35.不朽の血族編〜明日〜(前編)
「確かここですぅ」
四人の目の前には、ところどころ崩れた古い研究所が建っていた。
「まーた廃墟みたいな場所……」
セシアはゆっくりと扉を開いた。中には瓦礫が散乱し、机や椅子は焼け焦げていた。
「当時のままですね」
ミレカはそう呟くと、机を指でなぞった。その指は綺麗なままだった。
「……これは」
その瞬間、彼女は咄嗟に扉の方を振り向いた。
「まさか、そっちから来てくれるとはな」
扉の前には、あの眼帯の男が立っていた。
「来ましたか!手加減しませんよ!」
セシアはそう言うと、男に向かって走り出した。そして口を開いた。
「火炎魔法」
「防御魔法」
男がそう唱えると、目の前に巨大な一枚の壁が現れた。炎は壁にぶつかると、勢いを失って消えていった。その隙にエレントスは男の背後へ回り込み、蹴り飛ばした。
「ぐっ……!」
男は壁に勢いよく叩きつけられ、土煙が舞い上がる。やがて視界が晴れると、そこに男の姿はなかった。そして、キャッタンの姿も。
「……キャッタン!」
セシアは周囲を見渡した。壁が崩れている場所に目を向けると、男がキャッタンを掴んだまま、空を飛んで移動しているのが見えた。
「あれ、見てください!」
セシアがそう叫ぶと、二人も空を見上げた。
「上か……!」
「追いかけましょう!」
ミレカがそう言うと、三人は外へ飛び出し、男を追って走り出した。
「エレントス様、飛んでください!」
「無茶を言うな!我にそんな魔法はない!」
「いつまでも飛んでいられるわけではないでしょう。降りてくるタイミングで捕まえましょう!」
三人は走ったが、少しずつ距離を離されていく。その時、ふわりとセシアの体が宙に浮かび上がった。
「え……えええええ!?」
「王女様……!?今、降ろします!」
ミレカが慌ててセシアを掴もうとする。だが、エレントスがそれを制した。
「待て!」
「何ですか?」
「訳は分からないが、この際これは好都合だ。そのままキャッタンを追いかけろ」
「それは受け入れられません。理由が分からない以上、突然落下する可能性だってあります」
ミレカはエレントスを見つめた。
「それは……あいつの力量次第だな」
エレントスは空を飛ぶキャッタンへ目を向けた。
「まさか……キャッタン様が?」
「大丈夫です!前々から思ってたんですよ。空を飛べたらいいなぁって。私、とてもワクワクします!」
「安心できませんよ……」
その直後、セシアの体はさらに高く浮かび上がった。
「……私は、みなさんを信じていますから。早く、キャッタンを楽にさせてあげましょう!」
「……そうだな。こっちも行くぞ!」
エレントスはそう言うと、走り出した。
「……分かりました。死なないでくださいね」
ミレカもその後を追った。セシアは空を飛び、男を追いかけていく。
(エレントス様も気づいたように、この身からキャッタンの力を感じる。この感覚……魔法をかけてもらってる)
セシアはさらに速度を上げた。
◇ ◇ ◇
「……うっ」
キャッタンは苦しそうな顔をした。ふと目を開けると、すぐ後ろにはセシアの姿があった。
「キャッタン!」
「王女様ぁ……」
男は振り返ると、口を開いた。
「まさか、お前も飛行魔法を持っていたとはな」
「キャッタンを解放してください」
「それは無理なお願いだ」
男はそう言うとナイフを取り出し、セシアへ斬りかかった。セシアは身をひねってかわしたが、体勢を崩した。
「急に不安定に……!」
男はその隙を逃さず、セシアへナイフを振り下ろした。だが、セシアはナイフを素手で受け止めた。手から血が流れた。それでもセシアは構わず力を込めた。
「……!」
パキンとナイフは折れた。
「鎖で拘束する魔法」
