第10話_プリズン脱出
恐らく数時間ほどだろう、と思う。俺が意識を失っていた時間だ。
目覚めた時、俺は微妙な湿り気のある石の床に寝っ転がっていた。敷物とかそういった贅沢なモノはあるはずもない。おかげで全身が冗談抜きに痛い。視界を動かすと鉄格子が見えた。
牢屋である。
俺は牢屋の中にいる。
やっちまった、という不安や焦りに似たものが腹の底からフツフツと積み上がってくる。何とかそれを押し殺しつつ体を確認した。衣服は気を失う前と大体同じだ。中に何を隠しているのかと怪しんだのか、外套だけ剥ぎ取られている。いや、もう一つ剥ぎ取られたものがある。
カケリだ。あの一枚布が無い。
「……『オープン』。『クローズ』」
反応なし。武器として没収されたらしい。まぁそりゃそうか。ついでに言うと左腕は傷だらけのままだし右腕も無いままだ。ないないづくしで泣けてくる。
俺は床に仰向けになった。腹立たしいことに窓もない。真っ暗で不潔な感じの天井が睨み返してくる。「そろそろ最期だ覚悟しろ」という幻聴が聞こえてきそうだ。実際そうなりそうである。
三日月野郎やアマリスたちはどうなっただろう。
背中からじわじわと染み込んでくる冷気の中、考えてみる。俺の家から撤退した騎士のリーダー野郎。あいつはあの後、どれだけの人員をかき集められただろう。ムポピョスポタンに乗って移動した時間は然程長くはないとはいえ、何とか俺に追いつこうと全速力だった筈だ。であれば機動力重視の少人数編成か?
いや、ムポピョスポタンのバカでかい足跡を追っているだけではアマリスのキャンプ地には来れまい。となると、途中に居たであろうラヴィ・ワゴーヌの奴らも捕縛し、事情を聴取してから俺を追ってきたと考えるべきだ。
全員捕まったということは、あの親子もだろうか。母親を亡くしただの新天地でだの言っていたオッサン、事情を理解していなさそうなガキ。まぁ例外的に許されるはずもないか。
……もっと他のことに頭を使った方が良さそうだ。ラヴィ・ワゴーヌメンツなど得てしてロクでもない悪党である。まずは自分の心配をすべきだ。
「みんな捕まったみたいですよ。あの顎の人も」
「そうか。やっぱりな。そうだろうな」
かすれた声を出してから「ん?」と追加の疑問符を放つ。
誰だ、いま俺に話しかけてきたのは。
「臭いし汚いし寒いし湿気てるし狭いし陰気だし空気悪いし、サイアクな気分です。ホントにサイアク」
矢継ぎ早に不平不満が飛んでくる。俺は首を外に向けた。
鉄格子の向こうに女が立っている。
歳は……10代にも20代にも見えた。寒色のローブと外套、皮手袋という旅人然とした地味な格好だが、腰まで届く長い金髪が一際目を引く。まさに黄金の色だ。
瞳は紺色。目鼻立ちがはっきりしている。カケリのような浮世離れしたものでこそ無いが、十人いれば十人とも美しいと形容するだろう。そういうヤツが牢の外から俺を見つめていた。腰の高さくらいの杖をギュッと握りながら。
「……エルフの知り合いは居ないはずだけどな」
ピンと伸びた両耳を見てそう言うと、牢屋の前に立っているその女は如何にもダルそうに言い返してきた。
「私だってヒューマンに知り合いはいませんー! ホントならこんなところ来たくもなかったですぅー!」
「お前」
声色と言葉づかいでピンときた。
「アマリスの仲間か。コソコソ森に隠れてたバカでかい声の法術士」
「は? 別に隠れてないですけど? ノクトさまのお願いを聞いてただけですけど?」
イチイチ言い返してくる。俺は激痛に顔をしかめながら何とか起き上がり、傍の石壁に背中を預けた。
正面からエルフと向かい合う形になる。
「幾つか聞かせて欲しいんだが」
「腕をくっつけに来たんです」
エルフ――確かアマリスはコイツを「ミレナ」と呼んでいた――は俺には応えず、背中から細い棒のようなものを取り出した。包帯でぐるぐる巻きにされている。
「勝ったのはあなただから、って。私はそうは思いませんけど。あ、ノクトさまが言ってました。『また近い内に会うことになるだろう……楽しみにしていろ……!』」
「お楽しみ要素ゼロでいっそ清々しいな。喋ってるってことはお前が蘇生させたか?」
「アマリスさまも言ってました。『また近い内に会うことになるだろう……楽しみにしていろ……!』」
「コメント被ってんじゃねえか」
ぺらぺらと勝手に話してくれるのは助かるが、どうにもイマイチ話が通じない。多分意図的だ。埒が明かない。
「1、ここはどこだ? 2、牢屋ってことは番兵がいただろう、そいつらはどうした? 3、アマリスたちは捕まったんじゃなく俺の腕の治療のためにお前を寄越したってことか? わざわざ? アホか?」
