第21話_ストラテジーオブ生存
「あのデカさであの速度で再生するとかアリかぁ……?」
イゾルデの声が聞こえた。まとめてぶっ飛ばされたヤツの一人だ。
ギシギシと軋む音が鳴っている。直上の瓦礫が押し込まれているのだ。誰か一人でも力を緩めると、瓦礫と瓦礫の間に出来上がったこの空間など一瞬でペチャンコだろう。
「相手にせず先に進むのはどうだ?」
ぶっ飛ばされたヤツ兼瓦礫を支えているヤツの一人、カルディンだ。額からダラダラと血が流れている。
「この広さだ。次の道を探している間にすり潰されるのが関の山といったところだろう」
ぶっ飛ばさ……もういいか。瓦礫を支えつつノクトが言う。結局、みんなまとめて瓦礫の隙間に追いやられているという訳だ。カルディンとノクトが天井とそれに連なる側面の石塊を外側へ押し続けている。外のゴーレムはまだまだ圧迫祭りを続けたいようで、これにはヴァンパイアも結構こたえているらしい。汗を流している。
唯一の救いは、法術士ミレナが彼らに強化法術を掛け続けていること。だが術を行使する負荷は血を延々と抜かれ続けるのに近いと聞いたことがある。実際、隣のミレナの顔色は加速度的に悪くなりつつあった。腹に手を当てているが、流石に強く打ったからだろう。まさか空腹とは言うまい。
「お腹減ってきました……」
言いやがった。
「ねえネモ、やっぱりちゃんと思い出して! どうやって前に脱出したのか! じゃないとホントにここで終わっちゃう!」
「ネモ自身が分からないと言うのであれば、偶発的な事態によるものと考えるしかないだろう! つまり運が良かった――」
「ありえないもん。ネモに運は無いから」
断言しやがった。カルディンも言葉なく主張を引っ込める。だがまぁそうするしかないというのは分かるし、何よりフォローしようとしたカルディンにも申し訳無く感じた。いや申し訳無いのは彼だけではない。
「カケリ……お前にも本当に申し訳ないと思う。ごめん」
狭いせいでカケリは俺の膝の上に座るしかなく、緊迫した表情が間近にある状態だ。俺は蚊の鳴くような声で応えるのが精一杯だった。
実際問題どうしようもない。仮に何とかここを抜けたとしても、また次の部屋があるに違いない。もっと巨大でもっと凶悪なゴーレムがいるに違いない。しかも再生するに違いない。そして絶対に複数出て来る。
「他のみんなもごめん。俺が巻き込んだ。謝っても謝りきれない」
何だか前世のことを思い出していた。いつも謝っていた気がする。ごめん、ごめんなさい、申し訳ありません、すみません。そんな言葉を吐き続けた記憶ばかりが蘇ってくる。
だから死んだのかも知れない。
「本当に……俺一人でサッサと死んでおけば」
「フン!!」
突然、顔面に強い衝撃が走った。強いというか重い。狭いせいで背後のイゾルデに抱えられるような形になる。目をパチパチさせていると、どうやらミレナが全力の右ストレートを放ってきたようだった。
「メンゴメンゴうるさいんですよ!! 気持ち悪い!!」
「あっハイ。すみませんでした」
「ちっがーう! 違うでしょ!! あなた何か違いますよ! 昨日までと! 今と! 全然! 圧倒的に気持ち悪い!!」
いいですか、とミレナは俺の胸倉を掴んだ。カケリは器用に頭を退かせているので、ガンギマリのミレナが真正面から俺を睨む形になる。
「謝ってる暇があるなら何か考えなさい! 右手切り離してまで生き延びたくせに、五体満足で今更死のうとか愚かのフルコースです!!」
「お前なんでそんなに飯のことばっかりなの?」
「すべての時代のすべての法術士を代表して言います!! 生き汚いなら最後まで生き汚く生きなさい!! 治療の甲斐もなく諦めて死ぬとか全法術士が助走つけて殴りつけるレベルの害悪ですから!!!」
全法術士。
全法術士?