セシアがそう唱えると、無数の鎖が男へ向かって伸びていった。男は身をひねり、簡単にそれをかわした。だが、鎖はそのままキャッタンの体に巻きついた。
「……何!?」
セシアが鎖を強く引っ張ると、男の手からキャッタンが離れ、そのままセシアのもとへ引き寄せられた。セシアはキャッタンをしっかりと抱えた。
「大丈夫ですか?キャッタン!」
「……ごめんなさいぃ。王女様ぁ……」
キャッタンがそう呟いた直後、セシアの体が落下し始めた。
「や、やばいです……!」
セシアが下を見る。そこにはミレカが立っていた。ミレカはすぐに詠唱した。
「風魔法」
セシアが地面に落ちる寸前、風が彼女の体を包み込み、落下速度を緩めた。そしてセシアは、そのまま地面へ軽く着地した。
「助かりました!ありがとうございます!」
「どういたしまして」
セシアはキャッタンに巻きついた鎖を外した。
「……息はありますが、気を失っています」
「そうですか……王女様!」
その瞬間、ミレカはセシアを引き寄せて横へ跳んだ。先ほどまで二人がいた場所に、男が着地した。
「……そろそろ、決着をつけないとですね」
セシアは立ち上がり、キャッタンをミレカへ預けた。二人はそのまま一歩前へ踏み出した。
「岩弾を飛ばす魔法」
セシアがそう唱えると、無数の岩弾が男へ向かって飛んでいく。
「防御魔法」
男がそう唱えると、その前に巨大な壁が現れた。岩弾は壁に次々とぶつかり、砕け散っていく。セシアはそのまま走り出した。
「火炎魔法」
「……!」
男は走り出し、炎を間一髪でかわした。
「どういうことだ……!なぜ、インターバルがない!魔法を使うにも負荷がかかるはずだ!」
「そんな理由、簡単ですよ!それは……生まれ持った才能と修行不足です!」
「なっ――」
セシアは勢いよく跳び上がり、男へ飛び蹴りを叩き込んだ。
「がはっ!」
男はそのまま地面へ倒れ込んだ。だが、すぐに立ち上がると、その場から飛び出した。
「あいつ……追いますか!?」
ミレカがセシアへ駆け寄った。
「大丈夫ですよ!……ずるいですね!ほんと良いとこ取りです!」
◇ ◇ ◇
「修行不足だと?ふざけるな。我はあんな女よりも長く生きている!……クソっ。思い出してしまったではないか。あの男を」
男は空を飛びながら、そう呟いた。
◇ ◇ ◇
かつて、研究所が炎に包まれた。その原因は、一人の剣士だった。
「お前らが永望の君だな?非道な実験を行っていると、よく耳にする。全員、お縄についてもらうか!」
その男は、まっすぐに我の目を見て言った。
「誰だ、お前は?」
「何、ただのおせっかいな剣士だ!」
魔法すら使えないというのに、我の魔法は、あの男には通じなかった。
「防御魔法」
我がそう唱えると、目の前に巨大な壁が現れた。だが、男は一切怯むことなく、勢いよく壁へ剣を突き立てた。剣は防御魔法を貫き、そのまま我の両目を斬りつけた。
「がっ……!」
両目から血が流れ落ち、視界が閉ざされた。その直後、研究所全体が大きく揺れた。轟音とともに天井が崩れ、瓦礫が次々と降り注いだ。我はその場に倒れ、足に巨大な瓦礫がのしかかった。
「まだだ……!あれを……あれさえあれば……!」
我は痛みに耐えながら瓦礫を退かし、立ち上がった。何も見えない。それでも、壁に手を這わせながら、目的の場所へ向かって走った。
「……クソっ。何なんだ、あの男は……!」
我は手探りで場所を確かめ、ようやくあの被験体を見つけた。その身体を掴み、外へ連れ出そうとしたその瞬間――
「……っ」
力が抜けた。我はその場に倒れ込み、そのまま意識を失った。どれほどの時間が経ったのか。やがて意識を取り戻した我は、ゆっくりと身体を動かした。
「このままでは……死ぬ……」
