第12話_オン皿
「なかなかに愉快だったぞ」
ヴァレリア・アークベルは頬杖をついて言った。口の端を歪めるような邪悪な笑顔だが、実際に機嫌は良いらしい。
「『1870番が牢を脱出してこの部屋に着席する』――それまで二人の血を抜き続ける。愚か者への罰と余興の両方を満たす、実に有意義なゲームだった」
「それでこいつらが死んだら」
「蘇生させて再開だ。私の気が済むまで」
サディストとの会話は気が滅入る。俺は硬いパンをスープに浸しながらそんなことを実感した。ありがたいことにマジで食事を出してくれているので、ミレナと並んでご相伴にあずかっている。なお、三日月野郎と騎士団リーダーは揃って絨毯の上に座り込み、隣の部屋から入ってきた法術士と思しき壮年の男に治療を受けていた。
「でもおかしくないです? まるでこのヒトが抜け出してくるのが分かってたみたいです。そもそも話があるなら牢屋に突っ込む必要も無いですし」
「ネモのことは俺が進言したんだって」
どこか弱弱しい声で三日月野郎が口を挟んだ。ヴァレリアは視線で先を促している。発言の許可は皇帝陛下から頂いているご様子だ。
「目的のブツは隣の馬鹿のせいでぶっ壊れちまったけど、ネモなら挽回できるかも知れねえって」
「自分は命令の通りに――」
「それで国益を損ねる。故にカルディン、貴様は愚かしい」
なおヴァレリアは水を飲んでいるだけだ。既に食事は済んだらしい。それにしても。
「意外に気さくだな、我が国の皇帝様は」
イメージでしかないが、お偉いさんというのは末端の発言すら許さないものだと思っていた。それが裏稼業の斡旋をメインに色々していた三日月とすら言葉を交わすとは。
「その気さくさに甘えたいんだが、結局のところ、そこの三日月野郎に運ばせてたものは何なんだ? で、俺に何をさせようって?」
「もう本題か? 貴様の人生でお目にかかることの出来ない絶世の美女が目の前に居るのだ。もう少し目の保養をしても許してやるつもりだが?」
「俺の望みは2つだ。1、没収された武器をサッサと返してもらうこと。2、おっかない皇帝陛下の前から永遠に消え失せること。だけど、どうせ何かしないと許してくれねえんだろ? 三日月野郎が巻き込みやがって」
「巻き込んだんじゃねえって! 助けてやったんだって!」
「がなるなサンセット。顎を削られたくなければな」
皇帝陛下は悠然と言う。というか、三日月野郎の本名はサンセットと言うのか。初めて聞いた。
「中々に美味しいパンでした! で、メイン料理はまだです?」
一人空気の読めていないヤツが隣に居るが、無視することにする。俺はもう一度聞いた。「何をさせるつもりだ」と。
「暗殺」
ヴァレリアがワイングラスに注がれた水を口元に持っていく。優雅な仕草だが、何故か粗野に見える気もする。
「10数時間後、西の国境近くでドワーフどもと秘密裏の会談を予定している。領土の割譲が絡む内容だ。そこで貴様には奴らの頭を潰してもらう」
皇帝陛下の視線は鋭い。どうやら本気らしい。
本気らしいが意味が分からない。
「何で俺が? やりたきゃ勝手にやりゃいいだろ。陛下御自慢の暴力組織なんざゴマンとあるはずだろ?」
「いやいや! ズレてますよ意見が! ダメですよそんなの、戦争が起きます!」
「うわっビックリした。急にまともなこと言うなよ」
さっきまでコースのメイン料理を要求していたくせに、と言外に訴えるが、どうやらミレナは真面目に言っているらしい。
しかしヴァレリアは鼻で笑った。
「野蛮さは他種族ならではと言ったところか。小競り合いから武力衝突へと実にシームレスに思考を進める。私が言ったか? 『戦争を起こせ』と?」
皇帝が言った『ドワーフども』というのは、我がアークベル国のすぐ傍の山岳地帯にある国のことだろう。正式名称はウェリンコ連邦。形容された通りドワーフたちの国だ。そして我が国との仲は現在冷えに冷え切っている。故に会談の場を利用して暗殺などしたら全面衝突へと発展するのは火を見るよりも明らかである。
「向こうの連中に『アークベル国の仕業だ』と絶対に気取らせず、奴らの頭を暗殺する。それをもってしか荷の弁済は出来んな」
「おかしな言い方だな、皇帝陛下。まるであの荷があれば『暗殺』は簡単に出来たみたいな言い方だ」
「その通りだ」
間髪入れずにヴァレリアは返した。
「『荷』は『兵器』だった。貴様らはよりにもよってそれを失くした」
「いやいや。そんな兵器あるわけねえだろ」
「ドワーフたちの中にも法術士はいますよ? 暗殺されても法術士がいれば大体は蘇生可能です。もしかしてご存じなかったですー?」
「無知がほざく」
再びヴァレリアが鼻で笑い、パンパンと手を叩いた。隣の部屋への合図だったらしい。「メインディッシュの時間だ」と続ける。
「それが為せるから貴重だった。私に届いたことすら誰にも気取られぬよう手配しておいたのだが、それでも情報は洩れてこのザマだ。なぁサンセット。お前は私の信頼に応えてくれなかった」
「この失態は!」
三日月野郎――サンセットが土下座する。隣の部屋と繋がる奥のドアが開き、甲冑を着込んだ騎士がサービスワゴンを押して入ってくる。俺は首を傾げた。
なんで料理を運んでくるのが騎士なんだ?
