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最強の力を引き継いで異世界転移したものの、先代勇者が国にハメられて暗殺された歴史を知ってしまった件。  作者: 藤咲玲


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第89章:魔法使いの矜持と、期待値を超える成長

 祠を後にして数時間、北東の岩山を目指す道中は、草木の枯れ果てた険しい荒野が続いていた。

 赤茶けた大地を踏みしめ、標高を上げていく途上――不吉な金属質の重低音が、突如として頭上の大気を切り裂いた。


 ブーンという無数の羽音のような駆動音が重なり合い、頭上を漂う灰色の雲を割って現れたのは、黒い金属光沢を放つ無数の影。カトウ商事が領域防衛のために巡回させている、警備用ドローン――小型の無人魔導機動兵器の編隊だった。


 無機質な赤いレンズが一斉に俺たちを捉え、統制された機械的な駆動音が荒野に響き渡る。


「……またか。こんな荒野にまで監視の目が張り巡らされているとはな」


 俺が腰の黒鉄のハンマーへ手を伸ばし、前に出ようとした――その瞬間。


「サトオ、待って。……ここは、私にやらせて」


 アリスが俺の腕を制し、すっと前に躍り出た。

 その背中は小柄だが、掌に手繰り寄せた魔力によって力強く大きく見えた。


「アリス?」


「これは、私の『試験』でもあるの。……カトウ商事のあいつらが弾き出した私の『評価』が、どれだけ間違っていたか……証明してみせるわ」


 彼女の瞳には、強い覚悟の火が宿っていた。


 かつてアリスは、効率至上主義を掲げるカトウ商事配下のパーティに所属していた。だが、成長速度が遅いことや魔法の威力が規格に満たないことを理由に、「数値が期待値以下」「非効率な不合格者」と容赦なく切り捨てられた過去がある。


 だが、今の彼女は違う。


 世界を解析し、魔力の構造を解体する術を知る俺から直接、効率的な魔力運用の極意を伝授されたのだ。彼女の中に眠っていた魔法の「運営者」としての才能は、確実に芽吹き始めている。


「侵入者排除。魔導光線、照射――」


 ドローン群の銃口が一斉に青白い光を帯び、空を焦がす熱線が束となってアリスへと降り注いだ。回避不可能な密度の光の雨。


 だが、アリスは怯まない。彼女は長々とした呪文の詠唱を完全に捨てていた。

 無駄な言霊による詠唱は、魔力の伝達効率を落とす「非効率」な摩擦損失でしかない。


 アリスは細い指先を滑らせ、空中に立体的な幾何学陣を描く。瞬時に魔力の波形を最も無駄のない状態へと最適化し、大気を一気に圧縮した。


「――切り裂きなさい!」


 幾何学陣を通り抜けて放たれたのは、単純な火球や散弾ではない。極限まで高圧凝縮された、音速を超える風の刃だ。


 ズバァァン! と空気を引き裂く重低音が響き、迫り来る魔導光線を真っ向から一刀両断にする。それどころか、勢いを維持した風刃はドローン群の装甲を容易く貫通した。


「……狙いは外さない。そこ!」


 アリスが空中で指先をパチンと鳴らす。


 風刃が貫いたのは、ドローンの中心部に収められた「魔力核(コア)」。アリスが流し込んだ微弱な衝撃パルスが核を内側から崩壊させ、ドローンが1台、爆発を起こした。


 ドッカン! とあがった火柱は、隣接する機体へと連鎖。計算し尽くされた連鎖反応によって、ドローン群は空中で次々と黒煙を上げて爆散していく。


「予測誤差……算出不能……」


 機械的な警告音が途切れる間もなく、わずか1分足らずで、空を埋め尽くしていた警備の編隊は完全に沈黙した。


 舞い散る鉄屑と黒煙の中、アリスが静かに地上へ着地する。

 肩を上下させ、わずかに息を乱してはいるものの、その瞳にはかつて酒場で出会った頃の冷めた陰りは一切なかった。猛禽のように鋭く、それでいて誇り高い光が宿っている。


 商事の連中が「期待値以下」と断じた落ちこぼれの魔法使いが、彼らの誇る最先端兵器をたった1人で完封してみせたのだ。


「……どう? 私の魔法」


 アリスは頬についた煤を細い指で拭うと、どこか照れくさそうに、しかし自信に満ちた笑みを浮かべた。


「ああ、素晴らしい。商事の連中が見たら泡を吹いて倒れるだろうな。非効率だと切り捨てた魔法使いが、自分たちの防衛兵器を単身で完封したんだから」


「ふふ、でしょ? これで少しは……あんたの隣に立つ資格、できたかしら」


 アリスは俺の隣に歩み寄ると、俺のコートの裾をぐっと力強く掴んだ。


 彼女の中にあったのは、単なる追従者としての自信ではない。英雄を支え、共に戦い抜く「最高のパートナー」としての確固たる矜持だった。


 俺たちを狙う神々の監視の目は、これからさらに厳しくなるだろう。だが、覚醒したアリスと、不変の忠義を抱く10がいる。


 いまの俺たちなら――神々が作り上げた強固で冷酷な管理社会という名の檻を、内側から完璧に解体して打ち砕ける。


「行こう、アリス。軍神ユニット03の待つ場所へ」


「ええ、どこまでも付き合うわ!」


 頼もしい相棒の笑顔に背中を押され、俺たちは澄み渡る荒野の空の下、力強い足取りで進み出した。


 ◇


【魔力の奪取と、覚醒する捕食のバリア】


 ドローン群の爆煙が岩山を黒く染め、ようやく静かな風が戻ってきた岩かげで、俺たちは一息ついた。


 アリスは少し肩を上下させていたが、その表情には先ほどカトウ商事の最新鋭機を単身で完封してみせた自信と高揚が滲み出ている。俺は彼女の肩を軽く叩き、不敵に笑いかけた。


