10.魔界訪問編(前編)
セシアはエレントスと共に街並みを歩いていた。しかし、それは見慣れた街並みではなく、魔族が住む魔界だった。
「思ったより、人間界に近いですね」
セシアがそう言うと、エレントスは軽くセシアの頭を小突いた。
「……ここでは人間界の名を出すな。魔族の中には人間をよく思っていない奴も多いからな」
「はぁーい」
セシアは小さく返事をすると、再び歩き出した。
(……というか、何で私ここにいるんだっけ?)
◇ ◇ ◇
今朝。
「ふんふん!やっぱりこの魔道書は面白いですねぇ」
セシアは図書館で魔道書を読んでいた。
「おい、ちょっといいか?」
声を掛けられ、振り返ると、そこにはエレントスが立っていた。
「どうしましたか?」
セシアはそう言うと、本を本棚へ戻した。
「魔界に行くぞ」
「……へ?」
セシアは目を丸くした。
「……エレントス様。それってつまり、私に死ねと?」
「違う。これからお前には働いてもらう」
「……え、ええぇぇ!?」
セシアは思わず叫んだ。
「何でですか!?人質を働かせるなんてどうかしてますよ!」
「鏡」
「……えっ?」
「お前が割った魔法の鏡の修理代を働いて返してもらう」
エレントスはそう言い放った。
「いや、いや!?鏡を修理するくらい簡単に頼めるじゃないですか!」
「手持ちが足りない……」
「……え?」
「……魔王城の維持費とか色々あって、魔法の鏡に使う金がねぇんだよ!」
エレントスは大きな声でそう言った。
「そ、そうなんですか?」
「悪いようにはしない。せめて修理代くらいは稼いでくれ……」
エレントスは頭を掻きながら言った。
「分かりました!任せてください!」
セシアは笑顔で答えた。
「でも、人間だってバレませんか?」
「人間によく似た魔族は多いから大丈夫だ。それに、他作品でよく見るような人間の匂いで、正体がバレるようなこともないぞ」
「そうなんですね。じゃあ、行きましょう!」
そう言った直後、セシアは疑問に思った。
(でも、どうやって魔界に行くんだろう?)
その時、エレントスがセシアを引き寄せた。
「えっ……ちょっと!?」
「空間移動魔法」
エレントスがそう唱えた瞬間、二人の姿はその場から消えた。
◇ ◇ ◇
(それで、今に至るんだった……)
「着いたぞ」
二人の前には大きな店が建っていた。店の看板には『ソルブの天秤』と書かれている。
「……ソルブの天秤?」
「我の友人が営んでいるお店だ。お前が人間だと知っても目をつぶってくれるだろう」
エレントスがそう言うと、二人は店の中へ入った。
「やあ、いらっしゃい」
店内には一人の男が立っていた。
「……って、エレントスじゃん。どうした?」
「カラリリはいないのか?」
エレントスはそう尋ねた。
「彼女なら仕事に行ってるよ。僕で良ければ依頼を引き受けるけど?」
男は笑顔でそう言った。
「……お前に用はない。カラリリが帰ったらまた来る」
エレントスが踵を返そうとすると、男が呼び止めた。
「君の連れの女の子、誰かな?」
男はそう言ってセシアを指差した。
「ただの知り合いだ」
「ふーん」
男はセシアの前まで歩いてきた。
「あの、何ですか?」
「いやぁ、ここは人手不足でね。誰か働いてくれたら助かるんだよねぇ」
セシアは思わず一歩後ろへ下がった。
「……はぁ、ここへ来た理由は、そいつを働かせてもらうためだ」
「そうだったの!?それは嬉しいな――」
「だが」
エレントスが言葉を遮った。
「仕事の紹介はカラリリにさせろ」
「え〜どうして?彼女、しばらく帰ってこないよ?依頼次第じゃ、一か月帰ってこないことだってあるんだから」
男は話を続けた。
「それに、さっきから君らを見てたんだけど、妙に人目を避けてたよね?……僕もさ、怪しい者を見つけたら言いふらさざるを得ないんだぁ。たとえその相手が君――魔王でもね」
男のその言葉にエレントスは舌打ちした。
「……分かった。ただし、この話はカラリリ以外にはするなよ」
「もちろん。僕が今までエレントスを裏切ったことなんてあった?」
エレントスはため息をつくと、セシアが人間であること、魔法の鏡を壊したため、その修理代を返すまで働かせたいことを説明した。
「へぇ。人間界の王女様ねぇ」
男は興味深そうにセシアを見る。
「頼みは引き受けるよ。もちろん無償で、極秘にね。そうだ、君の名前は?」
「私はセシア・プレーセスと申します。これからよろしくお願いします」
セシアは丁寧に頭を下げた。
「僕はラジア。よろしくね」
ラジアはそう言って微笑んだ。




