34.不朽の血族編(後編)
「おはよ〜」
小さな魔族は部屋を出ると、眠そうな声でそう言った。だが、その声に応えてくれるはずの両親の姿はなかった。
「あれ、お買い物に行ってるのかな?」
魔族があくびをしていると、不意に扉が開いた。そこから入ってきたのは、複数人の男達だった。その中心には、一人の中年の男がいた。
「……どなたですか?」
魔族はそう尋ねると、直感的に後ずさった。
「見つけたぞ。不朽の血だ。捕らえろ!」
中心にいた男がそう叫ぶと、後ろにいた男達が一斉に魔族へ手を伸ばした。
「……!」
魔族は部屋の中を飛び回った。男達がナイフを振り下ろす。だが、魔族はそれを次々とかわしていく。その時、中年の男が魔族目掛けて何かを投げつけた。
「痛っ……!」
魔族はそのまま床へ落ちた。ふと足元を見る。そこには、見慣れた顔があった。首だけになった母親が、こちらを見つめていた。
「ひ……うわああぁぁ!」
魔族がそう叫んだ隙に、男達が魔族を捕らえた。魔族が何かを叫ぼうと口を開いた瞬間、中年の男が静かに告げた。
「我々の手中には、お前の父親もいるぞ」
「……!」
魔族は涙を流しながら、静かに口を閉じた。そして、強く唇を噛みしめた。
◇ ◇ ◇
しばらくすると、魔族は研究所のような建物へ連れてこられた。研究所内の机に置かれた魔族は、そこで身体を拘束された。次の瞬間、首が切り落とされた。魔族の首は床に転がり、鮮血が机に飛び散った。
「やはり、こちらの方が質がいい」
中年の男はそう言うと、机に付着した血を舐めて笑った。そして、魔族の首を床から拾い上げ、男達へ投げ渡した。
「その首から生血を搾り取れ。一滴残らずな」
「「はい」」
その瞬間だった。魔族の身体に異変が起こった。切断された首元が膨張し、みるみるうちに再生していった。
「へっ……あ、あ、あ……」
魔族は自分の身体を確かめるように首に触れながら、荒い呼吸を繰り返した。
「これは早いな……貴重な不朽の血だ」
「……ふ、不朽の血?」
魔族は震える声でそう尋ねた。
「朽ちることなく、永遠に生き続ける一族がこの世には存在する。それがお前達の一族だ」
「えっ……?」
「かつて我々の組織は、永遠の命を求めた。そして、数多の命を礎とした実験の果てに生まれたのが、お前達の一族だ」
「……!」
魔族は言葉を失った。
「だが、実験の存在が世間に広まる前に、優良個体が二体逃げ出してしまった。その後は大変だった。ほとんどの個体の再生が止まってしまったからな」
「……あなたは……何年も生きているの?」
「当然だ。お前達の血を啜ることで、我は永遠に生き続けてきたのだから!」
そう言った直後、中年の男は咳払いをした。
「……話を戻そう。逃げ出した二体は、やがて繁栄し、その血を広げていった。面白いだろう?お前の両親は、同じ血筋なんだ」
「……え?」
「だが、本人達はその事実に気づいていない。あまつさえ、同族に出会ったことを喜んだだろう」
「……同族」
魔族の呼吸が、次第に荒くなっていく。
「同じ一族同士なら、血はより濃くなるはずだと思った。だが、そうはならなかった。異常な遺伝子によるものなのか……それは分からん」
中年の男はそう言うと自分の顔に触れた。
「我はこの通り老いてしまった」
「……」
「この研究所で一族を繁栄させた。だが、どうにも個体は死んでいく。年々その数は減り、ついには一体もいなくなった」
男はそう言って魔族を見つめた。
「だが、そこでお前の両親を見つけた」
「……!」
「正直、最初は分からなかったのだ。お前は外へ出る時、変身魔法をかけてもらっていたのだろう」
「……っ!」
「だが、そんな魔法がいつまでも通用すると思うなよ。世の中には、面白い魔法を使う奴など山ほどいるのだからな」
中年の男はそう言うと、魔族を掴み男達へ投げ渡した。
「貴重な個体だ。まずは一日に一度。安定したら回数を増やせ」
「「了解しました」」
中年の男はそう言い残すと、部屋を出ていった。
◇ ◇ ◇
「あっ……ああああああああああ!」
来る日も、来る日も。
「あっ……あああああああ!」
何度聞いたのだろうか。自分の悲鳴を。何度見たのだろうか。自分の血を。何度感じたのだろうか。痛みを。そして、再生した時に感じる、気持ちの悪い感覚を。
「あっ……あああああああ……」
何度、繰り返したのだろうか。
「ああああああああ……」
何年、何十年と時が経ったのだろうか。
「ああああぁぁ……」
いつしか、あの中年の男は若い男の姿になっていた。これは、果たして幻覚なのだろうか。
「あ……あは……あはは……あはははははははははははははははははははははははははははははははは……」