「……法術士には一つだけ攻撃の術があるよな」
記憶の奥から音がした。実際のところは幻聴だろう。だが喩えるならそれは、デカい錠前のロックが外れたような音だった。
「あの時、俺の仲間はそれを使った」
ミレナの顔色が変わった。「あたしも知ってるぞ」とすぐ後ろでイゾルデの声。
「地形を変動させる術。ウチの国にも鉱脈だけ持ち上げられるヤツがいるぜ」
「違う、そりゃ攻撃に応用できるってだけだ。俺が言ってるのは光と熱で相手を吹き飛ばす……要は自爆の術だ」
法術士マリ。この世界における俺の幼馴染で、あのダンジョン探索任務へ俺と共に向かったヤツ。ソイツは最後にあの術を使った。「一緒に行けなくてごめんね」と俺を振り返りながら。
「諦めて死ぬのが法術士にとっての害悪って言ったな。それが本当だとして、じゃあアイツは何であの術を使った?」
「……分からないですか? 分からないんですか? 本当に?」
ミレナが再び拳を握る。傍目にも見えるくらいに力を込めている。プルプルと震えているからそれが分かった。
だが、コイツは何か勘違いをしている。
「仲間を助けるために決まってるでしょう!? 本当に、そんなことも理解出来ないって――!?」
「違う。それはごまかしだ。そういう感傷的なヤツ以外だ。他に理由は無いのか?」
そう、俺はごまかしていた。
すべての法術士が諦めることを嫌うというのなら、アイツはあの時、諦めて無かったってことじゃないのか。
改めて思い起こしてみる。アイツはあの時――バカデカいゴーレムに仲間の何人かがミンチにされて、こういう瓦礫の隙間に俺たちを誘導して――それから術を使った。俺はその瞬間を見た。
細いアイツの体が一瞬で膨れ上がった。餅みたいにだ。そして弾けた。法術独特の黄金色の輝きがアイツの体から溢れ出して――冗談みたいな爆発が部屋全体に広がった。
「石人形を破壊するためだろう。覚悟を決めた若造ならば、そういう手段も採る」
「いいや違うね。あたしには分かったぜ」
不意にイゾルデが俺の肩をガシリと掴んだ。振り返ると、イゾルデは赤い瞳の中に、更に紅い炎を宿している。
「ハッキリ言ってやる。テメェのその仲間! すげえ頭が良い!!」
何だかそこはかとなく匂いがした。アホの匂いだ。イゾルデは俺を押しのけ、小柄な腕に力を込めた。それは一瞬で丸太のように強張り、更にドワーフは天井代わりの瓦礫に手をかける。
「行くぜオイ!!」
止める暇すら無かった。イゾルデは弾丸のように跳躍して頭上の瓦礫を吹っ飛ばした上、ゴーレムの腕を斬り飛ばし、更に跳ねた。気炎を上げて戦斧を振り回す姿は赤い竜巻のようだ。
「なにしてるんですあのヒト!?」
当然ながら瓦礫から俺たちも押し出され、ゴーレムの猛攻が始まる。カルディンが俺とカケリを、ノクトがミレナをそれぞれ抱えながら、振ってくる瓦礫とゴーレムパンチの雨を回避することになった訳だ。訳だが。
俺は思わず呟いていた。
「アイツ天才だ」
無論、イゾルデに対しての評価である。お世辞でも皮肉でもない。本気でそう思った。
イゾルデはゴーレムなどまるで相手にしていなかった。ドーム型の部屋、その壁を猛烈な勢いで戦斧を振り回し続けることで登っていたのだ。デカいタイヤで壁面を駆けているようなもので、当然ながらその軌跡により壁から天井にかけて一筋の亀裂が入っていく。それで俺も答えに辿り着いた。即ち、なぜあの時アイツが――法術士マリが、自爆を伴う強力な法術を発動したのか。
「ネモ、あれどういうこと?」
「ダンジョンをブッ壊そうとしてる」
「えっ???」
「天井の岩盤を吹き飛ばそうとしたんだ」
「バッ……馬鹿では?」
カルディンが極めて無礼な発言をした。しかし、それは手段を持たざる者による井の中の蛙的発言であると言えよう。
ダンジョンは内部が変化する地下遺構だ。下手に中をさまようより、天井をブッ壊して出来上がった縦穴を登った方が手っ取り早く外を拝める。
「でも、昔のネモはそうやって帰ったんじゃないんだよね? それにいくら強い術だからって、岩盤を丸ごと吹き飛ばすなんて無理……」
カケリはそこで言葉を切った。相変わらず瓦礫が降ってくるが、ゴーレムのパンチは来ない。恐らくイゾルデのやろうとしていることのほうがマズいのだ。天井を駆け回る赤いタイヤ、即ちイゾルデに向けてパンチを積極的に繰り出している。
「そっか。吹き飛ばすのは無理だったけど、衝撃と亀裂で部屋の外に出ちゃったんだ。元の道に戻っちゃったみたいな……それで侵入判定と処理順序がヘンになって……」
