第15話_ダンスウィズ血
「オープン」
呪文を発したのは両者同時だった。カルディン、そしてドワーフたちをほぼ殺害せしめた長剣の男。カルディンは「強いな」と顔をしかめ、長剣の男は「面白え」と笑みを浮かべる。返り血も相まって極悪に見えることこの上ない。
「見ろよユキマ! おっそろしいくれぇのザコが一人!」
「言われてますよ」
やかましい、と隣のミレナに吐き捨てる。向こうも向こうで苦労があるらしく、ユキマと呼ばれた男は白い溜め息をついた。
「だから言ったじゃないか。さっき屋敷で見た奴らだ――」
「そうじゃねえよユキマ! そうじゃねえ! あのザコを殺すぞ! そしたら今度こそ潮時だ! ココから退散だぁぁ!」
俺は耳を疑った。ついでに目も疑った。意味不明な言葉を聞いた。そして長剣の男は意味不明なことに長剣の切っ先をピタリと俺に向けてきた。
「えっ、ザコの方を殺すの? それよりあのドワーフが一番――」
「鷹の群れの中で雀が鳴いてやがる」
長剣の男は猛禽のようなその眼を細く細くした。その細い目でこちらを、っていうか俺をガン見している。威嚇の無駄遣いだ。
「俺には分かる。分かるんだぁぁユキマ。アイツはここで摘んどくべきだ。でなきゃいつか俺たち兄弟の邪魔をする。絶対する。なあぁぁ! するよなお前!」
「なんか声掛けられてますよ!?」
「知らん知らん知らん!」
「おいザコ! お前っ名前はぁぁ!?」
「あたしをォ!!!」
突然、魔獣の咆哮に似た大音響が森の空気を揺るがした。唯一人残っていた女ドワーフが、身の丈と同じくらいの戦斧を掲げて兄弟テロリストへと駆けていく。猛然と駆けるその姿は、2つ括りにした赤銅色の長髪と同色の胸当て、そして胴鎧のせいで、まるで火達磨が手足をつけて突っ走っているかのようだ。
「無視すんじゃねえェ!!!」
しかしドワーフの突進は轟音と共に停止する。長剣男――ではなく、その隣の『ユキマ』とやらが丸盾で戦斧を防いだのだ。
兄さん、とユキマが焦ったような調子で言った。
「やっぱり今すぐ撤退した方が――」
「ザコ! 名前はぁぁ!? 聞いてんだろ、そうか俺の名前かぁぁ! 俺はチハヤだイイ名だろ!?」
「……ネモ」
俺が返答したと同時にカルディンが駆け出した。どうやら猛獣のようなドワーフを利用して曲者兄弟を制すべしと考えたらしい。悪くない考えだと思う。問題は。
「ネモ! ネモな! よぉしユキマ!」
チハヤ、と名乗ったその長剣男が、予想だにしない行動を取ったことだ。
「ネモを殺ったら退散。約束だ」
チハヤは傍で戦斧を受け止め続ける弟・ユキマの肩に手を置いた。ユキマの目が驚きに見開かれた。
「兄さん、そこまでしな――」
「『シラツユ』」
ユキマの体躯が光り輝いた。まるで障害物が無くなったかのようにドワーフがつんのめる。そして駆けていたカルディンがチハヤに袈裟掛けに斬りつけた時。
「行くぜネモ」
チハヤは袖なしのベスト――真っ青なオッドベストを身に着けていた。そこからは圧巻と言わざるを得なかった。
崩れた体勢から更に踏み込んでドワーフが薙ぎ払った戦斧を、カルディンの袈裟斬りを、チハヤは陽炎のようにゆらりとかわした。かわしながら血塗れの両腕を振るった。鮮血がカルディンとドワーフに跳ねる。
瞬く間もなく鮮血は弾けた。炎の陣風がドワーフとカルディンを吹き飛ばす。チハヤは嗤った。嗤いながら強く大地を蹴った。
こちらへ向かってくる。一直線に。熱風を伴いながら。
鼻先が灼ける。
俺はナイフを一本宙に捨てた。
真っ青なオッドベストを翻して、チハヤが長剣を振り下ろしてくる。鍛冶場のような異常な熱気が空気をゆがませ、猛禽の眼光で心臓がすくみそうになる。
「危ない!」
「わっバカ!!」
ぐい、と左腕を掴んで引っ張られた。相手を引き付けるよりも前に俺の体は長剣ならびにチハヤから遠ざかり、蹴り飛ばしたナイフはあえなくチハヤの頬を掠めて終わる。ミレナはそのまま俺を抱えて走った。チハヤは笑いながら着地している。
「女に守られて生きてきたのかぁぁ!? 窮屈だぁぁなぁぁ!」
だが相手も笑っている場合ではない。カルディンと女ドワーフが煤塗れの顔でチハヤに突っ込んでいく。
三人の激闘が始まった。
「危なかったですよ! 私に感謝してくださいねもう!」
「ドウモアリガトウッ!」
舌打ちしながら残りの武器を懐に突っ込んだ手の中で数える。2本。ナイフとフォークが2本! 飛び退いた元の地では長剣のチハヤ、戦斧のドワーフ、両刃剣のカルディンが斬りかけられて避けて斬りかけて肌を裂かれてを猛スピードで繰り返している。互角ではない、生傷に加えて火傷のような傷がドワーフとカルディンに瞬く間に増えていく。
ミレナと共に距離を取った。チハヤが何か叫んでいる。多分、俺に向けて。
「ミレナ! あいつらのステータス教えてくれ!」
「自分で見ればいいじゃないですかそんなの! それより、さっき向こうのヒトがベストに変わったのって――」
「分かってる!」
ヤツは「シラツユ」と言った。途端に弟の姿が変化した。見間違いでも勘違いでもない。間違いない。
カケリと同じだ。
「分かってるからステータスを――あぁもういい!」
カルディンが跳ね飛ばされた。身に着けている鎧のそこかしこが溶けている。ドワーフの戦斧と同じだ。そしてチハヤの方は攻防が始まってから傷一つ負っていない。
あまりに一方的過ぎる。恐らく何かしている。自身の身体強化か、或いは――。
「ミレナ! タイミングよく法術頼む!」
「えぇ~?」
「俺の用事が終わったらアマリスの部下にでも下僕にでもなんでもなるホラお前の手柄だこれでいいか!?」
俺は歯を食いしばった。左手を使ってフォークを思いっきり右腕にぶっ刺す。「ちょっと!?」とミレナの叫びが聞こえた。
「なっ、何やってんですか折角くっつけてあげた腕を!!」
「目印!」
簡単な依頼だけ告げて、俺はミレナから離れた。転がっている木の幹とくすぶる黒煙を飛び越えて、ついでに最後のナイフを宙に放る。
チハヤがドワーフの顎に蹴りをブチ込んだのが見えた。
熱風が来る。
「ネモ! 殺してやるらぁぁ!」
血を垂れ流した両腕を広げ、一足飛びにチハヤが来る。真っ赤な羽根の猛禽だ。まともに戦えば俺などひとたまりもないことは明らかだった。
「いつか俺が邪魔をするって言ったな」
俺は息を吐いた。愚かだ。物凄く愚かなことをしようとしている。
「"いつか"なんてねえよ」




