第13話_アサシンびっくり
武器だ。武器が無い。
「あーお腹減ったー……」
武器が無ければ暗殺もクソも無い。もっと言えば逃げることも出来ない。
「結局、昨日は前菜とパンとスープだけだったし……皇帝って言ってもケチです。ケチケチのケチ!」
「…………」
「多分あのヒト、『ケーッケッケッケ!』って笑いますよ。いや『ケーッチッチッチ!』かも。変な笑い方!」
「お前もっと深刻になれねえの?」
馬車に揺られながらミレナに尋ねる。ヤツもまた馬車に揺られながら椅子に寝転がっている。馬車と言っても縦長の檻を荷台に固定しただけのような代物だから、その実態は囚人護送車だ。囚人とはもちろん俺である。
俺たちは連行されている。ドワーフたちとの秘密会談の場へ。既に馬車に突っ込まれてから数時間だ。
「何回だって言ってあげますけど? 暇ですから」
ミレナは寝転がったまま言った。コイツのせいで縦座席の片面は埋まっている。
「深刻? そんなものブタにでも食べさせてあげちゃいます。私ってば、そのうちノクトさまかアマリスさまが来てくださいますし? この中で一番強いの私ですし? 鉄格子なんてアメみたいなものですし?」
「妙な企ては口にするな」
縦座席の片側――俺の隣に座る男が口を挟んだ。慇懃で真面目で堅物そうな声だ。
「自分の判断で斬り捨てろと命を受けている。……黙っていた方がお互いにとって都合が良い」
「一緒に檻に入れられたヒトが何か言ってますよ」
「ウケ狙いか?」
男――カルディンは一笑に付されても顔色を変えなかった。眉の凝り固まった、厳しく、強張った表情。
領主直属の騎士、その長を務めていたハズが、領主は極刑を受け、自身は罪人的なナニカたちの御目付役。一日で失職した上で時限爆弾を背負った俺とは、どこか似通ったものがあるような気がしないでもない。
「貴公も同じだ。外出する前のイエイヌのような表情はやめろ。必要な物資は後々支給される」
前言撤回だ。俺とは何もかも似通っていない。
「おめでたい頭してんな」
馬車は揺れている。ずっと一定だ。この一団には皇帝陛下もあらせられるためだろう。無論、別のもっと豪華な馬車に。
「支給される? 出された条件は『こちらが殺したと思われるな』だぞ? ワザワザ自分からアシがつくようなマネすると思うか?」
そもそも何をどうするかも決まっていないフワッとしたご命令である。そんなもんで経費を前払いしてくれる組織はあんまりない。
「ではどうするというのだ? 命を達しようにも武器は……まさか貴公、自分の剣を奪うつもりではないだろうな」
「奪っても俺の筋力じゃ振れねえ」
「法術士としては殺すとかされるとかはヤメて欲しいんですけど……実際どうするつもりです?」
どうにもコイツラからは当事者意識の希薄さが感じられる。失敗しても責を負うのは俺だけ――そう考えている気がする。っていうか絶対にそうだ。甘い。世の中をナメている。が、指摘するのも面倒だ。
「カケリがいれば一番手っ取り早いんだけどな……返してくれねえだろうなぁ」
「あの布になった子です? そう言えば、そもそも何で布に?」
「知らねえ、そういう年頃なんだろ」
「共にいた貴公が知らないだと?」
「じゃあ聞くが、お前は俺の誕生日年齢来歴趣味嗜好何でも知ってんのか? いまこうして共にいるわけだが?」
「それは……そうだな」
「付け加えさせてもらうとだな、俺はお前らの事情すら知らねえ。何にも聞いてねえ」
話していると段々イライラしてきた。ここまで弾丸ツアーをかましてきたがそろそろ限界だ。
「これからどうするとか質問する前に、まず自分のことから話せよ。礼儀も筋も何もかも足りてね――」
「自分は貴公の元から一時撤退した後、直ちにその後を追ってあの原っぱに辿り着いた。そして貴公らラヴィ・ワゴーヌの一団を捕縛して移送しようとしていたところ皇帝直属の命が下って先日のあの屋敷へ移動した。今は貴公らの監視兼補助役だがこれは承知済みだな?」
「私はアマリスさまとノクトさまと一緒にこのヒトたちから距離を取って、アマリスさまの治療を本格的に始めようとしたらアマリスさまに怒――『ネモを治療してしばらく手助けしなさい』って言われてきました。なので最低限のフォローはしますけど過分な要求はイヤです」
「……話が早くて助かる」
一息に揃って説明されたので俺の反論はここで終わった。他に聞きたいことも無くは無いが、今である必要は無いのでまぁいいだろう。
差し迫っての問題はやはり、皇帝からの指令だ。
「でもでも、おかしな話ですよね」
ぐぬぬ、と口をへの字に曲げていると、ミレナが不意に言った。寝転んだ尊大な態度のまま。
「実際のところ、失敗してコトが大きくなると困るのはアークベル国でしょう? なのに武器は渡さない。でも『殺せ』って言う。これじゃまるで失敗して欲しいみたいです」
「『成功したら儲けもの』って感覚なんだろうよ」
「どういうことです?」
「なぁ元騎士長、ドワーフとの会談ってのはどこでどんな風にやるんだ? 屋敷か、原っぱか、テントか」
ミレナをスルーして隣に尋ねると、カルディンは顔色一つ変えずに応えた。
「自分には聞かされていない。しかし、恐らく先日のような屋敷だろう。そして先方もこちらと同様、要人に警護がついていると見て間違いない」