「アリス、さっきの風の刃は見事だった。だが……ここから先、軍神ユニット03や神々の刺客と戦うなら、もう一段階上の術式を覚えてもらうぞ」


「もう一段階上の術式……?」


 アリスが首をかしげる。俺は地面に転がるドローンの破片を拾い上げ、指先に微弱な魔力を巡らせた。


「いいか。魔力は、自分の体内から無理やり捻り出すものじゃない。――相手の術式に直接流し込むものだ」


「流し込む?」


「そうだ。かつて俺が『商事』を運営していた頃、管理対象の魔力を効率よく吸い上げるために使っていた技術だ。今のあんたなら理解できるはずだ。魔力とは、単なる属性エネルギーの塊じゃない。この世界という理を構成し、事象を動かしている設計図の記述そのものなんだ」


 俺はアリスの手を取り、彼女の魔力の波形を俺の感覚に同調させた。指先から流し込んだ微細な魔力で、ドローンの残骸に残っていたかすかな魔力回路の構造をその場で解体し、書き換えて見せる。


「いいか、力任せにぶつけるな。相手の魔力の波形に、自分の意識を極わずかなノイズとして混ぜ込むんだ。そうすれば、相手の術式そのものを乗っ取れる。……流れてくるだろ? 敵の魔力を、自分の血管へ」


 アリスの瞳孔が開く。彼女の指先から、淡い光の粒子が立ち上った。


「……信じられない。相手の魔力が、私の一部になる感覚……」


「これが『奪取』の真髄だ。さらに応用すれば、相手の周囲に自分の魔力を薄く、しかし強固に展開できる。敵は自分の放った魔法を自分自身に食い止められ、魔力を絶たれることになる。常識的な魔導書に載っている『攻撃を防ぐ盾』じゃない。相手の術式をその場で解体して己の燃料に変える、魔力の真空地帯――カウンターの技術だ」


 アリスは息をのんだ。常識的な魔法体系では、他人の放った魔力を戦闘中に強奪するなどあり得ない。


 だが、かつて商事の型にはまった評価軸で「成長が遅い」と切り捨てられたアリスは、決まった型を持たないからこそ、この概念的な技術に対して異次元の適応力を見せた。


「……なるほど。相手の魔法を『攻撃』じゃなく、単なる『外部の術式情報』として受信して、自分のものに書き換えちゃえばいいのね」


「正解だ。飲み込みが早くて助かるよ」


 彼女の周囲で、空気が重く澱み始める。

 かつて弱小魔法使いと蔑まれていた彼女が、今、魔法の「運営者」へと変貌を遂げようとしていた。


「これ……楽しいわね」


 彼女は悪戯っぽく微笑んだ。


 ――その時だった。


 ゾクッ、と背筋を凍りつかせるような凄まじい殺気が、岩山の山頂付近から一気に放たれた。


 ドローンなどの兵器とは次元が違う。神代の戦場を駆け抜け、幾多の命を散らしてきた軍神――ユニット03の純粋な「武の圧」だ。大気が激しく軋み、俺たちの足元の岩盤に鋭い亀裂が走る。


 予想を超える早さでの急襲。遠距離から放たれた見えない殺気の刃が、音もなく俺たちの喉元へと肉薄する。


「サトオ、やってみるわ。……あんたの教えを、さっそく実戦で!」


 俺が腰のハンマーを抜こうとした瞬間、アリスが迷いなく前に飛び出した。


 彼女は瞳を鋭く光らせると、いま教え込んだばかりの術式を一切の躊躇なく展開する。


「――『捕食の障壁』、起動!」


 アリスの指先から広がった幾何学の光が、空間を歪めて漆黒のバリアを描き出した。


 直後、ユニット03の放った不可視の衝撃波がバリアへと激突する。

 ドォン! と激しい重低音が響き渡るが、衝撃は突き抜けない。バリアの表面が波打ち、03の放った威圧と魔力の波形を、まるで生き物のようにズルズルと貪り食い、無力化していく。


 後に数多の敵を絶望へと叩き落とし、彼女の代名詞となる絶対防壁――「捕食するバリア」が覚醒した瞬間だった。


「……ふう。本当に吸い取れちゃうなんてね」


 03の威圧を完全に食らい尽くし、アリスは不敵で頼もしい笑みを浮かべた。


「どう? サトオ。私だって、もう守られるだけの足手まといじゃないわ。あんたの背中、完璧に守ってあげる」


「……ああ、最高のパートナーだ」


 かつて弱小と蔑まれた少女と、力を奪われた元英雄。

 互いの欠けた部分を埋め合い、並び立つ「真の相棒」として覚醒した俺たちは、顔を見合わせて力強く頷き合った。


 遠く山頂で、03の紅い眼光がさらに激しく明滅するのが見えた。武人としての血が騒ぎ、俺たちを試す牙を一段と研ぎ澄ませている。


「行くぞ、アリス。軍神ユニット03の領域へ!」


「ええ、かかって来なさい!」


 互いに力を高め合った俺たちは、覚悟を胸に、最強の家臣が待つ試練の領域へと踏み込んでいった。


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