第20話_アイコールザット死
俺は多分震えていた。自分でも驚くくらいに震えていた。震えて脳天に石の塊が落ちてくるのを待つしか無かったのだが、次の瞬間にやってきたのはガンという破砕音だった。
見るとゴーレムの半身は吹き飛んでいた。俺の目は点になった。
「なにビビってんだバカか!?」
ぐい、と首根っこを引っ掴まれて体を持ち上げられる。戦斧を片手に持ったイゾルデが訝しげに俺を見ていた。
「……助けてくださりありがとうございます……」
「はァ!? あたしが殺すのに先に死なれちゃ――」
「うしろ!!」
カケリが怒鳴った。イゾルデが猛然と戦斧を振るう。俺たちが放り投げられるのと同時に、ヤツの背後に迫っていた別のゴーレムが腰から上を吹き飛ばされた。しかしその後ろにもゴーレムはゾロゾロとやってくる。2体、3体、5体、7体、11体……。
記憶がフラッシュバックする。数年前だ。ゴーレム連中に取り囲まれた学者の一人が砂になるまで殴り殺された記憶。
「上等だ石人形ども! 来いやコラァ!!」
しかし戦斧を振り回すイゾルデは元気いっぱいである。ちなみに俺とカケリはイゾルデの活躍の最中でカルディンに救出された。何も言わずに部屋を突っ切っていく姿は薄情な気もするし判断力に満ちあふれている気もする。
そんなこんなでその部屋は通過できた。あまり広くない、直径十数メートル程度の部屋だった点も大きい。ダバダバと走って、少し経って、ようやくみんな立ち止まる。
「あのヒト、大丈夫でしょうか?」
「大丈夫! 筋力が40以上あったから!」
「40……!? ドワーフにしても規格外が過ぎるぞ」
「頭は悪そうだが使える。どこぞのヒューマンと違って」
ヴァンパイアが皮肉っぽく言ったが、言い返す気にもならない。その通りだからだ。
「そんなにあの石人形が怖いか? 我々は似たようなものを既に幾つも壊してきた。若造、貴様が寝ている間に……何だ寒いのか?」
歯の根が合わない、という言葉がある。今の俺はそれを体現していた。顎から、いやもっと根元から身体が震えている。だから言葉が出ない。
「あんな出来損ないの魔物紛いよりも私の方が余程恐ろしいハズだが」
「あおるのは止せ。恐らく一種の恐慌状態にある。かなり強硬な恐慌だ」
この状況でギャグる意味が分からない。これは無意識と見た。
「恐慌? 皿の上に乗ったヒトの首見ても平然としてるヒトが?」
「過去のダンジョン探索でよっぽどの目に遭ったのだろう」
「一晩でテロリストにされるよりも酷い目にですか? それに今は死んでも蘇らせてくれるスーパー法術師の私がいますけど?」
「なぜ自分を詰める……」
「私がいない間に愉快な仲間が出来たんだね、ネモ」
カケリは変な笑い方をした。どういう感情だ、と突っ込もうとしたがやはり歯の根が合わない――と、そこで突然首をガシリと掴まれた。ノクトだ。
「ええい腹が立つ」
そう言ってノクトは俺の首元を思いっきり噛んだ。思わず「ぎゃあ」と声が出る。同時に震えが止まり、俺は踊り出していた。右手と左手を顔の近くでひらひらと動かしつつ小刻みなステップを踏む。
「何がぎゃあだ。女が苦手だと言っていたのはどこのどいつだ」
「女はもちろん男にも首は噛まれたくねえよ!」
声が出た。身体はまだ踊っている。何が面白いのかカケリも一緒になって踊り始めた。俺は理解した。
「お前! 操ってやがんな!! 俺を!!!」
ヴァンパイアには他者を眷属に変えてその行動を支配するという能力がある。コイツはそれをやったワケだ。血を吸うことで。
「硬く塩気がきつく貧しく下品な味わいだった。さぁ行くぞ、さっさとこの狭苦しいトンネルを抜ける」
「酷評してんじゃねえよ!」
「ねえネモ。前はどうやって帰ったの?」
ふとカケリが真剣な声色で聞いてきた。と言ってもヤツは俺と同様にまだ踊っている。つまり俺とカケリは盆踊りよろしく踊りながら歩んでいるわけだ。
「それ! それ私も気になってました! 死ぬ死ぬって喚く割には今ちゃっかり生きてるじゃないですか!」
「資料を見たが、生存者は他にもいたな。つまりネモ、お前のかつての行動をもう一度実践すれば」
「分からん」
フラッシュバックする。頭の奥でチカチカと、あの時の言葉が脳細胞を蹴り飛ばす。
一緒に行けなくてごめんね、とアイツは言っていた。あの時に一緒にダンジョンに潜った法術士の言葉だ。俺と同じ孤児院から出たヤツ。
俺によく話しかけてくる、奇特なヤツだった。
「分からん?」
「分からんハズが無いだろう」
