働いている間に娘の面倒を見てもらっている」と。
だからドワーフ族との小競り合いがあって、人手不足だからとやってきた徴兵の要請に、父はすぐに応じた。村の皆の代わりに、と。
そのあたりの事情を正しく聞けたのは、私が15歳で卒院し、生まれ故郷に立ち寄った時だ。父は蘇生不可の戦死を遂げた。だから私は孤児院に入ることになったのだ。アークベルはそういう国だ。
「パパに会えないの?」
彼は本から目を離さずに言った。
「今すぐはな」
「いつ会える?」
「ここのガキもみんな会えてない。パパにもママにもだ」
「会いたいよう」
「だろうな。だから泣いてろ。別にそれでいい。で、飽きたら笑ってろ」
「どうして?」
「友達が出来る」
彼は古ぼけてボロボロの本から目を上げた。目を上げて私に言った。
「独りで待つより、みんなで待ってた方が楽だぞ」
彼が心の底から笑っている姿を見たことがない。
●
それから数日も経たない内に、私は孤児院という社会に馴染み始めた。彼の言葉を借りると「泣くことに飽きた」。
そして実際、孤児院はさほど悪い場所ではなかったと思う。
そこには30人程の子供がいた。時期によって多少の増減はあったけれど、いつも大体それくらいだ。卒院を間近に控えた12歳〜14歳、育ち盛りの6歳〜11歳、そして乳幼児〜5歳。この3グループに分類されていて、年上が年下の面倒をみる。大まかにはそんなルールだった。
彼が異質だったのは、年齢関係なく他人の面倒をみて――その代わりに院票を得ていたことだ。大人からではなくて、同じ子供たちから。彼はそれをアルバイトと呼んでいた。
聞くところによると、ほんの赤ちゃんの頃から彼は孤児院で生活していたらしい。その上、気味が悪いほどに物分かりが良く、とにかくあらゆる本を読みたがった。
場所によっては『神童』とか『天才』とか呼ばれていてもおかしくなかったハズだけれど、舌っ足らずの頃から院票を片手に「文字を教えろ」「本を読ませろ」と年上に迫っていたそうだ。結果、彼は大人からも年上のお兄さんお姉さんたちからも「アブナイ子」とか「耳が丸いエルフ」とか言われていた。
それが孤児院内の共通認識だったから、彼は基本的に浮いていた。他の子に遊びに誘われることもケンカを仕掛けられることもない。他人と関わる機会はアルバイトだけ。
それはつまり、仕事だった。お片付け、お掃除、勉強のお手伝い、資料整理――院内のあらゆる仕事を彼は引き受けた。7つになる頃には『彼が仕事を集め』『同じく院票を望む他の子に仕事を割り振り』『自分は窓口仕事分の院票だけ受け取る』という仕組みを作り上げていた。彼はそれを中抜きと呼んでいた。
そうやって貯めた院票を彼がどう使ったかと言うと、大きく分けて3つだ。仕事の支度か、孤児院から本を借りるか、法術士見習いのヒトに治療してもらうか。
「どうしていつも怪我してるの」
7歳くらいの頃だったと思う。私は本を読んでいる彼の肩を叩いて尋ねた。
「訓練してる」
「くんれん?」
「タッパのいいヤツと殴り合いしたり、外に出て荒事の手伝いしたり」
卒院が見えてくる年齢になると、孤児院の外に出て仕事をするヒトもいる。彼はそこに荷物持ちのようについて行った。そして率先して厳しい役目を――例えば狩りの囮とか――を引き受けていたのだ。
それを聞いて、私は心臓が裏返りそうな気持ちになった。
「どうしてそんなこわいことするの?」
「今のうちに慣れておかねえとヤバいから。クソだぞこの世界。お前も体は鍛えといた方がいい」
「痛いのヤだ」
「俺も嫌だっての」
「ネモはアタマいいんだから、勉強して学者さんになれば?」
「なれりゃ理想だな。でもな……どうだろな……」
「『オープン』」
私は呪文を唱えて彼のステータスを見る。
「えっと、学者さんになるには、知力が……」
「16」
そういう決まりがある。ステータスが低いとチャンスすらもらえない――そういう仕事はたくさんあるし、どこの国にも似た決まりがあるそうだ。
「ネモは……7!」
「微ッ妙だよなぁ……」
この頃から片りんはあった。何といえばよいのか――見ている印象と『オープン』で表示されるデータにズレがあるというか。彼の場合、そのズレは他の子よりも大きいように思えた。
「とにかくやれることはやっとかねえと。その日暮らし生活でも生き延びられるようにな」
「きっと大丈夫だよ。ね、向こうでみんなと遊ばない?」
「俺の1時間は院票3枚だ」
私はムッとして彼の背中を叩いた。この頃の私たちは知らない。彼の知力が13歳を境に頭打ちになることを。
数値は13だった。
●
13歳。私は孤児院を運営する職員さんたちから班長になって欲しいと言われた。もちろん引き受けた。もう私にとって第二の故郷だったから。
頼まれた理由は幾つかあると思う。よく笑ったし、お手伝いも多くしたし、職員さんたちとも仲が良かったし、他の子からはよく甘えられていたし、やんちゃな子だって私が叱ると素直に聞いてくれた。けれど最大の理由は、彼との関係にあったような気がする。ヘンな意味では無くて、私はよく彼に話しかけていたから。物怖じせずに。
彼はいよいよ腫れものになっていた。