「カケリ。細かくは聞かねえけど、今の俺たちにも同じ脱出方法が使えるか?」
コイツがいよいよ何者かは分からないが、ダンジョンについて俺より詳しいのは確かだ。ならば、と思ったが、カケリは首を振った。
「分かんない。でも無理だと思う。
多分だけど、ネモが帰れた時って部屋に入って結構すぐにドカンしたんじゃない? それなら内部構造の変化がまだあんまり起こってない状態だから、部屋の外に繋がるかもだけど……私たちはこの部屋に入って結構時間経っちゃってるし……あ、でも」
ブツブツと言うカケリは、そこでポンと手を叩いた。
「もしかして私が正しく認識されれば良いだけ? そうすれば直通出口を……でも時間とパワーが……」
「時間なら作れる。パワーってのは?」
「えっとね、そのままの意味! 出力みたいな。だからね、えっと……」
「分かった。俺から絞り出せ」
先を読んで言う。少し言い淀んだということは、つまりそういうことだろう。コイツは俺を乗っ取りつつあるのだから。
「どうせ乗っ取りが速く進むとかそんなんだろ。で、残25日の期限はどれくらい減る?」
「10日分……くらい?」
聞いておいて頭がちょっとクラクラした。カケリと『呪文』で契約したのが、俺が気を失ってた時間を含めて約4日前。ここから更に残り時間の10日分が消える訳だ。
「それでもいい?」
「絶対何とかしろよ」
結局のところ、それは問題の先送りなのかも知れなかった。いま肉体的に死ぬか、10日後くらいに精神の消滅を迎えるか。差なんてほとんどない。
そのほとんど無い差で、昔馴染みが走って殴りかかってくるか穏やかに眠っていられるかが選べるのだ。どう考えても睡眠の方がいい。それに死人に殴りかかられる趣味は無い。
「ノクト! 時間を作るぞ!」
実は先ほどから指一本動かせなかった。思ったよりもゴーレムに対する恐怖は深く体に刻まれている。だが今は、声だけ出せれば何とかなる。
「イゾルデの所まで連れてけ! 全員だ!!」
「時間を作る? この瓦礫降りしきる部屋でか? 本当に可能なのであろうな」
「ガタガタぬかすな、やれ!!」
ノクトが舌打ちをした。同時に、黄金色の輝きがノクトの全身を満たす。ミレナだ。
「ノクトさま、お願いします!」
ヴァンパイアが傍を走るカルディンへ手を伸ばす。そしてそのまま俺たちごと全力で跳んだ。両手をブンブン轟音を奏でながら振り回す高層家屋的ゴーレムの体を駆け上がり、未だにタイヤと化したまま天井を駆け巡るイゾルデへと跳ぶ。
「カケリ、しばらくまたお前の力を借りる。すぐに起こす」
『オープン』と俺は言った。カケリが何だか笑ったように見えたが、すぐにその身体は光に包まれ、長い長い漆黒の裂布に変化する。
俺はイメージした。イメージだけでカケリはその形状を取ってくれる。俺がイメージしたのは、杭だ。
「カルディン、全員抱えてろ! お前が手放したヤツから死ぬ!」
「いきなり責任が重くないか!?」
「イゾルデ!」
「何だぁヒューマン!」
どんな風に見えたかは不明だが、とにかくイゾルデは見たハズだ。裂布を何百重にも織り込み巻いて作り上げた、俺たち全員を中に格納している4メートル長の大きな杭。あるいは弾丸。
カケリの硬度は俺の意識によって柔軟に変化する。カルディンのお仲間を鎧ごと斬り裂けた実績もある。だからとにかくクソ硬いものをイメージした。筋力40の渾身の一撃でもブチ壊されないようなヤツだ。
「撃ち込め!!」
「センスがイマイチだなテメェ!!」
多分イゾルデは俺の狙いなど何も分かっていなかった。だがやった。杭の後方に全力で斧撃をブチ込んだ。よって一般的な重力加速度など裸足で逃げ出す勢いで我らが杭は弾丸として射出された。
一瞬、思った。ゴーレムを狙え、とか言っても良かったかも知れない。だがまぁ、いい。それに意味は無い。むしろ邪魔だ。
弾丸と化した俺たちはゴーレムの足元へと猛スピードで着弾した。そして止まらなかった。深く深く突き進んでいく。楔的なナニカとしてゴーレム部屋の床を――部屋の外を目指して。
我が寄せ集め冤罪テロリスト集団を追うように、無数の瓦礫がその穴を埋めたに違いなかった。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
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