「必ず! 次に挽回します! させてくださいっ!」
「そう気張るな。貴様らが失敗しても戦争が始まるだけだ。その時、貴様らはこうなる」
やたらデカい大皿がテーブルの中央に置かれ、運んできた騎士はその皿を覆うクロッシュ(レストランでよく見る、銀色のドーム状の蓋だ)を取った。
皿の上には首が載っていた。
「さて、改めて条件を伝えよう。皇帝が直々に伝えるのだ、至上の歓と知れ」
皿の上の首は、男性だった。ちぢれた髪の毛に加えて、苦悶の結果に飛び出たと思しき舌が汚らしい。白目を剥いている。肥えた50前後の男。
見覚えがある。
「ウチの……領主じゃねーかよ」
今日――もう昨日か?――俺に逆恨みして家を焼いたオースティン領の領主。そいつの首が皿に載っている。
「1、私と共にドワーフどもとの会談に赴く。2、そこで相手を殺す。3、ただしこちらが殺したと誰にも思われぬような方法で。4、相手の蘇生も許すな」
当然ながら領主にはもう胴体が無い。皿の上は夥しい血の海で、鉄の匂いが鼻をつく。おまけに血の海は現在進行形で広がっており、首だけとなった領主の顔色はまだ仄かに赤い。
「つい……さっきか? 殺したの……」
「このヒト頭おかしいですっ!!!」
ミレナが立ち上がってヴァレリアを指さした。分かる。少し――いや、かなり常軌を逸している。
「悪趣味っ! 非道っ! 人族の最底辺っ!」
「この男は無能でな。ドワーフどもとの関係悪化も、元を正せばこの男の差配の結果。荷が壊れたのも下らん命令が遠因。そうだったな、カルディン」
カルディン、と呼ばれた騎士リーダーは何も言わない。土下座を続けるサンセットの隣で膝をつき、頭を垂れている。
思っていたより気さくだ、なんて考えていた自分を殴りたくなった。
「1870番。牢から夜食へと辿り着くその賤しさに免じ、望みを叶えてやろう。命令を完遂した時に」
「わっ、私は失礼しますっ! こんなヒトに付き合ってられ――」
ミレナが喚くが、それを遮って無数の足音が響いた。背後の入り口と奥のドアから現れた十数人の甲冑の騎士たちが一斉に俺とミレナを取り囲み、槍やら剣やら弓やらを向けてくる。
「座れ、エルフ。黙っていれば水ぐらいは出してやる」
口をパクパク開閉して、ミレナは再び椅子に座った。高ステータス者と言えどアマリスほどではないのだろう。この人数だと多勢に無勢らしい。まさか食事にほだされたワケではない。ハズだ。
「結局、あの荷はなんだったんだ?」
俺はもうそう言うしかなかった。逃げるとか騙すとかそういう次元の話ではない。恐らくこの先も監視はつくだろうし、逃走しようとしたら直ぐに殺される。
だからせめて気になることを聞いた。ノクトと戦った原っぱで意識を失う前に見た荷。黒い箱の中から飛び出したもの。さっき兵器だと言われたが、とてもそうは見えなかった。
「戯れに尋ねよう。何に見えた?」
「何かの骨……真っ黒な。いや、ミイラか?」
ヴァレリアは笑った。視線の鋭さが少し薄れている。
「遺体だ」
答えを聞いても、結局疑問は薄れなかった。――こうして俺は俺の命を握っているカケリを取り返せぬまま、西部に連れていかれることとなる。
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皇帝もノリノリです。




