↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
最強の力を引き継いで異世界転移したものの、先代勇者が国にハメられて暗殺された歴史を知ってしまった件。  作者: 藤咲玲


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
92/97

第90話:序列の真実、最弱の守護者が背負う領域

 吹き抜ける冷酷な風が、粉々に砕け散ったドローンの残骸から立ち上るオイルの焦げ臭さと、絶縁ゴムが焼ける刺すような臭気を運んでくる。赤茶けた岩盤の隙間には黒い煤がこびりつき、かすかに燻る火の粉がパチパチと爆ぜていた。


 俺たちは切り立った巨岩の裂け目、風を遮る窪地に腰を下ろし、ようやく荒い呼気を整えていた。ゴツゴツとした冷たい岩肌に背を預けると、戦いの高揚で熱を帯びていた筋肉の強張りが、じわりと重い疲労感へと溶けていく。


 アリスは少し離れた平たい石の上に座り込み、自ら展開した『捕食の障壁』の反動を逃すように、細い息を吐きながら己の手のひらをじっと見つめていた。その横顔には、新たな力を手に入れた充実感と、極度の緊張から解かれた安堵の色が滲んでいる。


 俺たちのすぐ傍らには、漆黒の重装甲を纏った10が、膝の上に無骨な大剣を横たえて静かに腰を下ろしていた。金属鎧が擦れ合う鈍い音と、バイザーの奥から漏れる規則正しい吸排気の低い唸りだけが、この荒涼とした静寂の中に溶け込んでいる。


 冷えた乾いた空気を胸の奥まで吸い込みながら、俺は視線を10へと向けた。ふと脳裏をよぎった疑問――「なぜ、かつての部下の中で、最初に呼び出されたのが10だったのか」。


「10。正直に聞くが、お前は我らユニットの中でどの程度の立ち位置なのだ? 数値的には、やはり……」


 10は兜をわずかに傾け、感情の起伏を感じさせない低い声で淡々と答えた。


「仰る通りです。私の数値は最弱。管理システム上の戦闘力評価でも、末端のランクに過ぎません。かつて盆地で主から与えられた仕事も、石垣積みや整地といった最も単純な力仕事でした。他の強大な同胞たちが神々の重厚な支配回線に縛り付けられる中、最弱であるがゆえに束縛の網から零れ落ち、あの『時間の亀裂』の最も縁に漂っていたのでしょう。貴殿が呼び出しやすかったのも、私の存在が希薄であったからに他なりません」


 10は自嘲することもなく、自身の弱さを事実として述べた。しかし、その瞳には戦士としての誇りが灯っている。


「ですが、主よ。ユニットには数値では測れぬ『相性』が存在します。私は、貴殿が次に挑むべき03を倒すための最大の布石となり得ます」


「どういう意味だ?」


「私の能力は『領域遮断フィールド・ロック』。神の干渉さえも拠点内から物理的・精神的に切り離す。かつて貴殿の拠点を管理し、神の理から護り抜いた力です。


 そして、03の能力は『軍神武力増幅オーバードライブ』。周囲の味方、そして自身を数倍にまで引き上げる、単独でも軍団でも規格外の武力強化です」


 10は兜の奥から視線を向け、俺を振り返った。


「03の真価は、その周囲に広がる強化の波動です。神々の電子頭脳に支配された03は、その凶悪な自己強化を際限なく垂れ流し、近づく生体すべてを細切れにする殺戮機械と化しているはず。しかし、私の『領域遮断』を発動すれば、03の能力による恩恵を一切遮断できる。03を、単なる『個』として引きずり下ろせるのです」


 なるほど、そういうことか。10は最弱の「盾」ではない。最強の「封殺者」だ。


 もし10がいなければ、俺たちは03の加速する暴力に蹂躙されていた。この組み合わせこそが、かつて俺が作り上げた「最適解」だったのだ。


「……来たぞ!」


 10の低い声が響いたと同時に、空気が爆ぜた。


 岩山の頂上、雲を突き抜けるような殺気とともに、一人の戦士が舞い降りる。


 全身を真紅の甲冑で包んだその姿。かつて戦場を蹂躙し、俺の武の象徴と呼ばれた最強の部下、ユニット03。

 鍛え抜かれた筋肉質でありながら、鎧越しにも分かる無駄のない引き締まった肢体と、均整の取れた凛々しいプロポーション。その佇まいは、荒れ狂う戦場にあってなお、一輪の鋭利な花のような気高さを放っていた。


