05. 夜中のお料理教室
「お腹が空きました……」
セシアは自室で小さくそう呟いた。窓から差し込む光はなく、時計の針は午前2時を指している。
「やっぱり眠れません!何か食べないと」
セシアはそう言って部屋を出ると、静かな廊下を歩き、キッチンへ向かった。
「そもそもミレカが悪いです!料理はとても美味しいですけど、量が少ないんですよ!」
キッチンへ辿り着くと、薄暗い室内に微かな明かりが灯っていた。そして、その中で黒い何かが動いている。
「ひっ……もしかして幽霊ですか!?」
セシアが恐る恐る中へ入ると、そこにいたのはキャッタンだった。
「こんばんはぁ、王女様ぁ!」
「びっくりさせないでください!」
セシアはそう叫ぶと、キャッタンを掴んで床へ叩きつけた。
「王女様もぉ、お腹が空いたんですよねぇ」
キャッタンは何事もなかったように起き上がった。
「そうです!キャッタンは何をしていたんですか?」
「何か作ろうとしてたんですよぉ。王女様と同じで、お腹が空いてぇ」
「そうなんですか!もし良かったら、一緒に何か作りませんか?」
「いいですよぉ」
キャッタンが頷くと、セシアは笑みを浮かべた。
「それでは、セシアとキャッタンのお料理教室を始めます!」
「「おー!」」
「王女様ぁ、何を作りますかぁ?」
「それはですね!」
セシアは勢いよく冷蔵庫を開けた。
「卵に牛乳、人参、砂糖、それから粉の入った袋にマヨネーズですか。何となくケーキが作れそうじゃありませんか?」
セシアは次々と材料をカウンターへ並べていく。
「王女様ぁ、天才ですねぇ!でもぉ、ケーキに人参はいるんですかぁ?」
「ふふん!世の中にはキャロットケーキというものがあるんです!」
「王女様は料理経験あるんですかぁ?」
「舐めないでいただきたいです。私は刃物を上手く使いますよ!」
「へぇ、包丁さばきが上手なんですねぇ」
「はい!ナイフ投げが得意です!」
「……ナイフ投げ?」
セシアは包丁を手に取ると、人参へ向かって投げた。
包丁は見事、人参のど真ん中へ突き刺さった。
「どうでしょうか!」
「……と、とりあえずぅ、ケーキを作りましょぉ」
キャッタンは目を逸らした。
「まずは卵割りです!」
セシアは卵をボウルへ勢いよく投げつけた。
「王女様ぁ!殻が入ってますぅぅぅ!」
「殻も卵の一部ではないんですか?」
セシアは不思議そうに首を傾げた。
「これに牛乳、人参、砂糖、マヨネーズを加えます!」
セシアは次々とそれぞれの適量を投入していった。
「合ってますかぁ?……あとぉ、その粉は何ですかぁ?」
キャッタンは白い粉の入った袋を指差した。
「ふふ……これは特別な粉ですよ」
「え?もしかしてぇ……」
「そうです!NaOHです!」
※NaOH=水酸化ナトリウム。非常に強いアルカリ性で、食べると最悪の場合は死に至る。
「絶対に入れないでくださいぃぃぃ!」
「どうしましたか?」
「何でそんな物が冷蔵庫に入ってるんですかぁ!?」
「私が入れました!」
セシアは親指を立てた。
「私が作りましたみたいに言わないでくださいぃ!……というか、そんな物どこで手に入れたんですかぁ?」
「自室の壁の中にありました」
「何で壁の中にぃ!?……というか壁、壊したんですかぁ?」
「ち、違いますよ?少し壊れていたので気になって」
「壊してるじゃないですかぁ!」
「……ケーキを作りましょう」
「誤魔化せないですよぉ!?」
セシアは袋を放り投げ、泡立て器を取り出した。
「さて、混ぜ合わせます!」
セシアは勢いよく生地をかき混ぜた。
「飛び散ってますぅぅぅ!」
「仕方ないです!ミキサーがないので!」
数秒後。
「……やっと終わったぁ?」
キャッタンは全身が白く汚れていた。
「白猫さんですか?」
「王女様のせいですよぉ!」
ボウルの中には、クリーム色にオレンジ色が混ざった生地が入っていた。卵の殻がきらきら光り、人参が一本丸ごと突き刺さっている。