「えーっ、じゃあなおさらどうしようもないじゃないですか! 警護を誤魔化しつつ向こうのお偉いさんをバスっとして、おまけにこっちが疑われないようにでしょ? 無理難題です!」
「いや……屋内なら何とかなる可能性はある」
カルディンすら会談場所を知らないというのは正直クソだと思うが、とにかくやるしかない。
「皇帝ごと会談のメンバー全員を殺す」
そのためにも武器は必要だ。この際カケリでなくてもいい、何か鋭利なものを会談場所で探すしか――。
「貴公。今のは聞き捨てならんぞ」
「やっぱり野蛮人なんですか?」
「やっぱりって何だやっぱりって」
言い争いを始めようとしたところで馬車の揺れが緩くなった。どうやら目的地が近いらしい。
「いいか、皇帝の命令条件は4つだ。
『1、ドワーフたちとの会談に赴く。2、相手を殺す。3、こちらが殺したと思われるな。4、相手の蘇生も許すな』――つまり『皇帝を傷つけるな』とは言われてない」
「常識ってご存じです?」
「常識ある相手なら昨日今日会った人間に『隣の国のお偉いさんを殺せ』なんて言わねえよ」
戦争というものにはベラボウに金がかかる。だから皇帝は条件3を付けたに違いない。『こちらが殺したと思われるな』――向こうに開戦の大義名分を作らせるな、だ。国というものには大義があるのと無いのとでは動かし方に大きく差が出る。適当とは言え前世で世界史を学んだ身だ、これくらいは分かる。
「大事なのはウチの皇帝だけギリギリ蘇生が可能な程度に暴れることだ。他のヤツは手練れの法術士でも蘇生出来ないレベルでぐちゃぐちゃにする。で、サッサと逃げる」
蘇生すら可能とする癒しの術・法術にも弱点はある。頭部――脳が破壊されると蘇生は叶わない。
「そうなると当然、我が親愛なるアークベルも愛すべき隣国もテロリストの指名手配を始める。下手すりゃ両国が結託するかもな。これにて戦争回避だ」
「しかしそれでは」
「そうだ、俺たちはテロリストになる」
馬車の中が静まり返った。ミレナもカルディンも表情が固まっている。
「別の方法があるってんなら是非提案してくれ。思いつかないなら本格的に作戦会議だ。ミレナは法術で俺たちを強化、俺たちは頑張ってミナゴロシ。以上、質問は?」
補足だが、そこから馬車が止まるまでの時間で『別の方法』などは一切提案されなかった。いきなり「あなたは今日から犯罪者です」と告げられても思うように頭は働かないものだ。俺は一日だけ先輩だったからギリギリイケた。
考えれば考えるほど「何でこんなことになったんだ」と嘆きたくなる。が、腹立たしいことにその時間は与えられなかった。馬車が止まったのだ。
かくして俺たちは馬車から降ろされた。背の高い木がウッソウと茂る森の中、褪せた朱色の塀に連なる黒鋼の門扉の前だった。
「邸内に入れるのは5人だって」
別の馬車から降りてきた三日月野郎が駆け寄ってくる。昨日までのコソ泥じみた格好ではなく、襟付きシャツに黒い上衣と、まるでエリート警護兵のような服装を着ている。その後ろからはヴァレリア皇帝陛下も護衛を伴ってゆっくりと歩いてきた。
「皇帝陛下と俺、後はテメェら3人ってカタチになるって」
命知らずにもほどがある編成だが、これは向こうの国とも事前に調整済みの内容なのだそうだ。門を潜って見通しの悪い庭を十数メートル進むと、二階建ての屋敷が見えてくる。ここは古くから秘密裏の会談で用いられてきた場所で、互いの国が連れてきた護衛兵は塀の外で待機する――といったルールなのだと道すがら三日月野郎から聞いた。
だが俺はと言えばそれよりも何か武器になるものがないかとばかり考えていた。そして結論から言うと無かった。そもそもこの会談場所に武器を携えて入れるのは不測の事態に備えての1名のみで、それが許可されたのはカルディンのみだったのだ。俺に至っては外の門扉傍に居た門番に食事用ナイフすら没収されかけた。昨日の食事時に念のためパクっておいた奴だ。『オープン』でステータスを見られた結果「大したことは出来ないだろう」と判断されたから奪われなかったものの、実際問題としてカトラリー程度で何が出来るわけでもない。
非常にマズい。このままだと何も出来ず皿の上で生首をさらすハメになる。
「心優しい皇帝がもう一度伝えてやろう。貴様が命令を達成した暁には武器を返す。オースティンの下らん命により追われることも無い。万事万々歳というワケだな?」
邸内に入り、屋敷の2階に上がって、どうやら会談を執り行う部屋の前に着いた所でヴァレリアが言った。そのイヤらしい表現を俺は鼻で笑った。笑ったところで、ふとイヤな考えが頭をよぎった。
もし相手も同じことを考えていたらどうする?
「さて入室だ。良い会談になることを祈る」
止める間もなく、両開きの扉を先頭の三日月野郎が開け放つ。――さて、ここで先に言っておくと、俺の予想は外れてはいなかった。当たっていたのだ。つまりドワーフたちもこちらを殺そうとしていた。
もっとも、そのことを知ったのはかなり後になってからだ。少なくとも扉の先の光景に、俺の頭は一瞬なりとも真っ白になっていたはずだ。
何せ、先に入室していたドワーフたちは、みんな死んでいたのだから。
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