我は手探りで立ち上がり、もう一人の被験体のもとへ向かった。そして、あの被験体の母親を掴んだ。
「……あ、あ、あ、あ……」
被験体は、壊れたように同じ言葉を繰り返していた。我は構わず、それを咀嚼した。
それからだった。両目を失ったにもかかわらず、我の感覚は以前よりも研ぎ澄まされ、目の前にあるものが何とはなく浮かび上がるようになった。最初こそ不便だったが、時が経つにつれ、見えないことにも慣れていった。
そして、もう一つの変化があった。我は再生とまではいかないが、永遠の命を手に入れた。どうやら、あの被験体を取り込んだことによって、我の血には不朽の血に似たものが流れるようになったらしい。
何百年かは、我は永遠の命を喜んでいた。望んでいたものが手に入ったのだから。だが、何かが足りない。どれだけ生きても、満たされなかった。我の世界は、永遠に白黒のままだった。何百年生きようと、この感情だけは消えない。これなら、前の生活のほうがよっぽどマシだった。
「何が不朽の血だ……くだらない」
それから我は、自分自身を研究するようになった。どうすれば、この血の性質を根絶やしにできるのか。だが、何百年を費やしても、答えは出なかった。我は永遠の命を望み、永遠の命を拒んだ。なぜなのか。自分でも分からない。どうして、こんなにも満たされないのか。
やがて我は、一つの考えに辿り着いた。不朽の血を引くあの一族を探す。その一族を捕らえれば、また何かの実験をすれば、それに近づけるような気がした。
◇ ◇ ◇
「見つけた」
どこからともなく、声が響いた。男が地上へ顔を向ける。そこには、エレントスが立っていた。エレントスはゆっくりと手を空へ掲げ、口を開いた。
「暗闇を放つ魔法」
エレントスはそう唱えると、男に向かって黒い光線が放たれた。魔法を受けた男の身体が、大きく弾き飛ばされ、そのままセシア達の前へ落下した。そして、その後ろからエレントスがゆっくりと歩いてきた。
「魔王様……どこにいたんですか?」
「ただ、鳥が飛んでくるのを待っていただけだ」
セシアは大量の血を流し、倒れている男へ近づいた。
「……見てください。まだ生きていますよ。永遠の命を求めた結果が、これなんですね」
「……」
男はセシアを睨みつけた。
「けど、どうやら再生はできないようですね……貴方は今、生も死も、どちらも程遠いものなのかもしれません……私は永遠なんていりません。死があるからこそ、生を謳歌できるんですよ」
「……お前に何が分かる。短命種族を……死を恐れ、怯え続けた我を」
「分かりますよ、その感情は。私も夜、寝る前によく考えていましたから。けど、永遠を望むことをやめた時、そこにあるのは死ではありません」
セシアはそう言うと微笑んだ。
「そこで初めて、私達は気づくんです。終わりがあるからこそ、今という時間がとても輝いているんだって」
「……そうか。我のやっていたことは……どこまでも孤独で、空虚なものだったのだな」
男はゆっくりと立ち上がった。
「まだ立って……!」
ミレカが男へ近づこうとするが、エレントスが手で制した。男は三人を見つめた。
「永望の君は解散する。我も、明日へと踏み出すとしよう」
男はそう言うとセシアを見た。
「ありがとう」
「どういたしまして!……さよなら。またどこかでお会いしましょう」
男はふらふらと歩き出し、そのまま三人の前から去っていった。
「逃がしてよかったんですか……?」
ミレカがセシアにそう尋ねた。
「彼はもう、逃げませんよ」
セシアはそう言って微笑んだ。
「とりあえず、帰るぞ。お前も怪我をしているだろ」
エレントスはセシアの手を見た。
「そーですね!帰りましょう!」
セシアが笑顔で答える。夕焼けが、四人の姿を照らしていた。