「……うわぁ」
キャッタンは思わず顔をしかめた。
「少し見た目は悪いですが、焼けば何とかなるかもしれません!」
「これだから王女様はぁ……」
セシアは型へ流し込み、オーブンへ入れた。
「180度で予熱済みです。30分から40分ですね!」
「そこだけ妙に真面目なんですねぇ」
「小さい頃、お母様がお兄様に作っていたのを見ていたんです……焼いているところだけですが」
セシアは少し寂しそうに笑った。
「王女様ってぇ、お兄さんがいるんですかぁ?」
「はい。三個上の兄が一人います……血は繋がってませんが」
しばらくの沈黙が流れた。
「……話を聞いてもらってもいいですか?」
「もちろんですよぉ」
「私には、今の国王とは違う父がいました。父も母も庶民でした。あの頃は幸せだった……そんな気がします」
「……気がするぅ?」
「私が三歳の頃、お母様は今のお父様と出会ってしまいました。国王には王妃様がいました。でも、お母様に惚れてしまったんです」
セシアは話を続けた。
「父は行方不明になりました。王妃様も。そして、いつの間にかお母様が王妃になっていました……俗に言うNTRですね?」
「……雰囲気が台無しだよぉ」
「私は捨てられました。でも、王族の子供達は力が無かったのでしょうね。幼かった私にも魔法の才能がありました。だから見つけ出されて、王宮へ連れていかれました。そして……便利な道具として使われていたんです」
キャッタンが何か言おうとした、その時だった。
「……できましたよ!」
セシアは明るく笑った。
「嫌な予感しかしないよぉ……」
セシアは、魔法で型を浮かせる。型は自然に外れ、皿の上へ綺麗に着地した。
「すごいですぅ!超能力ですかぁ?」
「魔法ですよ。さあ、召し上がれ!」
差し出されたケーキは、表面こそ焼けているものの、ところどころ真っ黒。そして中央には、人参が突き刺さっていた。
「……お前ら、うるせぇぞ」
振り向くと、エレントスとミレカが立っていた。
「こんな時間に、そのようなものを食べてはいけませんよ」
ミレカはそう言って、ケーキを取り上げた。
「えぇ!?返してください!」
「食べるのは明日にしましょう」
冷蔵庫へ入れようとしたところで、セシアが袖を掴んだ。
「一口だけ食べてみてくれませんか?頑張って作ったんです!」
「……分かりました」
ミレカはそう言って、エレントスを見た。
「魔王様がお召し上がりになります」
「は?」
「ありがとうございます!」
ミレカはケーキを切り分け、皿とフォークを添えてエレントスへ渡した。
「……残りは冷蔵庫へ」
ミレカはセシアからケーキを受け取ると、残りを冷蔵庫へしまった。
「……さて、私は失礼させていただきます」
「自分もぉ!」
ミレカとキャッタンはそう言うと、そのままキッチンを後にした。
「それでは、私も眠くなったので。おやすみなさい、エレントス様」
「待て」
エレントスは、立ち去ろうとしたセシアを呼び止めた。
「気負いすぎるなよ」
それだけ言うと、エレントスは皿を持って去っていった。
「……はい!」
セシアはそう言い、自室へ戻った。
◇ ◇ ◇
エレントスはケーキを見つめる。
「……普通、人参を丸ごと刺すか?」
エレントスはケーキを口へ運んだ。
「痛ってぇぇぇ!」
卵の殻がエレントスの舌に刺さった。
「クソ……あいつ、ふざけやがって!全然うまくねぇし」
文句を言いながら、もう一口食べた。
「……まぁ、こういうのも悪くねぇな……いや、全然悪いな。キッチン出禁だ」
こうしてセシアには、新たなルールが追加された。
◇ ◇ ◇
翌朝。
「王女様。冷蔵庫に入っていたケーキが見当たらないのですが」
ミレカがセシアにそう尋ねた。
「食べましたよ?」
「全部ですか?」
「はい!美味しかったです!」
セシアは満面の笑みで答えた。




