第16話_ロケット拳
前提として、チハヤ・ユキマ兄弟は奇妙な術を使っている。
この内、前者の術は血と熱が関係している気がする。燃え崩れた会談部屋、熱風、煤けたカルディンと女ドワーフ、そして必要以上に両腕から流れている血。何か関係がある。だが詳細は不明。
後者――弟のユキマに至っては何も分からないに等しい。だが何か兄を補助している。でなければカルディンと女ドワーフの2人がかりでチハヤにマトモにダメージが入っていないことに説明がつかない。女ドワーフのことは知らないが、少なくともカルディンのステータス平均は20以上。部隊を率いる達人だ。何も出来ないというのは考えづらい。だがやはり、詳細は不明。
不明。何も分からない。これはもう動かしようがない。
つまり俺がなすべきは一撃必殺だ。相手の術も正体も、何も分からなくても殺せる一手が必要になる。
故に俺は、宙に放った最後のナイフを蹴り飛ばした。体を捻って放つ回し蹴りの要領で。ナイフの柄を的確に捉え、蹴撃による投擲は真っすぐチハヤの心臓へ飛ぶ。
「なんだそりゃぁぁ」
向かってくるチハヤの唇が歪んだ。避けることすらしなかった。血まみれの両腕で長剣を突き出してくる。切っ先が俺の頭を狙っている。
音が消えた。灼熱に交じって酷い冷気が体に纏わりついてくる。
投擲したナイフがチハヤの胸に当たるのが見えた。僅かな傷を与えた代わりに、その切っ先はグニャリと潰れた。俺は首をひねった。ひねりながら。
「ミレナ!」
かき集められるだけの力で右腕を振った。
「法術!!」
「もう!!」
ミレナが呆れ返ったような調子で言ったのが聞こえた。ところで話は変わるが、モップを振り回していて先端だけフッ飛んでいった経験は無いだろうか。空のペットボトルの口に箸を突っ込んでブン回した経験でもいい。
何が言いたいかというと、俺はそれをやった。右腕でだ。
「ロケットパンチ」
呟いた瞬間に吐き気が巡った。法術でブーストされた筋肉は肉体への負荷など一切考慮しない。例え先日繋ぎ合わされたばかりに加えフォークがブッ刺された極めて脆い右腕でも乱暴に振り抜こうとする。故に右腕は千切れた。ここが法術の起点だったことも影響している。
とにかく、右腕は狙い通り切り離され、質量兵器と化してナイフ先輩の背中を押した。
音が戻ってきた。破裂音が脳を揺らす。
「マジか」
俺の右目に相手の長剣が食い込んでいる。
チハヤの肩から心臓までが潰れていく。
「『ハルガスミ』」
次に耳に届いたのは、呪文。兄が血を吐き吹き飛ぶ。弟がその最中で肉体を取り戻す。
「悪ぃユキマ。ミスった」
熱風が唸りを上げる中、俺とチハヤは互いに吹き飛んだ。俺は右腕を、チハヤは右上半身を失いながら。事態を察知したユキマが何か叫んでいる。悲鳴に近かった。
木とドワーフ、両の死体が無数に転がる中を転がっていく。声が出せない。肺が凍ったように固まっている。
畜生、と思った。
やられた、と思いながら痛みと吐き気に弄ばれた。
ヤツにユキマを解放された。すぐに反撃が来る!
もう祈るしか無い。祈ってどうにかなった試しなどこの世界に生まれてからマジで全くないが、それでも祈るしかない。カルディン、頼むからユキマを倒してくれ。達人だろ何とかしてくれ。
何とか――。
「無茶苦茶だな貴公は」
バン、と音を立てて体が受け止められた。脳がラジオ体操でもしているのか視界が安定しない。やはり声も出ない。硬いプレートアーマーの感触が背中にある。
馬鹿か、と思った。
俺に構ってる暇がどこにある? サッサとユキマを殺せ!
「不届きエルフ! ネモの治療を! 猶予が無いぞ走れ!」
「だから言ったのにっ、だから言ったんですよ私は!」
足音。声が聞こえるということは耳はイカれてないらしい。だが右目が変だ。いやそう言えばさっき斬られていた。左目だけで何とかユキマを捕捉しようとする。
ユキマは大声で泣いていた。
「兄さん! こんな、こんな……!」
馬鹿だ、と思った。
泣いている。首の千切れかけた兄の亡骸を抱いて泣きじゃくっている。死んだヤツに構ってる暇がどこにある、兄貴が何を思って変化を解いたと思ってるんだサッサと俺を――!
「許さない……!」
ユキマがゆっくりと振り向いた。俺と目が合った。
「覚えた。覚えたぞネモ。お前は必ず殺す」
ユキマは兄の亡骸を横抱きに抱えた。強く跳んだ。
跳んで、森へと消えて行った。
「……強敵だった」
「強敵だったじゃねえよ」
声が出せた。ミレナが杖を掲げ、黄金色の輝きを俺に灯している。右目も見える。
「助けてもらっててその言い草は無いんじゃないですか? 無礼なヒトはダメです!」
「あのな。皇帝の命令は『奴らの体を持ち帰って来い』だぞ。持ち逃げされちまってるじゃねえか!」
「あっ」
「あっ」
「あっ、おいネモ! 生きてたかテメェ~~~」
アホ2人は置いといて、三日月野郎の声がした。駆けてくる。黒煙がそこかしこで横倒しになった木の幹から漂い、ドワーフの遺体がそこかしこで転がる中を、「ヒデェってこれ」などと呟きながら。
「もしかしてもう終わったって? ドワーフたちの追っ手は全滅かぁ、こりゃいよいよ……って右腕ないじゃんよテメェ!?」
「お前らのせいだぞクソ」
近くまで来た三日月野郎の手には見覚えのある黒い一枚布が握られている。ついでに言うと三日月野郎は額からその尖った顎に至るまで大玉の汗を流していたが、結局間に合わなかったのだから役立たず以外の何者でもない。
「カケリが居りゃあ身を切る必要なんか無かった。腕もどっか行っちまった。これじゃ法術で再生も出来ねえ」
「そうですよ! 折角くっつけてあげたのにもう!」
ミレナがぷんぷん怒っている。そう言われても他に手段が無かったのだから仕方がない。
「しかし、結局は何も分からずじまいだ。奴らが何者だったのか、どうしてドワーフ連中は会談部屋で殺害されていたのか、その目的は何か」
「疑問に思うんなら今からでもアイツ追ってくれ。で、首かなんか持って帰ってこい」
「自分は貴公の監督役だ、離れるわけにはいかん」
「あ~、それなんだがよぉ御一行。ここだけの話、他の連中が来ない内にサッサと逃げた方がいい」
バツが悪そうに三日月野郎が言った。何となく先の展開が読めたが、悪い予感が外れてくれることを祈る。
「結論から言うとネモ、テメェらはテロリストにされる。二か国から同時に指名手配だ」
外れなかった。徹頭徹尾、我が故郷アークベルはクソだ。
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