第18話_アイコールイット地獄
『ダンジョン』とは煮詰めた地獄である。……いや、もう少し客観的な説明をしよう。
『ダンジョン』とは、世界中に点在する巨大な地下遺構を指す。
いつ頃からこの世界に存在しているのか、それは定かではない。世界各国にあり、かつそのどれもが共通した意匠とのことなので、遥か昔に存在した共通国家が何らかの意図で創り上げたものなのだろう……とは言われている。が、真偽は分からない。
分からないものを確かめたくなるのは生命体のサガということなのだろう。大昔からこれら『ダンジョン』には無数の命知らずたちが挑戦してきた。つまり深奥に何があるのか、あるいはそれらが何のために創り上げられたのかを調べるためだ。奥底に古代の叡智やアーティファクトが眠っているかも知れないという大げさに言うまでもなく愚か極まりない夢想を持って臨む者もいた。
で、彼らが何を得られたのかというと、ハッキリ言って失うモノの方が多かった。まず入ってきたヤツは大概が帰ってこない。仮に帰ってきたとしても大した情報も土産も無い。そういうことがアークベル国の建国よりも更に古い時代から世界中で発生していると聞く。
分かっていることは3つだ。それら地下遺構は非常に堅牢で、何百年あるいは何千年もの時の経過にもかかわらず稼働し続けているということ。定期的にその内部構造が変化するため地図が役に立たないということ。そして――入り口と出口が別々に存在しており、内部をトンネルのように突っ切ることが出来る可能性があるということ。
「ここに入って大体二日といったところだ。貴公はずっと眠り続けていた」
目を覚ました俺にカルディンはそう言った。俺はヤツに背負われていた。カケリの一枚布はマフラーのように俺の首に巻き付けられている。
「眠り続けていたのは、傷の再生に体力を使っていたからだろう。右腕は動くか? 不届きエル――いやミレナが接合してくれたはずだが」
「ちゃんとくっついてますよ。骨だってそろそろ大丈夫なハズです。何気にちょくちょく回復してあげてるんですよ? 感謝の言葉を複数欲しいです!」
「……」
感謝は大事だ。そんなことは分かり切っている。だがそんな気になれなかった。このアホ共は揃いも揃って来てしまったのだ。煮詰めた地獄に。
ちょうど、アホ共は通路を歩いていた。
せせこましいものではない。両腕を広げた大人が横に二人並んでも大丈夫なくらい幅は広く、肩車をしても届かないくらいに天井は高い。おまけに床面がわずかに発光しており、うす暗いとはいえ明かりの心配はない。
問題は物凄く長いということだ。前を向いても後ろを向いても長すぎて先が見えない。暗い青色の壁には楔形文字のような彫り込みがビッチリ描き込まれていて、見ているだけでも気が狂いそうになる。基本的にダンジョンとはこのような直線通路が悪夢のように続いているものなのだ。
俺は知っている。この通路には緩やかな傾斜があり、ビー玉でも置いたら延々と奥へ転がっていくことを。壁面は妙に湿っていて、それが訪れたアホ共の足音を呼吸のように吸っていることを。
「意識が戻ったのなら自分で歩いたらどうだ若造」
先頭にノクトがいる。その後ろにミレナ、その後ろにカルディンと俺。一列縦隊。一応警戒はしているらしい。
「つまらぬ構造物だ。これを恐れていた貴様もまたつまらぬ。ただ長いだけではないか」
「ダンジョンに入ったヤツありがちセリフランキング上位に食い込む感想をどうも。めでたい頭の出来で羨ましいぜ」
「ケンカはダメです!」
「そうだ、下らんいさかいは止せ。ここらで休憩にしよう。ネモもノクトも飯を食って苛立ちを鎮めるのがいい」
カルディンがそう言って立ち止まる。俺は「妙にしゃべるなコイツ」と思った。背から降ろされると、脚がガクガクと笑っている。身体に嗤われているかのようだ。
「なお食糧は我々が用意したものだ」
ノクトが肩に背負っていた革袋を下ろす。中から飲み水やカンパンのようなものを取り出しながら。
「感謝するといい。私ではない。これを持っていくように指示したアマリス様にだ」
「いちいちマウント取らねえと会話出来ねえのか? まぁいいや、残りわずかの余生をせいぜいキモチ良く過ごしとけ」
「死を確信しているかのような言い草だな」
ノクトが鼻で笑った。カルディンとミレナは俺とノクトの顔を忙しなく見比べている。コイツらは気づいていないのだ――自分も間もなく死ぬということに。
「生憎だが我々は貴様ほど弱くはない。現に――」
「部屋は幾つ通ってきた?」
問いかけるとノクトは目を細めた。
「……4つだ」
「そうか、ご苦労さまだ。お前ら休憩するなら今のうちに辞世の句でも詠んどけ。恐らくそろそろヤバいのが来る」
