第88章:魔法使いの矜持と、期待値を超える成長
祠を後にして数時間、北東の岩山を目指す道中は、草木の枯れ果てた険しい荒野が続いていた。
赤茶けた大地を踏みしめ、標高を上げていく途上――不吉な金属質の重低音が、突如として頭上の大気を切り裂いた。
ブーンという無数の羽音のような駆動音が重なり合い、頭上を漂う灰色の雲を割って現れたのは、黒い金属光沢を放つ無数の影。カトウ商事が領域防衛のために巡回させている、警備用ドローン――小型の無人魔導機動兵器の編隊だった。
無機質な赤いレンズが一斉に俺たちを捉え、統制された機械的な駆動音が荒野に響き渡る。
「……またか。こんな荒野にまで監視の目が張り巡らされているとはな」
俺が腰の黒鉄のハンマーへ手を伸ばし、前に出ようとした――その瞬間。
「サトオ、待って。……ここは、私にやらせて」
アリスが俺の腕を制し、すっと前に躍り出た。
その背中は小柄だが、掌に手繰り寄せた魔力によって力強く大きく見えた。
「アリス?」
「これは、私の『試験』でもあるの。……カトウ商事のあいつらが弾き出した私の『評価』が、どれだけ間違っていたか……証明してみせるわ」
彼女の瞳には、強い覚悟の火が宿っていた。
かつてアリスは、効率至上主義を掲げるカトウ商事配下のパーティに所属していた。だが、成長速度が遅いことや魔法の威力が規格に満たないことを理由に、「数値が期待値以下」「非効率な不合格者」と容赦なく切り捨てられた過去がある。
だが、今の彼女は違う。
世界を解析し、魔力の構造を解体する術を知る俺から直接、効率的な魔力運用の極意を伝授されたのだ。彼女の中に眠っていた魔法の「運営者」としての才能は、確実に芽吹き始めている。
「侵入者排除。魔導光線、照射――」
ドローン群の銃口が一斉に青白い光を帯び、空を焦がす熱線が束となってアリスへと降り注いだ。回避不可能な密度の光の雨。
だが、アリスは怯まない。彼女は長々とした呪文の詠唱を完全に捨てていた。
無駄な言霊による詠唱は、魔力の伝達効率を落とす「非効率」な摩擦損失でしかない。
アリスは細い指先を滑らせ、空中に立体的な幾何学陣を描く。瞬時に魔力の波形を最も無駄のない状態へと最適化し、大気を一気に圧縮した。
「――切り裂きなさい!」
幾何学陣を通り抜けて放たれたのは、単純な火球や散弾ではない。極限まで高圧凝縮された、音速を超える風の刃だ。
ズバァァン! と空気を引き裂く重低音が響き、迫り来る魔導光線を真っ向から一刀両断にする。それどころか、勢いを維持した風刃はドローン群の装甲を容易く貫通した。
「……狙いは外さない。そこ!」
アリスが空中で指先をパチンと鳴らす。
風刃が貫いたのは、ドローンの中心部に収められた「魔力核」。アリスが流し込んだ微弱な衝撃パルスが核を内側から崩壊させ、ドローンが1台、爆発を起こした。
ドッカン! とあがった火柱は、隣接する機体へと連鎖。計算し尽くされた連鎖反応によって、ドローン群は空中で次々と黒煙を上げて爆散していく。
「予測誤差……算出不能……」
機械的な警告音が途切れる間もなく、わずか1分足らずで、空を埋め尽くしていた警備の編隊は完全に沈黙した。
舞い散る鉄屑と黒煙の中、アリスが静かに地上へ着地する。
肩を上下させ、わずかに息を乱してはいるものの、その瞳にはかつて酒場で出会った頃の冷めた陰りは一切なかった。猛禽のように鋭く、それでいて誇り高い光が宿っている。
商事の連中が「期待値以下」と断じた落ちこぼれの魔法使いが、彼らの誇る最先端兵器をたった1人で完封してみせたのだ。
「……どう? 私の魔法」
アリスは頬についた煤を細い指で拭うと、どこか照れくさそうに、しかし自信に満ちた笑みを浮かべた。
「ああ、素晴らしい。商事の連中が見たら泡を吹いて倒れるだろうな。非効率だと切り捨てた魔法使いが、自分たちの防衛兵器を単身で完封したんだから」
「ふふ、でしょ? これで少しは……あんたの隣に立つ資格、できたかしら」
アリスは俺の隣に歩み寄ると、俺のコートの裾をぐっと力強く掴んだ。
彼女の中にあったのは、単なる追従者としての自信ではない。英雄を支え、共に戦い抜く「最高のパートナー」としての確固たる矜持だった。
俺たちを狙う神々の監視の目は、これからさらに厳しくなるだろう。だが、覚醒したアリスと、不変の忠義を抱く10がいる。
いまの俺たちなら――神々が作り上げた強固で冷酷な管理社会という名の檻を、内側から完璧に解体して打ち砕ける。
「行こう、アリス。軍神ユニット03の待つ場所へ」
「ええ、どこまでも付き合うわ!」
頼もしい相棒の笑顔に背中を押され、俺たちは澄み渡る荒野の空の下、力強い足取りで進み出した。