彼は鍵付きの一人部屋を獲得していた。中にはナイフとか短刀とか小さな矢筒とかの危ないもの、何冊かの古ぼけた本、何かの動物の革……とにかく可愛さとは無縁の物がところ狭しと並べられていた。それとベッド、テーブル、椅子が一式。中に入ると鉄と油と何かのおくすりのニオイがしていた。
朝早く部屋を出て、夜になると帰ってくる。孤児院で生活していると言うより、院内に部屋を借りて生活している感じだ。
相変わらず生傷は絶えない。私はよく彼の部屋で、彼が昼間のお仕事で作り上げた生傷の治療をした。
「幼馴染が法術士だとマジで助かる。院票もオトモダチ価格だしな。足向けて寝れねえな」
彼の言う通り、私は法術士見習いになっていた。法術の才能を持つ子は決して珍しくはなくて、院内には他にも数人の見習いがいた。けれど、腫れものである彼の治療を進んでやりたがる子はいなかった。
「また本が増えてない?」
「ガキに写させた。お前からも注意しておけよ。金貸しから金を借りるとロクなことにならねえって」
ベッドの上にわざとらしく横柄な感じで寝転がりながら、彼はそういうことをよく言った。傍の椅子に座りながら治療する私に、だ。私は何回、彼の言葉に悪態をついたか分からない。
彼はもうアルバイトや中抜きはしていなかった。代わりに院票を貸して利益を得ていたのだ。例えば、院票10枚を貸して、10日以内に11枚にして返してもらう……みたいなことだ。彼はこれを高利貸しと呼んでいた。
そして返せなかった子には彼の望む仕事を強制した。写本もそうだし、「職員さんたちの会話を盗み聞きしてくる」なんていうものもあった。そうやって色んなヒトの噂を知って、更に調べて弱みを握って……を繰り返した結果、彼は一人部屋を手に入れたのだ。ちなみに私は4人部屋だったけど、不満は無かった。みんなといるのが楽しかったから。
「危ないことばっかりしてるから、生命力が低いままなんだよ」
『オープン』で見る彼のステータスは、数年前からずっと4で止まっている。
「外でお仕事するのも大事かも知れないけど、もっと安全なのにして欲しいよ」
「あー……やっぱ毎回はキツいか、治療?」
「そういうのじゃない」
実際、法術はちょっと苦しい。使い続けるとめまいがしてくる。でもこの機会を他の子に譲るつもりは無かった。
「ならせめて院票を正規レートで受け取れよ。仕事ってのはそういうもんだぞ。で、それでもっと菓子とか食え、食って太れ」
「お菓子はここで食べられるからいいもん」
街の食べ物屋さんの顔馴染みになっていた彼は、手に入れたお菓子や食べ物をお土産と言って手渡してくれた。私のお気に入りは特に多かった気がする。甘いお芋とか、酸味のある木の実ジュースとか。
「そうじゃなくて、ネモって色んなところで働き歩いてるでしょ? 顔が広いって職員さんからも聞くもん。なら卒院してもどこか雇ってくれるよ。学者さんの道だってまだまだ――」
「それがだな、どこもかしこも長期雇用は断ってきやがる。生命力4がネックだってよ」
「一日中働いても怪我してもピンピンしてるのに? 信じてもらえないの?」
「せめて俺も法術の才能がありゃなぁ……」
「じゃあ、じゃあここで働くのは?」
「あのな、孤児院ってのは国営機関だぞ。ああ見えて職員は全員エリートさまだ。俺の食い込める隙は無いマジで無い」
「脅せば?」
部屋を貰ったみたいに、と言うと、彼は渋い顔をした。
「物騒なこと言いやがる。誰の影響だ?」
私は黙って彼を指さした。彼はその手をぺちんと叩いた。
「一番現実的なのは……ギルドに所属して個人事業主だな。ハンターとかで登録ねじこめりゃいいけど」
「上手だもんね、狩り。この前の鹿肉、美味しかった! みんなも嬉しそうだったよ、ごちそうだもん」
たまに彼は狩ってきた動物を孤児院に安く卸してくれる。料理もこっそり手伝ってくれるから、そういう日は夕食に豪華なお肉料理が並んだ。
「問題は同業の奴らの性格が軒並み終わってるトコだな」
「毎日ケンカになるの?」
その日の傷は打撲傷と擦過傷。多分、お腹と顔を殴られたのだと思う。
「自慢していいか? 実は最近、カウンターがよく入るようになってきた」
「よく分かんないけど仕事の度にケガしてたら破産しちゃうと思う」
「いやいや法術士マリさんよ、そこはお前の出番だ。俺はお前が働く病院に通う。だから何とかオトモダチ価格で頼む」
「病院で働くより」
私はそこで声が詰まった。何だよ、と彼が訝し気な視線を向けてくる。
「……とにかく、私が治療してあげるね!」
「おう、頼む。まぁ何だ、流石に死ぬような無茶まではしねえから安心しろ」
彼はそこで天井を見上げた。睨むように見上げながら、独り言のように言ったのを覚えている。
「俺は二度と死にたくねえ」
もしかして、と思った。口にはしないが、彼は蘇生されたことがあるのかも知れない。外のお仕事で。きっと怖かったのだろう。怖い者知らずのような素振りをしているけれど、私は知っている。実のところ、彼は人一倍臆病で気弱だ。
「私、頑張る。で、ネモの傷はぜんぶ私が治してあげるから」
2年後。15歳の卒院前に、私はその言葉を反故にすることになる。
それが最初の裏切り。1度目の裏切り。