 奴の周囲では、大気が悲鳴を上げ、大地がその重圧に耐えかねて亀裂を走らせている。


 オーバードライブの余波だけで、周囲の岩石が次々と砕け、宙に舞った。


「……主か」


 03の瞳が、俺を射抜く。


 言葉の応酬など必要ない。奴の槍が、俺の心臓を狙って唸りを上げた。


「10、頼む!」


「了解。領域遮断フィールド・ロック、展開!」


 10が杖代わりの大剣を大地に突き立てると、半透明の結界が俺たちを包み込んだ。


 直後、03の猛烈なオーラが、結界に触れた瞬間に泡のように消え去る。


 強化を剥がされた最強の武人。だが、その研ぎ澄まされた素の技量だけで、奴は俺を殺しにかかってくる。


「証明してみせろ、主よ! 貴殿が再び、我らを率いるに足る存在であることを!」


 咆哮とともに、03が間合いを詰める。俺たちの、実力を懸けた「主従の試練」が幕を開けた。


 空を引き裂くような轟音と共に、03の槍が放たれた。視認すら困難な極速の突き。その一撃は重く、鋭く、回避の余地すら与えない。


 結界の端をかすめただけで、背後の巨大な岩盤が豆腐のように軽々と削り取られ、轟音と共に崩落していく。

 舞い上がる土煙の向こうで、03が冷徹な眼差しで俺を見据えていた。


 10の『領域遮断』によって神の強化術式を遮断されているというのに、03の武技は依然として「理外」の領域にある。

 かつての神代を駆け抜け、幾多の戦場を血で塗り替えてきた軍神の力は、主を失い、時を超えた今なお衰えを知らない。


「遅い、主よ! かつての貴殿なら、今の我が槍筋を3手で逸らしたはずだ!」


 03が吼える。それは単なる戦闘ではない。かつての主を前にした、己の矜持を懸けた魂の対話であり、主としての資格を改めて問い直す過酷な試練だ。


「……言われずとも、分かっている!」


 俺は魔力バンクを強く握り締め、思考を極限まで加速させる。脳裏で戦術の論理式が火花を散らす。

 肉体的な速度差は圧倒的だ。真正面から打ち合えば、数秒と持たずに俺は砕け散るだろう。

 ならば、物理的な速度ではなく、敵の「理」そのものを読み解き、乗っ取るしかない。


「アリス、位置は完璧か!」


「ええ! 03の足元、魔力の循環を一点に絞ったわ!」


 アリスが地面に展開した術式が、不規則な明滅を繰り返している。

 彼女は俺の思考を誰よりも深く理解し、その完璧な連携を実現していた。03が放つ攻撃の軌道上で、魔力を強制的に「無」へと変える真空地帯を作り出す。それは神の武技の出鼻を挫き、ほんの刹那の「空白」を生むための布石だ。


 03が2撃目を繰り出す。唸りを上げる槍の切っ先が、俺の死角を狙って迫る。

 俺は回避を捨て、あえてその殺意の渦中へと踏み込んだ。短剣を回し、槍の柄を滑らせるようにして僅かに軌道を逸らす。


 キィィィン! という金属音が鼓膜を叩く。その反動で肺が軋み、指先が痺れる。

 03は追撃の手を緩めない。槍が円を描き、俺の胴を薙ぎ払おうと加速する。俺は地面を転がり、足元から地を蹴って距離を詰めた。


「甘い! ――『流転の構え』、未熟なり!」


 03が槍を突き立て、衝撃波で俺を吹き飛ばそうとする。衝撃が地面を伝い、俺の体勢を崩す。

 だが、これは罠だ。俺は空中で身を捻り、魔力を右手に集中させる。


「……なっ!?」


 俺は魔力バンクを通した微弱なパルスを、槍の柄を伝って03の懐へと直接流し込む。槍そのものを触媒として、奴の魔力循環を攪乱する。あえて槍の穂先をかすめ、その微振動を魔力回路へと直結させる賭けだ。


 ――今だ、10!


「領域遮断、一点集中――『一点突破』!」


 だが、軍神の業は俺たちの計算を力ずくで叩き潰した。


「――小賢しいわッ!!」


 咆哮一閃。03は攪乱された体内の魔力など意にも介さず、軋む己の筋肉と骨格を極限まで締め上げ、純粋な膂力だけで槍を強引に旋回させた。

 ただの腕力から繰り出された暴風のような薙ぎ払いが、10の展開した圧縮結界を外側から強打し、アリスの術式ごと岩盤をまとめて粉砕する。


「きゃあっ!?」


「ぐおおっ……!? 結界が……力任せに弾かれたか!」


 アリスが後方へ吹き飛ばされ、10の大剣が大地から引き抜かれて膝をつく。

 魔力も強化も奪われ、ただの『個』に引きずり下ろされたはずの戦士が、鍛え抜かれた武技と強靭な意志だけで、俺たちの連携をいとも容易く粉砕してみせたのだ。


「魔術の細工で我を縛れると思うたか! 武の極みとは、理屈を圧し折る力の凝縮に他ならぬ!」


 赤煙を切り裂き、03の槍が雷光となって殺到する。

 速い。目で追うことすら叶わない。咄嗟に構えた短剣の刀身が、槍先と触れた瞬間に粉々に破砕した。

 貫通した衝撃波が俺の左肩を抉り、肉が裂け、鮮血が宙を舞う。


「が、はっ……!」


「失望したぞ、主よ! 口先では世界を書き換えると言いながら、肉体ひとつ御せぬ無力な器に成り下がったか! その程度の覚悟ならば、ここで我が槍の錆となり果てるがいい!!」