「アマリスさまがあんなのに捕まるわけないじゃないですかバカにしないでください! あなたの方がアホです! ふん!」
鼻息荒く言うと同時にミレナが触れた鉄格子からバンと音がした。見るとドア部分が外に向けて開いている。鍵ごとブッ壊したのだ。
「念のため言っておきますけど、私のステータスってあなたのより全部高いですから。おまけに法術も使えますから」
だから変なマネをするなよ、とコイツは言いたいらしい。背の低いドアを屈んで通ってから、ミレナは俺に目線を合わせるようにして向き直る。向き直ってから、何やら奥歯にモノの挟まったような、苦虫を噛み潰したような顔になった。
「あなた、左眼見えてます?」
「そういや見えてねえ」
「腫れ上がっておまんじゅうみたいになってますよ」
だそうだ。思いっきり顔面を蹴られたのだから道理である。目玉が零れ落ちなかっただけ御の字と言えよう。
「物凄くブサイクです」
「エルフに比べりゃそうだろうよ。じゃあ腕を頼むぜ。迷惑料としてありがたく徴収する」
そう言って右の二の腕をミレナに突き出すと、相手は口をへの字に曲げた。杖を傍の壁に立てかけ、趣味の悪いオブジェと化した我が右腕の先を取り出しながら、何やらゴニョゴニョと言う。ゴニョゴニョというのはマジで俺に聞き取れなかったからだ。
何だって、と尋ねる。
あなたは、とミレナが言った。
「あなたは怖くないんですか? アマリスさまとかノクトさまとか……私のこととか!」
「怖いぞ。女が苦手だって言ったの聞こえてなかったか?」
言い捨てて、右の二の腕に巻き付けていた包帯を毟り取る。ミレナが杖を再度手に取った。
「それって……じゃあノクトさまは怖くないってことです?」
「つまりビビッて欲しいのか? 怪談師にでも転職しろ」
ミレナはふてくされた。ふてくされながら杖の先で俺の右腕を指した。そして何やら呪文を唱え始める。杖の先から黄金色の輝きが我が腕にまとわりつき、やがて……くすぐったいような痒いような感触が指先に現れた。
指先。右手の指だ。
「すげえ」
思わず感想が漏れた。法術は大地の神の加護がなんちゃらというモノで、治癒や強化の効果自体は絶大なのだが、いかんせん即効性に欠けることが多い。切断された四肢の再結合なんて数時間かかることがザラだ。
にもかかわらず、このミレナとかいうウルサいエルフは瞬時に俺の腕を繋げてみせた。偉そうな口を利くに足る力量がある。
「助かった。迷惑料とは言え真面目に恩に着る」
「ちょっと。そのまま動かないでください」
何を思ったか、次にミレナは杖の先を俺の顔面に向けた。再び黄金色の輝き。まんじゅうと化した我が左顔面を治癒してくれるらしい。
「んん? おかしいですね、腫れは引いたのに黄金比から程遠い……」
「ケンカ売ってんのかてめぇ」
歯をむき出して威嚇してから俺は立ち上がった。右腕は……まだヘンな感じが纏わりついている。動くには動くが、といったところか。激しく振り回したりはしない方が良さそうだ。
「しかし、ここの番兵は何やってんだ?」
「そんなのいませんけど?」
「んなワケあるか。え? ないだろ?」
腕と顔面以外の痛みに顔をしかめつつ、ぶっ壊された牢のドアから外に出る。空気感から察するに、何かの建物の地下なのだろう。石造りの壁に鉄格子というレトロな牢屋が、今しがた脱出したもの以外にも幾つか並んでいる。傍の壁に松明が置かれているが、これはどうやら俺のいた牢に光が当たるようにしているらしい。
「実は私もちょっとビックリしたんですよね。壁を壊して入ってきたのに誰も来ないし誰もいないし」
「堂々としすぎだろ。どんな倫理観してんだ」
「ノクトさまが一緒に来てくれてましたし。もう先に戻られましたけど。後は一人でも大丈夫だろうって。分かります? 私って強いし優秀なんです」
俺は煌々と輝く松明のもとへ歩いた。するとまた視界の端に別の松明が見える。上へ昇る階段だ。
「腹の立つ誘導をしやがる」
「誘導? こっちに来いってことです?」
「……お前もう用は済んだろ。帰れば?」
「なんか気になるので」
微妙にムスっとしながらミレナは俺の後をついてくる。想像だがアマリスの指示なのではないだろうか。原っぱで指示を無視して俺を治療しなかった罰だとか何とかで。
なお、この法術士・ミレナは後々、深く後悔することになる。もちろん、この時サッサと帰らなかったことをだ。
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