第14話_ランウィズ3人
室内は血塗れだった。
会談場所として準備されていたその部屋には、細長いテーブルが部屋を両断するように置かれていた。手前側にも奥側にも椅子が5つずつ置かれていて、両国の使者が5名ずつ向かい合わせに座る手はずだったのだろう。が、生憎ながら先方は皆、血を流して寝転がっていた。
一人はテーブルにうつ伏せになって。一人は椅子にもたれかかるように。もう一人は壁を背にして。みな首が千切れかかっている。絶命していると見て間違いない。
そして犯人は明らかだった。
「なっ……」
「貴様ッ! 何者だ!」
ミレナが目を見張り、カルディンが剣を抜き、三日月野郎が盾になるようにヴァレリアの前に出る。全員が部屋の中央にいた2名に目を注いでいた。
少なくともドワーフには見えない男たちだった。
「どいつだぁ?」
そう尋ねた男は、何か木炭のようなものを右手に持っていた。それを食べているらしい。背丈は高く、黒髪はぼさぼさで、左手に抜き身の長剣を握っている。猛禽のように目つきが鋭く、鼻の高い男だった。額の近くだけ髪が紅く、まるで炎を象っているかのようだ。
「真ん中のヒト。だけど撤退した方が良さそう」
そう返した男はステータスウインドウを開いている。隣の男よりも少し背は低く、まなじりもやわらかい。どことなく女性的な線の細さがあった。こいつも全体的に髪は黒いが、額の近くだけ髪が青い。
「思ってたよりも向こうのステータスが高いんだ。兄さんでも瞬殺とまでは――」
「あぁぁ? なんだユキマ、兄ちゃんが信じられねえってのかぁぁぁ?」
背の高い男が長剣の柄を振りかざした。隣の男は身を縮めるようにしながら「やめてよ」と小さく抗議する。
「その内、外のドワーフたちもここに入ってくるよ。ほら、一人かなり厄介なのがいるだろ。だから」
「分かったぁ、よ!」
カルディンが駆け出そうとした瞬間、『兄さん』と呼ばれた方の男が長剣――ではなく左腕を振るった。どうやら傷を負っていたらしい。血が周囲にばら撒かれる。
一瞬だった。
「これでみんな死んでくれりゃいいなぁぁ!」
不意に爆発のような音がした。俺は咄嗟に隣に居たミレナを蹴り飛ばしつつカルディンの首根っこを掴んで思いっきり床へと倒れ込んだ。三日月野郎も似たようなことをヴァレリアにやっていたらしい。お陰様で俺たちは崩落に巻き込まれなかった。
崩落。そう表現するのが正しいかは分からないが、とにかく目の端に映ったのは業火に包まれて崩れる会談部屋だった。壁が崩れ、床が抜け、死体もテーブルも椅子も壁際の棚も書物の類も一切合切が階下へ落ちていく。もちろん向こうの男2人も。
「死んでくれてねえなぁぁありゃ!!」
崩落音の向こうで男の笑い声がした。次いでかすかながら2人分の足音。ガラガラと崩れる音に紛れて遠ざかっていく。更に言うと外が一瞬ワっと騒がしくなった。
「何だか知らねえけど俺が頑張る必要は無くなったっぽいな?」
「下手人を追え」
サッと起き上がった皇帝はそんなワケの分からないことを言った。一歩先はもう崩れた後というギリギリのところで、未だ周囲に残る炎に頬を黒くしたヴァレリアは、土埃と煙で見えない屋敷の外を睨んでいる。
「生死は問わない。ただし肉体は持ち帰ってこい」
「し、知り合いなんです? 何ですかあのヒトたち、何で燃えたの!?」
「陛下、お怪我は!?」
ミレナは尻餅をついたまま狼狽え、三日月野郎はヴァレリアに駆け寄ったと同時に平手打ちを食らってまた倒れた。俺とカルディンは何となく目を見合わせた。いきなりすぎて何が何だか分からない。
分からないのだが。
「丸腰じゃ無理だ。せめて武器を返せ」
「許可する。ただし1870番は今すぐ奴らを追え。武器はサンセットが追って届ける」
「あ、オレですかぁ!? いえ、ハイ頑張ります!」
三日月野郎が走っていく。ヴァレリアは次に俺を睨んだ。この24時間で見た中で一番鋭い目つきをしている。
「いいか、もし逃がしたら二度と二足歩行の出来ない身体にする。行け!」