 追撃の槍が、容赦なく俺の喉笛を刺し貫かんと迫る。回避は不可能。防御する刃もない。

 肺腑を満たす血の味と、死の冷徹な気配。だが――俺の目は、まだ死んでいなかった。


「……小細工が効かないなら、これならどうだ!」


 かつて何千回、何万回と叩き込まれた03の連撃の呼吸。

 神の制御を受け、どれほど機械的に洗練されようとも、奴の魂に刻み込まれた槍筋の『癖』――刺突の直前、右足の親指が一瞬だけ岩を噛むわずかな間隙。

 俺はその予備動作を、思考ではなく魂の記憶で捉えていた。


 躱さない。防がない。

 俺は自ら喉元を突き出し、肉を切らせて骨を断つ狂気の踏み込みを放った。


 ザシュッ、と槍先が俺の首筋の皮膚を裂き、浅く肉を削る激痛が走る。

 だが、その代償として、俺の身体は03の槍の死角――懐の内側へと完全に潜り込んでいた。


「なっ……己の命を餌にして、間合いを潰したというのか……!?」


 03の赤い瞳に、初めて戦慄が走る。

 槍の長い柄は、密着したゼロ距離ではただの棒切れに過ぎない。


「思い知ったか……! お前のその槍を鍛え上げたのは、誰だと思っている!!」


 俺は叫びとともに、アイテムボックスから引き抜いた「鍛冶師のハンマー」を振り抜き――


 懐へ潜り込んだ勢いのまま、03の首筋に張り付いた神々の制御術式の核へ、渾身の力を込めて叩きつけた。


 金属音と術式が砕け散る甲高い破壊音が山間に反響し、火花が散る。衝撃が腕から肩へ伝わる。核を砕かれながらも、03は戦鬼の執念で槍の石突を強引に引き戻し、至近から刺し違えようと腕を振り上げた。だが、俺は踏み込んだ勢いのまま組み付き、その反撃ごと甲冑を封じ込めるように間合いを殺した。


 熱い闘気の渦の中、互いの息遣いが重なるほどの至近距離。鍛え上げられたしなやかな体躯から放たれる凄まじい抵抗に肋骨が軋むが、それでも俺はハンマーを捨て、直接その胸元に掌を押し当てた。


「……ぐっ!」


 03の身体が大きくたじろぐ。俺は追撃を止めない。掌を通じて記憶の深層にある、かつて03を召喚した時の「魂の原風景」を、カードの膨大な魔力と共に、奴の脳裏へ直接叩き込む。

 それは魂の再構築に近い荒療治だ。奴の脳内に、俺との絆が強制的に投影される。


『03、貴様の槍は俺のためにある! 思い出せ、我らがかつて共にこの世界を塗り替えた時のことを! 貴様が何のために戦い、何を守りたかったのかを! その紅い眼で、今一度、俺を見ろ!』


 魔力の濁流が03の意識を激しく揺さぶる。奴の紅い瞳が激しく点滅し、首筋の支配回路が煙を上げて完全に焼き切れた。やがてその奥底にあった狂おしいほどの戦意は、霧散するように消え、代わりに静かな従順へと塗り替えられていく。


 槍先が地面を突き、03がゆっくりと、深く膝を折った。


「……主、か」


 その声は、最初の殺気とは裏腹に、かつての忠実な部下のそれだった。


 勝利した。だが、心臓の鼓動は早鐘のように打ち続けている。

 北東の岩山に静寂が戻り、03が主への敬意を示して深く頭を垂れる。俺は肩で息をしながら、仰ぎ見た空の先へと思いを馳せた。


 遥か高みで、神々はこれを見ているのだろうか。かつての英雄が、再びその軍勢を呼び戻し始めていることを。

 国を動かす者たちが積み上げた欺瞞の歴史。先代勇者が背負わされた汚名と暗殺の真実。

 俺はそれら全てをひっくり返すために、この「軍神」を再び戦場に引きずり出したのだ。


 この世界が隠蔽してきた「歴史」という名の重い鎖を、俺は今、その手で解き放とうとしている。その先に待つのが神への反逆か、あるいは救済か。


 膝をついた03の背中を見つめながら、俺は確信した。どんなに恐ろしい結末が待っていようとも、もはや引き返すことはできない。

 03の槍が、再び俺のために震えている。それは、新たな戦乱の予兆か、それとも変革の狼煙か。俺の進むべき道は、まだ始まったばかりだ。


 沈黙を破り、風が吹き抜ける。

 俺は深く息を吐き出し、立ち上がった03の肩に手を置いた。これから始まる過酷な旅路を、共に歩む相棒として。


 俺たちは歩き出す。この荒野の果て、真実が眠る場所へ。03の槍が描く軌跡は、俺たちの未来そのものだ。

 神々の盤上で、俺は最強の駒を手に入れた。だが、これはほんの始まりに過ぎない。

 この世界を、その根幹から書き換えるための長い、長い物語の、ほんの一節に過ぎないのだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。