◇ ◇ ◇
ある日、研究所が炎に包まれた。
「被験体だけ回収しろ!」
「あの男を殺せええぇぇ!」
研究所内には、いくつもの死体が転がっていた。魔族の身体も炎に包まれた。だが、焼き焦げた身体はすぐに再生していった。それでも、魔族は叫ばなかった。ただ、虚ろな目で炎を見つめていた。すると、あの若い男が足を引きずりながら魔族へ近づいてきた。
「……クソっ。何なんだ、あの男は……!」
男の目元からは血が流れている。どうやら、視力を失っているようだった。男は魔族を掴み、外へ連れ出そうとした。その直後、男はその場に倒れ込んだ。
「おい、大丈夫か?」
魔族の目の前には、一人の男性が立っていた。だが、魔族はその男性の顔を見るよりも、その奥にある部屋へ視線を向けていた。そこには、見覚えのある顔があった。忘れられない、忘れたくない顔。
「ぁぁ……」
魔族は、その部屋へ向かって走り出した。
「おい、待て!そっちは――!」
魔族の前には、倒れたゴミ箱があった。そこから漂ってくる生ゴミのような腐敗臭。中には、たくさんの同族の死体が無造作に捨てられていた。そして、その中には魔族の父親の姿もあった。
「……あっ、お父さぁ……?」
その姿を見つめながら、魔族は震えた。
(こんなぁ……ゴミみたいに扱われてぇ)
「危ない!」
男性が叫んだ。その瞬間、頭上から瓦礫が落下してきた。男性は魔族を助けようと手を伸ばした。だが、魔族はそれをかわした。
「……!」
次の瞬間、大量の瓦礫が魔族に降り注いだ。
「おい!大丈夫か!?」
男性は咳き込みながら、必死に瓦礫を退かしていく。だが、そこにあったのは、潰れた死体だけだった。男性は険しい顔をすると、その場で静かに手を合わせた。そして、ゆっくりとその場を後にした。
◇ ◇ ◇
下半身だけになった魔族は、ふらふらと外を彷徨っていた。しばらくすると身体が再生した。空からは、いつの間にか雨が降り始めていた。
(組織はぁ……壊滅したのかなぁ……)
魔族は空を見上げた。
(もう……どうでもいいやぁ……)
魔族は路地裏へ入り、その場に座り込んだ。すると、猛烈な吐き気が込み上げてきて、吐瀉物が地面に広がった。
「おぇっ……」
雨に打たれながら、魔族はその場に横たわった。やがて、意識が遠のいていった。次に目を覚ました時、そこには一人の男性が立っていた。
「……こんなところにいると、風邪引くぜ?」
◇ ◇ ◇
「その後は、魔王様の知ってる通りですぅ……面白かったでしょうかぁ?」
キャッタンがそう言うと、その場は沈黙に包まれた。
「ね……言わない方が良かったでしょぉ?」
キャッタンはそう言って目を逸らした。すると、セシアが口を開いた。
「そんなことありません!……ずっと、そんな辛い思いをしていたんですね。私達は、何があってもキャッタンの味方ですよ」
セシアがそう言うと、エレントスもミレカも頷いた。
「……そうですかぁ」
キャッタンはそう呟くと、目元を擦った。
「……というか、魔族にも寿命があるんですね?」
セシアはエレントスにそう問いかけた。
「寿命の長さは種族にもよる。その眼帯の男は、短命種族なんだろうな」
「それなのに、その眼帯の男は生きていたんですね」
「……はいぃ。あれは間違いなく、あの人でしたぁ。それも、こんなに年月が経ったのに、若いままぁ。一体、何をしたんでしょうねぇ」
「何はともあれ、キャッタンをそんな酷い目に遭わせた方を許すつもりはありません!きっちりと対価は支払ってもらいましょう!」
セシアはそう言うと、エレントスを見た。
「そうだな。今度こそ、我々がその組織を壊滅させよう」
「そうですね。そんな組織は、私達がお掃除してしまいましょう」
二人はそう言うと、キャッタンを見た。だが、キャッタンは何か葛藤しているような表情を浮かべていた。
「大丈夫です。私達は死にませんよ」
セシアはそう言うと、微笑んだ。
「……本当は、行かないでほしいですぅ。自分が捕まれば解決しますからぁ……でも、そんなこと言われるとぉ、助けを求めたくなっちゃいますぅ……」
キャッタンは涙目でそう言った。
「だから、助けを求めていいんだ。仲間なんだからな」
エレントスはそう言うと、立ち上がった。
「キャッタン様、その組織名は何ですか?」
「……自らを永遠を望む君子と考えているぅ、永望の君。それが組織名ですぅ」
「なんか、カッコつけてる名前ですね!早くぶっ飛ばしましょう!」
「待て。そもそも、場所は分かるのか?」
「……変わってなければぁ、研究所がどこにあるかは分かりますぅ」
「じゃあ、一度行ってみましょうか」
ミレカがそう言うと、エレントスは魔法を詠唱した。




