29.記憶の中の夏祭り
「みんなで夏祭りに行きましょう!」
セシアはエレントスを見つめてそう言った。
「良いぞ。魔界にもあるからな。行くか?」
「そう言わずに!って……え、良いんですか!?」
セシアは驚いたように目を見開いた。
「良いって言ってるだろ」
「こんな始まり方、知りません!そこはエレントス様が嫌がって、私とキャッタンが誘って、嫌々行くのが定番じゃないですか!?」
「そこまで言うなら行かないぞ」
「嘘です!行きましょう!」
セシアがそう言って振り返ると、そこには祭と背中に大きく書かれたはっぴを着て、鉢巻きを巻いたキャッタンが立っていた。
「いや、この流れ前回も見ましたって!ちゃんと27話見ましたか!?」
「じゃあ、着替えたら行くか」
「私はミレカを誘って、浴衣借りて行きます!」
セシアはそう言うと、走り出した。
「珍しいですねぇ、魔王様。どうしたんですかぁ?」
キャッタンがエレントスにそう問いかけた。
「……昔、友人と行ってな。少し懐かしく感じたんだ。もう一度くらい、楽しんでも良いだろ?」
「魔王様ぁ……夏祭りって、私服で行くタイプですか?」
「だから、お前は何の話をしてんだ!」
エレントスはキャッタンを掴むと、そのまま真上へ放り投げた。
「たまやーーー!」
キャッタンは天井を突き破り、どこかへ飛んでいった。
「……この流れ、みんな飽きただろ」
◇ ◇ ◇
「わぁ、屋台がいっぱいあります!」
セシアは浴衣姿で、目を輝かせていた。
「王女様、浴衣がよくお似合いでございます」
「ありがとうございます!ミレカもよく似合ってますよ!」
二人はそう言って微笑み合った。その少し離れたところで、エレントスとキャッタンが小声で話している。
「……若作りですかねぇ?」
「おい、殺されるぞ」
「お前ら、聞こえてんだよ」
ミレカはそう言うと、二人に笑顔を向けた。
「夏祭りといえば、ケーキか蟹、松茸ですかね?」
「……ケーキぃ、蟹ぃ、松茸ぇ?」
キャッタンはそう言って首を傾げた。
「あ、えっと……違いますよね!夏祭りというのは射的ですよね!」
「射的ならありますよ」
ミレカはそう言って、奥にある屋台を指差した。そこでは、一組の男女が射的をしていた。
「勝負だ……負けたら死んで」
「いや、罰が重すぎるよ〜」
「……じゃあ、負けたら屋台のご飯、全部奢って」
「いや、それ僕が死んじゃう。金が尽きた時、僕の命も尽きるから」
「ゴミカス守銭奴が……」
二人は射的の銃を構えた。そして次々とおもちゃやゲーム機を撃ち抜いていく。景品は次々と倒され、やがて棚に並んでいた景品はすべて地面に落ちた。
「おい、何してんだあぁぁ!」
「何?僕達、何の不正もしてないよ〜?」
「私達、正当……あなた達、失当。やりたきゃやるぜ、戦闘。掴み取る栄光。イエーーイ」
女性は棒読みでそう言った。
「何、韻踏んでんだ!お前ら帰れえぇぇ!」
二人は店主に追い払われ、そのままこちらへ歩いてきた。その二人は、ラジアとカラリリだった。
「……お前らかよ」
「これは、これは、みなさんお揃いで〜!」
ラジアは笑いながらそう言うと、エレントスを見た。
「その浴衣、懐かしいね。似合ってるよ」
「ふん」
エレントスはそう言うとそっぽを向いた。セシアは辺りを見渡した。
「あれ……カラリリ様は?」
「カラリリなら帰ったよ。エレントスを見た途端にね〜」
ラジアはそう言って微笑んだ。
「悲しいものだね。もう僕達は、あの頃のように仲良くはできないんだな〜じゃあね、エレントス。その姿が見られて良かったよ」
ラジアはそう言うと、四人に背を向けて歩き出した。
「エレントス様……」
「……何だ?」
エレントスは不機嫌そうに返した。
「射的というのは、お互いに排斥し合うご遊戯ではないのでしょうか?」
「お前は夏祭りを理解してなさすぎだろ!」
