第11話_ミッドナイト謁見
牢屋から階段へ、階段から上階へ進むと、赤いじゅうたんの敷かれた豪奢な通路が広がっていた。三人くらいは優に横並びで歩ける幅広の通路だ。
採光窓が定間隔に設えられ、月光がじゅうたんを照らしている。外はまだ暗い。真夜中なのだろう。
「わ、緋石のカンテラだ。お洒落ですねぇ」
向かって右手へとのびている通路には、ミレナがバカみたいな感想を述べた通りにカンテラが置かれていた。中にはその名の通り、緋石という淡い光を発する光源がぶち込まれている。そこそこ高価なモノだ。それが採光窓と同じ程度の間隔で床に置かれている。
「一つくらい持って行ってもいいですよね?」
「野盗には相応しい発言だと思うぜ。なぁ、ここってマジでどの辺りなんだ?」
カンテラを追いながら尋ねると、ミレナは存外簡単に「オースティン領の北の端っこですよ」と言った。
「このお屋敷、ちょっとした丘の上にあるんです。私とノクトさまは崖の下の排水管からアタリをつけて壁をぶっ壊しました」
「土木工事屋に転職しろ。多分儲かる」
誰もが涙を流して感謝するアドバイスを特別に頂戴してやりながら通路を進む。進みながら考える。おかしい。俺を牢屋にぶち込んだのは領主だと考えていたが、どうにも違う気がする。番兵もいないし侵入者に対して騒がない、それどころか「こっちへおいで」と言わんばかりに灯りを配置している。では誰が? あの騎士リーダーは捕縛した俺をどこに……いや、違う。
誰のところに連れて来たんだ?
「ロクなヤツじゃねえんだろうな……」
マジで嫌になってくる。本音を言えばサッサとトンズラこきたい。しかし「あと25日で体、乗っ取っちゃうぞ!」と宣言された以上、せめてカケリは探さないとマズい。
俺はアイツの事情を驚くほどに聞けていないのだ。
導かれるまま再び階段を登り、2階へ。じゅうたんは足音を殺してくれる。しかしミレナがちょくちょく声を発してきやがるのでノーカンである。お陰で相手方には接近がモロバレだったらしい。
「ネモ」
通路の突き当たりの部屋から声が聞こえた。両開きのドアの片方が開いており、そこから光が漏れ出ている。
聞き覚えのある野郎の声だ。
「知り合いの方ですか?」
「だな。いつでも逃げ出せる用意はしてお……そのカンテラ返してきなさい」
根っからの野盗だな、とは口に出さなかったが、とにかく微妙に集中力を欠いたままで部屋を覗いた。そのせいか普通にビックリした。
「三日月。何してんだお前」
ちょっと異様な光景だった。
食堂か何かなのだろう。縦長の部屋には奥に向かって長いテーブルが置かれていて、真っ白なテーブルクロスが掛けられている。部屋のそこかしこに緋石のデカいのが設えられているのか、中は夜間のコンビニめいた明るさだ。
三日月野郎が長テーブルの傍らに立っている。その隣には数時間前に俺を捕まえた騎士リーダーも居た。
両者、奇妙な程に青い顔をしている。
「思っていたより遅かったな」
部屋の最奥、長テーブルの上座から声がした。女がいる。食事を摂っているらしい。
年齢は……ちょっと分からない。少なくとも成人しているだろうが、10代にも20代にも見える。紅い、いかにも豪奢なドレスを着ていた。宝石が散りばめられているわけではないが、上等な和服のような厚い光沢がある。
髪は金。見事な縦ロールだ。美人というより可愛らしい顔をしている。しかし若干ツリ目寄りで、現在進行系で底意地の悪そうな笑みを浮かべているのが、相手のロクでもなさを何よりも語っている。気がする。
「許可する。座るといい」
女はテーブルの下座を視線で指し示した。空の食器がキレイに並べられている。
「なんだ? 豪勢な夕餉でもてなしてくれるって――」
「ネモ。……いいから座れって。座ってくれって」
三日月野郎が軽口を遮ってくる。視線だけこちらに寄越し、体の正面は縦ロール女に向けたままだ。
「ご飯食べられるんですか? いいな〜。そう言えば私もお腹空いてたんです」
バカ丸出しの発言が聞こえた時、刺すような威圧感を感じた。咄嗟に右腕をミレナに伸ばす。風切音。
伸ばした右手の甲に痛みが走る。
「……お行儀って概念はご存知か?」
ミレナの腹部辺りにかざした俺の手に、食事用ナイフが突き刺さっている。投擲手は縦ロール女だ。幾分か視線が鋭くなっている。
「ちょっ……ええ!? なにして、ってか大丈夫です!?」
「他種族を庇うか。共生主義者か? それとも性同権論者か。まさかエルフに欲情している変態ではあるまい」
「こう見えて義理堅いタチでな。……悪いけど治してくれねえ?」
ナイフを引き抜いてからミレナに依頼すると、エルフはブツクサ言いつつ法術を始めた。このナイフは……とりあえず貰っておこう。今の俺は丸腰だ。
「で、何が気に入らなかった? 礼儀のなってねえバカを見るなり殺したくなる類の病気か?」
「招かれざる慮外者をどのように扱おうが家主の勝手だ」
「あのヒトちょっと頭おかしいんじゃないですか?」
「お前も大概に神経図太いぞ」
「気が変わった。着席の前に一つ質問に答えろ」
「座れって言ったり座るなって言ったり気まぐれちゃんかてめ――」
「ネモ! ネモって……頼むよぉ……」
豪勢な椅子の背もたれに手をかけたところで三日月がいよいよ泣きそうな声で言った。むしろ何でそこまで――と言おうとした時、俺はようやくヤツらの異常に気付いた。
三日月野郎も。立っている例の騎士リーダーも。
足元が濡れている。
部屋の中にも紅い絨毯は当然のごとく敷かれている。そしてよくよく見ると、立っている――いや教室で騒いだガキのように立たされている二人の足元だけ、水でも零したかのように紅が黒ずんでいるのだ。おまけに零しているのは水とかスープとかそういう生易しいモノでは無い。血だ。
足首辺りに深い傷をつけられているらしい。そこからダラダラと流れている。
「私が誰だか当ててみろ、1870番」
……1870というのは俺の識別番号だ。正確には孤児識別番号。
「三日月野郎の雇い主。オースティン領の有力貴族……いや、クーデターか何かでアホ領主の代わりに着任した新領主様とか?」
それくらいでないと説明がつかない。夕方の我が家前の様子から、騎士リーダーはアホな内容でも『命令』であれば遂行しようとするヤツだ。裏を返せば命令でなければアホなことはしない。
そんなやつが流血しながら一言も口を利かずにいるのだから、つまり縦ロール女は『命令』を出せる立場の人間ということだ。
「やはり頭の出来は平凡なようだな」
どこか――いや、ハッキリ馬鹿にして縦ロール女は笑った。それから三日月野郎に視線を送る。それで通じたらしい。
「皇帝陛下だ」
俺は眉をひそめた。意味がわからない。
「ここにおられるのはアークベル国の最高権力者。ヴァレリア・アークベル様だ」
「あのヒトも頭おかしいんじゃないです?」
ミレナはそう言ったし、なんなら俺もそう言いたい。が、口には出さなかった。
確かに、理屈は通る。そこに立つ血まみれの男どもに説明がついてしまう。
「食事を運ばせる。それとエルフの法術士にも同じモノを供しよう」
縦ロール女――ヴァレリア・アークベルは、これ以上なく底意地の悪い笑顔で言った。
「最高の夜食を与える。一生忘れることはないだろう」