俺は舌打ちしつつ階下に飛び降りた。幸いにも積み重なった瓦礫を階段代わりにして、ポンポンと外に飛び出すことが出来た。そのまま騒がしい声のする方へと走り始める。屋敷を取り巻く高い塀、その周囲に陣取っていた両国陣営の護衛兵らもまた、先程の男二人を追い始めたようだ。声のする方へ走っていくと塀の一部が見事に崩れている。奴らはここからダイナミック退場を果たしたらしい。
「あのっ! 一体何がどうなってるんです!?」
かつて塀の一部であった瓦礫を乗りこえたところで、後ろからミレナの声がした。首だけ後ろに向けるとカルディンもいる。
「ドワーフのヒトたちとの会談は?」
「相手が死んじまったんだから一旦先延ばしだろアホかな?」
「アホっていうヒトがバカなんですぅ!」
「つまり! 先を越されたということだな!?」
ウッソウと茂る森の中を駆けていく。ようやく気付いたが今日は曇りらしく、入ってくる陽の光は非常に弱い。だが前方から聞こえる怒声の数々で迷う必要は無さそうだ。
「先方の会談者5名の中に暗殺者が紛れ込んでいた! 暗殺者2名は相手国の要人3名を殺害、更にヴァレリア陛下も手に掛けようとした!」
「あっ、なるほど! で、私が強かったから逃げたんですね!?」
「しかし動機が不明だ! 一方の国に手を貸すならまだしも、何故両国の要人を殺害しようとする!?」
「それを言うならお前らもな。命令を受けたのは俺だぞ」
なお、ドワーフというのは人族の一種だ。平均身長は俺たちヒューマンのそれより少し低く、老人になると3頭身くらいになる。大体の男は顎が見えないくらい口髭を伸ばしていて、大体の女は足で踏んづけそうになるくらいに髪を伸ばしている。手先が器用な上に腕力が恐ろしい程に強い。何でそんなことを突然言い始めたかと言うと、そのドワーフたちの死体が森の中に転がり始めたからだ。
逃走中の奴らに返り討ちにされたらしい。中には頑丈そうな兜ごと頭が溶けている者もいて、むせ返るような血の匂いに嫌気が差してくる。
「自分は貴公の監督役だ、離れるわけにはいかん! それに皇帝陛下を狙うような悪漢を野放しにしてはおけ――」
「あなたを見失ったらアマリスさまに怒られるじゃないですか! 怒られたらどうしてくれるんですか! あ、っていうかこのまま私たちも逃げませんか?」
「何を言うか不届きエルフめ!」
そのまま走り続けていくと、やがて焦げた臭いが血の匂いに混ざった。怒声に混じって金属音も聞こえる。剣戟の音だ。追いついた。
たどり着いた場所は開けていた。元から原っぱになっていたというより、木々が薙ぎ倒され切り倒された結果そうなったと考えるべきだろう。そして横倒しになった木々に炎が猛り黒煙がくすぶり、ドワーフたちの屍が複数転がる先に元凶はいた。
「どうしたぁぁぁドワーフども! これで終わりかぁぁ!」
長剣を片手にやかましく男が嗤っている。その両腕は赤く血に染まっていた。返り血なのか自身の傷によるものなのかは分からない。
「新手が来た。ヒューマン2人エルフ1人。さっきの奴らだ」
赤く両腕を染めている男の傍らには、先程『ユキマ』と呼ばれていた男が立っている。こちらは一切の傷を負っていないように見える。
恐るべきことに元凶の男たち以外に立っている者は1人だけだった。女のドワーフだ。何か物凄くキレていて言葉にならない罵声を発している。何度か切りかかったのだろう、手にしている戦斧は刃がぐちゃぐちゃになっていた。生き残りは独り、他は全滅。
「カケリがいないと話にならねえなこりゃ」
「弱音を吐くな。自分たちがやらねば誰がやる?」
カルディンが剣を構えた。だが実際問題、今すぐ戦闘を始めないと奴らは再び逃走するだろう。三日月野郎がカケリを持って駆けつけてくれるそうだが待っている暇はなさそうだ。
改めて手持ちの武器を確認する。武器は……無い。いや、ギリギリで武器扱いできるものが3つ。昨日の食事で皇帝から下賜された食事用ナイフが1本、それと俺が飯を食うのに使ったナイフとフォークが1本ずつだ。
「ハイキングじゃねえんだぞ畜生」
やかましく嗤う男がこちらを見て唇の端を歪めた。覚悟を決めるしか無さそうだ。
ドワーフを殲滅するような奴らとカトラリーで戦う――悪夢なら覚めてくれと思った。もちろん覚めない。