「王女様ぁ、そんな物騒なものじゃありませんよぉ」
二人はそう言って苦笑した。
「でも、あの様子だと射的はできませんね。あのバカ二人のおかげで。金魚すくいでもやりますか?」
ミレカはそう言うと、隣にある屋台を指差した。そこでは、一人のおじさんが金魚すくいをしていた。
「あ、あの後ろ姿は……」
エレントスが小さくそう呟いた。すると、おじさんはどこからともなく湯おけを取り出した。そして、そのまま金魚をすくい始めた。
「いや、何してんだよ!じいさん!金魚すくいのルール知ってる!?ポイですくうの!何持参してんだ!」
「D銅貨何枚かで魚が手に入る……これほど良い魚屋はないですね」
「うちは魚屋じゃねえよ!」
おじさんは二人の店主によって屋台から引き剥がされ、そのまま地面に放り投げられた。
「……何してんだ、あいつ」
「何をしてるんですかねぇ……」
二人は呆れながら、おじさんを見つめた。
「また会いましたね。自己おじ」
ミレカがおじさんにそう声をかけた。
「いや、何だよ自己おじって!」
「自己を喪失したおじさんですね!?」
セシアは笑顔でそう言った。
「お前は何で分かんだよ!?あの回にお前いなかっただろ!あと、もっと他にあるかもしれねぇだろ!?自己肯定感の高いおじさんとか!」
「このお顔が自己肯定感高く見えます?完全に自己喪失顔ですよ」
「だから、お前らおじさんに恨みでもあんのか?」
おじさんは地面から立ち上がると、四人の方を向いた。
「いい魚屋を探します。また会った時はよろしくお願いします」
そう言って、おじさんはとぼとぼと歩いていった。
「自己おじぃ……!」
キャッタンが小さくそう呟いた。
「……あの様子だと、金魚すくいもできませんね。自己おじのせいで。りんご飴でも食べますか?」
ミレカはそう言うと、後ろにある屋台を指差した。そこには焼きそばやりんご飴、わたがしなどが並んでいた。
「焼きそばが食べたいですぅ!」
「私はりんご飴です!……エレントス様は?」
「……そうだな。わたがしだな」
エレントスがそう答えると、ミレカが笑った。
「おい、何笑ってんだよ」
「いえ、本当に懐かしいなと思いまして」
三人はそれぞれ、りんご飴、焼きそば、わたがしを手に持っていた。
「そろそろ、花火が上がりますよ」
ミレカがそう言った瞬間――花火が打ち上がった。
「ヒュ〜……ドーン!」
「たまやですぅ!」
キャッタンが空を見上げながらそう叫んだ。
「……実は私、夏祭りに一度も行ったことがなかったんです。でも、夏祭りってこういうものなんですね」
「王女様ぁ……いや、違いますよ?」
「あんな頭のおかしい奴、そうそういないぞ」
「そうなんですか!?でも、私は楽しかったですよ。また――」
セシアはそこまで言って、言葉を切った。
(また……私は、また一緒に行けるのかな。人質なのに。この生活は一時的なものなのに。それに、この国の人々は……世間は、この方達を良く思っていないんだろうな。こんなにも優しい方達なのに。こんなにも温かいのに……私は――)
「またぁ、来年も行きましょうねぇ」
キャッタンが何気なくそう言った。
「行けるか?」
「この日常が変わらなかったらの話ですよ。今日はとても楽しかったですから」
ミレカはそう言って、セシアに微笑みかけた。
「……そうですね!今度は蟹と松茸をいただきましょう!」
「だから、そういうのはねぇよ!」
「……ふふっ」
セシアは小さく笑った。
(私は、この日常を大切にしていきたい。不安定で、いつ崩れるかも分からない、この日常を。みなさんと共に――)
「王女様ぁ!くじ引きやりましょう!」
キャッタンが屋台の方から手を振っている。そこには、いつもの三人が立っていた。
「はい!やりましょう!」
セシアは笑顔で、三人のもとへ駆け出した。




