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第9章:職人の火花、旅立ちの仕度

 隣国への旅立ちが決まったとはいえ、どうしても見過ごせない問題が一つ残っていた。


 腰に下げたドノバンの『鉄の棒』だ。いくら刃がなく頑丈とはいえ、無骨で太い鉄の塊をぶら下げて歩くのは、ビジュアル的にどうしても抵抗があった。これから商人の馬車に同乗して公の街道を行くのだ。そんな山賊スタイルのFランクでは、周囲の目が気になって仕方がない。


「……せめて、もう少し『道具』としてマシな見た目の武器はないかな」


 俺は三日間の猶予の初日を利用して、再びあの路地裏にあるドノバンの鍛冶屋へと足を運んだ。


 店に近づくと、小気味いい打撃音と共に、中から凄まじい熱気と火花が漏れ出ていた。


 中を覗き込むと、ドノバンが分厚い胸板を汗で光らせ、真っ赤に焼けた鉄の塊を叩きつけている。カァン! と空間を震わせる硬質な音が響く。


 俺の目を釘付けにしたのは、彼が握りしめているその『鍛冶槌ハンマー』だった。


 数多の鉄を叩き直してきたであろうその槌は、随所が黒く燻し銀に光り、無駄な装飾を削ぎ落とした、職人の魂そのもののような重厚な機能美を放っていた。


(……これだ)


 鉄の棒は「暴力の道具」だが、ハンマーは「創り出すための生産の道具」だ。これなら腰に下げていても職人見習いか工作員エンジニアに見える。世間体的にもバッチリだ。


 ドノバンは鉄を水槽へ叩き込み、激しい水蒸気を上げさせながら俺の方を振り向いた。


「なんだ坊主、また来たか。鉄の棒がもう折れたとでも言うんじゃねえだろうな」


「まさか。あの棒はビクともしてません。……ドノバンさん、実はお願いがありまして。あっちの棒じゃなくて、今使っているような頑丈な『ハンマー』を武器として譲ってもらえませんか?」


「ハンマーだと……?」


 ドノバンは怪訝そうに手元の鍛冶槌を見つめる。


「あっちの棒は見た目が完全に山賊みたいで。それに、ハンマーなら面で叩くから、力を分散させてさらに『手加減』がしやすいと思うんです」


「ハッ! 面で叩くから手加減だと? どこまで本気か分からん坊主だ。だが……」


 ドノバンはニヤリと笑うと、壁の棚から一回り大きな一丁の鍛冶槌を引っ張り出した。


「これは俺が若い頃に酷使した特製だ。もう鍛冶屋の道具としては型が狂っちまったが、強度はそこらの業物の剣より遥かに上だ。お前がどれだけ全力でぶっ叩こうが、絶対にヘッドがすっぽ抜けることはねえよ」


 カウンターにドン、と置かれた黒鉄のハンマー。手に取ると、驚くほどしっくりと馴染んだ。これなら武器としても、ただの「工具」として誤魔化せるはずだ。


「ありがとうございます、ドノバンさん。これで行ってきます」


「ふん、死ぬんじゃねえぞ、Fランク」


 無骨な棒と引き換えに、機能美の塊である黒鉄のハンマーを腰のホルダーに収める。うん、これならギリギリ不自然ではない。


 買い出しを済ませた俺は、暮れなずむ街を歩いて『跳ね馬の蹄亭』へ戻った。


 ミーシャはカウンターで忙しそうにグラスを片付けていたが、俺は彼女の前に立ち、居住まいを正した。


「ミーシャ、少しいいかな」


「あ、サトオ! おかえり。どうしたの、改まって?」


「三日後から、隣国への護衛依頼を受けることになったんだ。だからしばらくこの宿を留守にする。色々と良くしてもらったから、挨拶しておきたくて」


 俺の言葉に、ミーシャは布を止めた。寂しそうな、でも応援するような複雑な笑顔を浮かべる。


「……そっか。ついに旅立っちゃうんだね。サトオはいつも物静かで、うちのご飯を本当に美味しそうに食べてくれるから、いなくなると寂しくなるなぁ」


「ミーシャや女将さんのご飯があったから、最初の不安な夜を乗り越えられたよ。本当に感謝してる。……また戻ってきたときは、必ずここに泊まるから」


「うん! 約束だからね! その時はもっと美味しいお魚、お母さんに頼んで焼いてもらわなきゃ!」


 ミーシャは元気な笑顔を取り戻し、小さく拳を握って見せた。


「出発までの三日間、お部屋はそのまま使ってていいからね。しっかり準備するんだよ!」


「ありがとう、ミーシャ」


 部屋に入り、新しい相棒を机に置く。窓の外には静かな街の夜景が広がっていた。知り合いのいなかったこの場所で、ドノバンやミーシャ、受付嬢といったかけがえのない繋がりができた。


 彼らがくれた温かさを裏切らないためにも、そして先代勇者の真実を突き止めるためにも、俺は絶対にこの世界で生き抜かなければならない。


 残された時間はあと三日。俺はジャンクの魔力バッテリーに魔力を流し込みながら、隣国への長い道程に向けて、静かに牙を研ぎ澄まし始めた。


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