俺の時は6部屋目だった、と言うと、地獄の渦中にあるアホ共は一斉に互いを見合った。……そう言えばもう一人、地獄の渦中に連れてこられたヤツがいる。
「カケリ。『クローズ』」
呪文を呟くと、真っ黒なマフラーが輝きを放つ。少女の姿が光の中で象られていく。
「わっ。ネモ! 勝った?」
「生きてはいる。終わりは近い」
真剣にそう言ってやったが、カケリはニコリと笑ってハイタッチでもしようというのか片手を上げた。が、その途中で気付いたらしい。きょろきょろと周囲を見回し、やがて。
「待って。……待って。ここって」
「『ダンジョン』ってところだ。またの名を煮詰めた地獄と――」
「わーーーっ!! バカーーーっ!! 何でこんなところ入っちゃうの!?」
カケリは叫んだ。見たことのない狼狽ぶりだ。くるくるとその場で足踏みし、周りの面々を見回し、俺の肩によじ登ろうとし、やっぱやめて、頭を抱えてしゃがみこんだ後に俺の腕を揺すってくる。
「ねえねえ! お願いネモ、ウソだって言って! ここってあたかもダンジョンであるかのように内装を凝らした新感覚テーマパークなんだよね!? わざわざ本物に入り込むようなバカじゃないもんねネモって! お願いお願いお願いっ!」
「カケリ……」
正直なところ俺は少し感動してしまった。こいつは他のアホとは違う。コトの重大さをしっかり理解している。
「すまん。お前を家に連れて帰ってやるのは無理だ」
「そんなっ、諦めないでネモっ! ねえねえもしかしてまだ1つも部屋を通ってないとか!」
「4つ通過済みだそうだ」
「バカーーーっ!! まだ表層なら何とかなったかもしれないのにっバカっ、バカバカバカー!!」
「おいアホ共、カケリ嬢がこの通りご立腹だ。土下座くらいしたらどうだ」
「あなた、もっと深刻になれないんですか?」
ミレナがバカにしたように言い放つ。だが本当の馬鹿はコイツだと確信しているので何も返さない。しかしここでこの哀しき罵倒合戦に終止符を打つ男が現れる。
「なぜ君はダンジョンの内部構造を知っている?」
カルディンだ。ご丁寧に剣まで抜き放ち、俺の腕を掴んだままのカケリに向ける。
「ちょっと! だからケンカはダメで――」
「面妖が過ぎる。身体を変化させる奇妙な術のことではない。その知識のことだ」
なるほど、と俺は思った。何も考えないアホ筆頭だと思っていたが、指摘している点は確かにその通りである。
「ネモは分かる。彼はかつてダンジョンから生還したことがあるからな」
「何でお前がそのこと知ってんだ」
「討伐相手のことを調べておかないほど自分はウカツではない。……ああもう割り込むなややこしい!
いいか、自分とミレナとノクトはここに来て初めてこの地下遺構の構造を知った。長い通路とそれに連なる部屋、そしてそこに湧く奇怪な石人形のことをだ。
しかし君は違う。構造も意匠も知っていた。おまけに『表層なら何とかなったかもしれない』だと?」
「そんなこと言ったかな?」
「さぁ? どうでも良すぎて覚えてねえ」
「話の腰を折るなややこしい!」
二度目の叱責は若干マジだった。俺が口をへの字に曲げると、隣のカケリも同じようにへの字に曲げる。ガキかこいつ。いや見てくれは確かにガキだ。ガキなのだが。
「何か知っているなら話してくれ。自分も騎士の端くれ……だった者だ。女子供に拷問をしたくはない」
「拷問だって」
カケリはそこで嗤った。ガキというには少々大人びた――底意地の悪い笑みで、だ。
「それで何か変わると思ってる? 何か分かったら何とか出来るって思ってる? そんなやさしいシステムだと思ってるんだよね?
無理だよ。もう知ってるでしょ? ここは侵入者として認識した者を摺り潰すの。通ってきた部屋にいた人形のこと分かる? 部屋を通るたびに段々硬く強くなっていったでしょ?」
それがずっと続くんだよ、とカケリは言った。
「侵入者は帰さない。侵入者は2つに1つ。お腹ペコペコで死ぬか、人形に殺されるか。必ずどっちかなの」
「……何者だ、君は」
カルディンがぐっと剣を握る。本気で構えている。切っ先は真っすぐカケリの額に向いている。
「何が目的でネモと共に居る? どうして布に変化する? 君と同じ術を使う男たちと戦った。彼らと君は知り合いだったのか?
君は……ヒューマンではないのか?」
「そうだよ」
カケリがそう返した瞬間、ダンジョンの奥で何かモノが落ちるような音がした。空気にズン、という重低音が伝わってくる。定期的にこういう音は聞こえるが、今のはかなり近く、濃い音だった。
「君は……人族か? それとも魔族?」
「違うよ。私は」
カケリはそこで、隣に居た俺を見た。そして、ワザワザ俺の目を見て言った。
「化物」
再び、ズンという音が響いた。俺は知っている。それが死の足音であることを。