「分かりました! 実は来た道を戻るだけで出られたとかでしょう?」
「違うよ。道は途中で消える」
胸を張るミレナをピシャリとカケリが刺した。無論、踊りながらだ。
「消えるっていうか、侵入者が戻ろうとしたら中の構造が組み替えられるの。だからネモの場合、何かのキッカケで侵入状態が解除されたんだと思うんだけど……」
キッカケ。フラッシュバックする。膨大な光と熱が眼前を覆い尽くした記憶。
頭が痛い。息が上がってきた。
「おい踊るのシンドイんだけど!?」
「心配するな、骨が折れても踊り続けられるようにしている」
「なに踊ってんだァ!?」
「うわっ!」
全員が跳び上がって驚いた。いつの間にやらイゾルデが俺たちのすぐ後ろまで来ていたのだ。汗だくだが怪我は無いらしい。
「テメェら……! この……! 全部押し付けやがって!!」
流石に10を超えるゴーレムの相手はキツかったらしく、息が上がっている。一応は命の恩人なので、俺は「お前の無事を祈ってダンスを踊ってたんだよ」などと言ってやったりした。すると相手はニカっと笑った。
「そうか! ありがとうな!」
「ケガないです? 微妙にやる気が湧かないとは言え、多少なら治療してあげなくもないですよ」
「無えな! 動きは遅いキレは無い、ただ硬えだけだった!」
ガハハと笑うイゾルデ。良かった良かった、などと俺たちも笑う。和やかな空気が流れる――。
「ってかあたしはテメェらの首ィ取るんだっつってんだろ!」
「やはりごまかしきれんか」
急に戦斧を振りかざしたイゾルデにノクトが舌打ちをする。俺たちは一斉に走り出した。俺の身体も自動的に走っている。但し両腕は未だに舞踊の振付けを伴ったまま。
「なんでまだ踊ってんだァ!?」
咆哮が後方から聞こえるが俺の息もいい加減上がっていて何か返す余力など無かった。むしろ視界が白くなって気を失う一歩手前だ。いや、実際のところ失神していた可能性は大いにあり得る。何故なら気づいた時、俺は既にその部屋にいたから。
部屋、というにはあまりにも広かった。ちょっと贅沢な野球場くらいはある、恐らくは半球状の、そしてすり鉢型の空間だった。
そこにそれは建っていた。
誤字ではない。"立つ"、じゃなくて"建つ"だ。高層マンションを見て"立っている"と表現するヤツはいないだろう。まぁつまり――その部屋にいたゴーレムは40メートル以上あったワケだ。
これには流石のアホ共も予想外だったらしい。みんな巨大ゴーレムを見上げて固まっている。エキスパートのイゾルデですらだ。要するに声を出せたのは俺だけだった。
「伏せろ!」
竜巻のような音が迫ってくる。カルディンが俺とカケリを抱えて全力で前のめりに跳んだ。やや遅れて後方から衝撃が体中を貫く。耳がイカレてキンキンと鳴ったが、その中でも声が響いたのはカルディンが相当にデカい声を出したからだろう。
「二人ともしっかり捕まっていろ! アレは流石にシャレにならん!」
「でも見てホラっ! すごい!!」
粉塵の中で跳躍した姿を見せたのはノクトだ。ミレナを横抱きに抱えている。法術で身体能力を強化してもらっているらしい。ヤツはそのまま巨大ゴーレムの胸部へ吶喊していき、その豪脚を叩き込んだ。
雷でも墜ちたかのような衝撃音がダンジョン内に連続して響いた。連続? 疑問に振り返るとイゾルデが先程振り下ろされた巨大ゴーレムの腕を戦斧で弾き飛ばしているのが見えた。無茶苦茶だ。一軒家で殴り掛かられたようなものだというのに。
「でもダメだ」
高層マンション的オブジェクトがぐらついて倒れ、突風のように衝撃が吹き抜ける。腕や体躯にヒビくらいは入ったハズだ。だが再び豪風が吹き荒れた。巨大ゴーレムがもう一本の腕を突き出してくる。
カルディンが獣のような雄叫びを上げながら踏み込み、全力で跳ぶ。一手遅れてゴーレムの突き。それは後方にいたイゾルデに真正面からぶつかった。
「いいぜやってやらぁ!!」
アホが戦斧を振り下ろし、巨大ゴーレムの腕が崩壊する。無数の石つぶてが宙を舞う最中、前方の絶望を俺は目にした。
瓦解したゴーレムの左肩から新たな腕が形成されていく。
「はぁ!?」
イゾルデが叫んでいる。跳ねまわるノクトが形成されたばかりの腕を蹴り砕く。地鳴りと共にゴーレムはその体躯から新たな腕を創り上げ、ノクトらに振り回した。咄嗟にヴァンパイアはミレナを庇ったが、とにかくノクトはバットの芯に当てられたボールのようにこちらへ吹き飛んでくる。俺たちにぶち当たる。
骨が折れる音があちこちで響く中、俺たちはみんなまとめて壁面に叩きつけられた。




